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妹のためならこれぐらい!  作者: ツンヤン
お姉さまのためならこれぐらい!
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あなたを守りたいから⑥

 またド派手だなぁ……。

 映画とかではこういうシーンをよく見かけるけれど、さすがに目の前で同じような光景を見るとは思いもしなかった。


「さぁ突っ走れ!」


 村雨さんの声を聞いて、俺は誰よりも先に飛び出す。

 ボロボロになった正面玄関から、タキシード姿の連中が働き蟻のように、巣から出てくる。

 これが抗争って奴か。

 さすがに拳銃などは持っていない。代わりに警棒やスタンガンなどを携え、侵入者に対して容赦はしないと言わんばかりに向かってくる。


「ここは通らせてもらいます!」


 自分で言っていてなんだけど、宣戦布告でもしているかのようだ。

 アドレナリンがドバドバと脳内で溢れていて、今にも口から、鼻から噴き出してきそう。

 そんな俺の状況とはお構いなしに、有栖川の人間はもう目の前にまで迫ってきている。

 構っている暇ない。

 警棒を持った男は、俺を標的とし、躊躇なく振り抜いてきた。それをしゃがんで回避すると、男の横を抜けていく。

 ここで交戦でもして無駄な体力を使うのであれば、楓を見つけ出すほうに使うのがベストと言える。

 ガラス片が飛び散る中を走り、階段を上がっていく。

 てか、どこにいるんだろう。

 ホテルマンが横を走り抜けていき、現状の把握、お客様への避難誘導などで、てんやわんやの大騒ぎ。さすがに申し訳なく思えてくる。

 無事に3階、4階と走破し、5階に差し掛かったときだ、スーツ姿の男2人が俺の行く手を阻んできた。

 先ほどのホテルマン達とは雰囲気が明らかに違う。

 殺気だっているというか、やらないと殺られる。そんな印象を受けた。それが本人ではなく最愛の人なら特にだ。恐怖は心を縛り、正常な判断を阻害する。

 手にはナイフが握られているも小ギザミに震え、はっきり言って、戦いに向いているとは到底思えない。


「手にしている物を捨てて下さい」


 俺の問いかけにも顔を横に振るだけ。


「だったら、無理にでも通ります!」


 当然、綺羅びやかに光るナイフが怖いわけではない。

 それ以上に俺は彼女を求めているんだ。だから、怖いなんて言っていられない。

 ナイフだと言うのに大振りで、体を少し捻るだけでいともたやすく回避が可能だった。

 そのままナイフを握っている手を掴み、関節を軋ませる。

 叫び声が聞こえてきた。

 すぐにナイフを床に落とし、それを蹴りあげ遠ざける。


「このまま下に逃げて下さい。あなたのご家族、ご友人には一切手出しさせませんから」


 俺はそれだけ言うと、すぐさま階段を駆け上った。

 駆け上がるのはいいけれど、それ以上の情報がない。

 ないものねだりも出来ないので、下に駆けていく人達の中に楓が紛れていないかを確認するしか手立てがない状況。

 有栖川サイドの人間は俺を見つけるや否や、襲い掛かってくる。従業員さんや東条サイドの人間達は、脇目もふらず、我先へと押し寄せてくるので、なかなか上がっていけない。

 早く! ちょっとそこどいて! 

 早まる気持ちだけが先行していく。

 そんなときだった。

 ポケットに入れていたスマホが震えたのは。

 予め、マナーモードにしていたので、着信音はしていない。

 誰からかも確認せず「もしもし! 取り込み中です」とだけ言って、切るつもりだったのだが。


「そこを上がったら右へ行って下さい」


「幸菜!?」


「ここからは私がサポートします。私の言葉が信用出来ないですか?」


「そんなことないよ! お願いする」


 幸菜に言われた通りに右へと曲がる。

 ほとんどの人が下に降りていったようで、閑古鳥の鳴く古びたホテルのよう。


「左の部屋に入って」


 オートロック式の部屋じゃないのか?

 そんな疑問もノブに手を回せば、ガチャンっとドアが開いた。すぐにドアを閉め、つかの間の休息をする。


「もう大丈夫です。出て今度は右に行って下さい」


 幸菜の言うとおりに客室から出ると、右に向かって走りだす。

 有栖川の人間たちは、さっきので左に行ったと錯覚し、架空の俺を追いかけているはずだ。さすがは二卵性双生児であり、良いところばかりを持って行った妹である。

 そして、右には非常階段があり、そこを上っていくように行ってきた。


「花園楓は25階のスイートに居ます」


 プツっと電話が切れ「ありがとう」って、一声かけてからスマホをポケットに仕舞う。

 休んでいる暇はない。

 現在は12階。まだ13階も走って行かないといけない。

 制服の乱れなど気にせず、カンカンと音を鳴らしながら駆け上がった。




 時折、有栖川の人間と出会ったが、素早く懐に入り込み、受け身の取りやすい投技を駆使して進んだ。

 別に誰かを傷つけるために、入りこんだわけではないから、相手が追いかけてこないようにさえできればそれでいい。

 そして、ついに、25階に到着した。

 ゆっくりと非常口の鉄の扉を開ける。

 有栖川の人間は出払っているのか、廊下には誰もいなかった。

 今がチャンスとばかりに、スイートルームを探すため、廊下へと進んでいく。

 ひっそりこっそり忍び足。

 真っ赤な絨毯のおかげで足音が消えている。まぁ、相手の足音も聞こえないんだけどね。

 下の喧騒もここまで来れば、まったく聞こえず、下の争いが過激なのか、有栖川の人間も見当たらない。

 今のうちに。

 手前にある部屋からノックしていく。

 小さく。でも、小さすぎて聞こえなかったら意味がないので、中にいる相手に聞こえる程度に。

 肩で息をしながら、一つ一つ、反応を確かめる。

 ここもダメ。

 だったら次。

 ここも反応はない。

 次、次、次、次。

 中に誰もいないんじゃないかってほど、反応がない。

 本当にこの階にいるのだろうか。それも怪しく思えてくる。でも、俺は信じた。

 妹が。大好きだった妹が、俺達のためにくれた情報なのだ。


「次だ」


 そう言い聞かせて、次の部屋に移った。

 今回も同様に大きすぎず、小さすぎずのノックをした瞬間だった。


「誰かいるのか?」


 男の声が聞こえてくる。

 どこからだ? 

 すでに上ってきた非常階段の逆の部屋にまで来ている。ここがダメなら、反対側に移ろうと思っていた矢先だ。

 四角の建物で中央ににエレベーターが3つあるホテルだというのは頭に入れている。それに……。

 あ。

 両サイド中央に階段があるんだっけ。

 完全に失念していた。

 やっと落ち着いたと思った鼓動が、もう一度、大きな鼓動を響かせる。

 足は震えていて、もう投げ飛ばすことは無理だろう。

 もう柔道を辞めてもうすぐ4年。走りこみも辞めて、スポーツもしてこなかった付けが、今になって回ってきた。

 少しでも走りこんでおけばよかった。そう思ってももう遅い。

 誰かが近づいてくる気配がある。

 終わったな。

 ドアに背を預ける。

 そして、ふと笑いが込み上げてきた。


「なにやってるんだろ」


 連れ戻すと豪語しておいて、このザマだ。

 小さく呟いて、ドアに頭を預けようとしたら、背中が突如として軽くなり、そのまま部屋の中へとたたらを踏む。

 そして、すぐ横を見慣れた顔を抜けていく。

 バタン。

 ドアは閉まり、スイートな部屋に1人。

 状況をあまりにも突飛過ぎて、思考が追いつかない。

 でも楓お姉さまが、すぐ横を抜けていって……。

 ここに取り残されて、なにをしてればいいんだろう。

 とりあえず、部屋を見渡してみたけど、寮の部屋よりも広いなぁ。とか、やっぱりスイートなだけあって、豪華な家具が多いなぁ。とか。

 考えてる余裕じゃないだろうが!

 とりあえずドアに近づいて、耳をドアに当て、聞き耳を立ててみた。

 案の定、楓お姉さまの声と男の声が聞こえてきて、一言、二言、話をすると静になる。

 カチャンっと解錠する音がしたから、すぐにドアから離れ、開かれるドアから入ってくる彼女を待つ。

 黒いドレスを身に纏い、どこぞの姫様のような立ち振舞。胸はボロっと零れ落ちそうで、ドレスのような薄い生地では耐えれそうに見えない。


「……はぁ」


 俺の目の前には花園楓が立っている。

 盛大なため息をついて、後手にドアを閉め


「私が居なかったら、どうなっていたのかしら」


 と、いつものように、呆れたような顔。


「どうなっていたのでしょうね。でも、大好きなお姉さまが助けてくれるって思ってましたから」


「本当は思ってもいないくせに」


 そう言って横を抜けると冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出して、ゴクゴクっと喉を潤す音。


「刹那も飲む?」


 そう言って、キャップを締めるとポイっと投げてきた。

 しっかりとキャッチして、キャップを緩め、一気に飲み干した。

 ふぅ。生き返る。

 って、のんびりしてる余裕ないだろ! 俺!!


「楓お姉さま帰りますよ」


「………………」


「雛もなぎさも待ってますから」


「どう花園は? すべてを知ったのでしょ?」


「知ったからなんでしょう?」


「なんとも思わないのね」


「だって、俺にはなんの関係もないですから。俺は花園楓という女性を好きになった。だから、連れ戻しに来ただけです。それなのに家柄がどうだろうと関係ないですから」


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