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妹のためならこれぐらい!  作者: ツンヤン
お姉さまのためならこれぐらい!
109/131

あなたを守りたいから⑦

 もう言ってしまったものはしょうがない。

 後には引けない。というのに、この人は俺の一世一代の告白に顔色一つ変えてくれない。

 楓お姉さまはワンドアタイプの冷蔵庫に腰を下ろして、ぽつりと言ってくる。


「瑞希も来ないってことは見捨てられたのね」


 そうりゃそうよね。っと自分に言うので


「瑞希、怪我して少し離れた場所に居てもらってます」

「大丈夫なの!?」


「えぇ、手首を痛めただけなので」


 やっぱり瑞希のことは気になるのか。

 実の姉妹ではないにしろ、自分のことを誰よりも知っていて、なによりの理解者だと認識しているんだろう。

 ホッとしたのか、胸に手を当てて小さく深呼吸をした。


「もう気が済んだでしょう。有栖川はもう崩壊する。桜花さんがすべてを終わらせる」


「その名前を口にしないで」


「瑞希に裏切られるよりもキツかったです?」


「やめて!」


「やめない。だって、桜花さんのこと好きでしょ? お父さんのことも好きでしょう? だから未だにお母さんが亡くなった時のことを報道陣に教えていないんでしょう? 2人は仕事に明け暮れ、妻を見殺しにして、娘を牢獄のような学院に閉じ込める。とっておきのネタになりますよ」


 俯いて、なにか言いたそうに唇が小さく動いている。


「なにがあったか教えて下さい」


「なにがあったって」


 胸の内を吐き出そうとしたときだった。

 ガチャンっと、解錠される音がして、俺と楓お姉さまはドアに視線を送る。

 開かれたドアの向こうには黒服の男が立っていて、手にはハンドガンが握られていた。遠目から見てもエアガンとは到底思えない重厚感があったから。


「社長がお待ちです」


 付いて来い。歯向かえば銃口から弾が発射されることになるぞ?

 言われなくてもわかるだろ?

 あぁ、怖い怖い。

 無言で俺だけ、黒服の男に近づくと「あなたもです」と楓お姉さまにまで銃口を向けた。その隙を付いて銃を奪い取ることも考えたが、暴発してしまうことを恐れ、なにもせず従うことにした。

 もうダメね。そんな態度で面倒くさそうに立ち上がり、俺を先頭に、指示通りに右に左に下にと移動。

 大きなホールに到着すると、黒尽くめの男達が最初に眼に入ってきた。そして、大きなホールの壁側に凛ちゃんの姿も見て取れる。その横の質の良さそうなスーツ姿の男性は凛ちゃんのお父さんだろう。

 商談を有利に進めるためのパーティとでも称して呼び出したに違いない。

 給仕の人達の姿も見えないところから、すでにこのホテルには有栖川が占領したようだ。

 東条の関係者も壁側に集められて、無駄な抵抗をさせないために拳銃をチラつかせ脅している。


「よくぞ参られたな」


 杖を床に突き、シワシワの顔をさらに潰して、不敵な笑みを浮かべている。

 なんとかして、早くこの場から逃げないと。


「お祖父様、私にこのようなマネはどういうことでしょう」


「聞かんでもわかるまい?」


 それよりも。


「小僧。いつまでそんな眼をしておる」


 俺はずっと有栖川朱雀を睨みつけていた。

 孫に銃口を向ける祖父。

 そんな状況の中で、冷静でいられるほうがおかしい。


「応える気はないようじゃな」


 まぁ良い。

 刹那、後頭部に激しい衝撃が襲いかかってきた。

 前のめりになり、痛みのする箇所を抑えながら振り返ると、楓お姉さまに銃口を向けていた男が、銃のグリップ部分で俺を殴ったのが容易に判断できた。


「大丈夫?」


 俺の肩に手を添えて、心配してくる楓お姉さま。

 あぁ、こんな状況だというのに、ドキっとしてしまった。露出の高いドレスなために、豊満な胸が露わになっているのが悪いんだ。それに、整った顔立ち。文句の付け所がないほどのって、そんなことはどうでもいい。良くないけど、今はちょっと隅に置いておくとして。


「えぇ。痛みはありますけど」


 支えられながらゆっくりと立ち上がる。


「次、そのようなマネをすれば……わかっておろう?」


 朱雀の視線が凛ちゃんのほうに向けられた。

 俺も視線を向けると銃口が頭を捉えている。

 金の亡者にはなりたくない。こんな下劣な行為にまで及ぶのだから。

 だが、銃口を突きつけられているというのに、凛ちゃんは恐怖する素振りも見せず、口元は笑っているようにつり上がっている。

 凛ちゃん?

 なにか秘策でももっているかのよう。


「さぁ、小僧。和馬はどうした?」


「ここには来ない」


 凛ちゃんの命が大事だ。と、自分に言い聞かせ、喋りたくもない相手に即答する。


「そんなはずはない。ここに楓がおるのだ。自分の娘にどれだけの金を注ぎ込んだか知っておるか? 300億。いや、それ以上であるのは調べてある」


 300億って……。

 あの学院への寄付金?


「どうして我々が此花女学院にスパイを複数人、送り込めなかったのか。和馬が邪魔をするからじゃ。どれだけ裏金を使っても、それ以上の額をあやつが出してきおる。此花女学院がどうしてお嬢様しか集まらないか。それは」

「父さんが受け入れるか、受け入れないかを決めているからだ」


 背後から女性の声がした。

 何度か聞いたことのある声。

 とても妹思いで、とても不器用な人。

 俺と楓お姉さまは、ほぼ同時に振り返った。

 金色の長い髪がトレードマーク。小さな体をしているのに、男勝りな性格。

 ぞろぞろ。

 真っ赤な絨毯を敷いているのに、そんな音が聞こえてくるようだ。幾人、いや、何十人という人数が、桜花さんの後ろに立っている。

 花園の人間から、有栖川の人間。そして


「お父さん。いえ、有栖川朱雀さん。お久しぶりです」


 手術を受けて入院しているはずの花園和馬。楓お姉さまのお父さんが目の前に現れた。


「子供達に大人の事情をご説明するのは如何なものかと」


 こちらはニコリと余裕の笑み。

 じゃなくて、あなた手術したんじゃないのかよ!

 どうしてここに。って、娘が心配だからなんだろうけど、体の方は大丈夫なのか?


「貴様に父親と呼ばれる筋合いは」


「えぇ、ないですよ。だって、紅葉はあなたの娘ではないのですから」


 先頭を歩いていた桜花さんは振り返り、楓お姉さまは唖然呆然。


「なにを言っておる。あやつはワシの子じゃ」


「それは否定しない。だが、紅葉の母親は、あなたに売られる前に、すでに妊娠していたんですよ。DNA鑑定もしています。それを知っているのは……僕だけですけどね」


 ニコっと笑う和馬さんとは裏腹に


「そんなの嘘よ!」


 大きな声が隣にいる少女から発せられた。


「全部、嘘! なにもかも嘘!! すぐに帰ってくるとか言っておいて、すべてが終わってから帰ってきて、お母さんがどれだけ苦しんだと思っているのよ……」


 どれだけ苦しみながらお父さんはすぐ帰ってくるからねって、私に言い聞かせたと思っているのよ!

 シャンデリアから煌々と降り注ぐ光に反射する、頬を伝う聖水。

 楓お姉さまが初めて見せた怒。

 作っていた自分を捨て、本当の自分を曝け出した。

 そんなお姉さまの肩に手を回す。


「俺はずっと居ます。あなたの側に」


 ただポケットからハンカチを取り出して、涙を拭いてあげようと思わない。

 だけど、涙が枯れるまで見守ってあげよう。

 ずっと、側で見守ってあげよう。

 笑いたい時に笑って。

 泣きたい時に泣いて。

 怒りたい時に怒って。

 頼りたくなったら、いつでも側にいるから。


「良き友人を持ったね」


 和馬さんがこちらを見て言ってくる。


「これで終わりにしましょう。あなたの悪行はすでに世界に知れ渡っている」


 ぞろぞろと人が入り乱れ、あちらこちらで言い争いが始まっている。ただ、誰一人として有栖川朱雀には向かっていこうとはしない。

 和馬さんもそうだし、桜花さんも。

 あのお爺さんは独特の間合いを持っている。これ以上、近づくことは許さない。さもなくば……。そのような空間を展開させているよう。


「勝手に終わらせないで!」


 さっきまで泣いていた楓お姉さまが声を張り上げる。


「もう知っているでしょ。私と父さんは日本の裏側、ブラジルにいたの。こいつのせいでチャーターしていた飛行機は故障。日本行きの便はすべて満席。やっとのことで帰ってこれたのが10日後だった」


 桜花さんがすべての経緯を話した。

 有栖川の工作により、家族の絆は引きちぎられ、このような世界的騒動にまで発展。

 どうしてそこまでして。


「お金だよ。人が死ねばお金が舞い降りてくる」


 和馬さんが対峙しながら言う。

 保険金。

 俺にはよくわからない。どうして死んだのにお金が貰えるのだろう。だって、もうこの世には存在していないのに、そのお金を使うことは出来ない。言ってしまえば紙切れ以下の価値。まだ紙のほうが価値はある。

 残された人がお金をもらって喜ぶこともない。目の前にいる人間を除けば。


「僕はお金に興味はない。家族を守るためにお金が必要だっただけだ。お金で失ったものはあれど、得たものはないと言ってもいい」


 年貢の納め時がやってきた。


「警察だ!」


 下の騒動を鎮圧し、この階にまでやってきたのだ。

 もうこの戦いも終わる。

 これでやっとまたいつもの寮生活がやってくる。そんな些細な日常が戻ってくると思ったのに。

 バァン!

 激しい銃声が鼓膜を震わせる。

 一瞬の出来事に、俺は唖然とした。

 有栖川朱雀は楓お姉さまに向かって発泡した。だが、楓お姉さまはもちろん、俺も無傷。だが、赤い絨毯が、さらに紅く、朱く染まっていく。


「取り押さえろ!」


 有栖川朱雀は呆気無く捕まり、大笑いしながら手錠をかけられた。


「桜花さん!」


 そう、楓お姉さまを庇ったのは桜花さん。

 不穏な動きを察知し、わずか数秒で身を挺して守った。

 さっきまでの勢いは完全に失われた楓お姉さまは「どうしてよ……」っと、小さな声。

 わからないかな。

 俺にはわかるんだけど。


「楓……あなたは……大切な宝物。母さんが私にくれた最後の宝……物。ずっと声を聞けなくて……寂しかった。ずっと嫌われたまま……なのは……うっくぅ……」


「すまない。僕も限界のようだ……」


 バタンっと床に倒れる和馬さん。

 おいおいおいおい!

 どうなってんだよっ!

 まだまだ続く長い夜の幕開けになるなんて、誰が思っただろうか。 


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