あなたを守りたいから④
現在、瑞希が怪我をしたので、村雨さんのお店で手当をしてもらっている。
お店の2階が村雨さんの家らしく、タバコの匂いがして、そこら中に脱ぎ散らかした服が転がっている、掃除の出来ない大人の女性の部屋を象徴。
「茜。下着はきちんと隠してくださいな」
「別に構わんだろう。男がいるわけでもなしに」
まぁ、目の前にいらっしゃるのですけど……。
大きな欠伸をしながら、手当をする村雨さん。
思ったほどの怪我ではないようだけど、さすがにバイクの運転は出来そうにもない。
「居るから言っているのです」
「だからどこにいるんだ」
少し苛つきながらいう村雨さん。
「目の前にいる子」
「どこからどう見ても女だろ? なぁ? あの子達と同じ同好会なんだから、此花だろう。制服も此花だし」
俺はなにも言わずに見守ることにする。
このやりとりを見てわかる通り、2人はすでにお知り合いで、とても仲が良さそうだから。
俺が口出しするよりも事はスピーディーに進むはずだ。
「証拠を見せればいいのでしょう」
そう言って俺のスカート捲り上げた。
もっこりふっくらとしたお股の部分。
悪ガキ達がスカート捲りをして、怒る女の子の気持ちが物凄くわかった。
この光景を見た村雨さんの表情が、どこかの仏像のように固まって、瞬きすらも忘れてしまったご様子。
「……ねぇ瑞希」
「なんでしょう?」
「は、恥ずかしいからそろそろ……」
頬を赤くしている自分を想像して、俺は男に戻れるのか心配する。いや、正確に言えば男だけど、現在は女の子であって、男に戻るって言うのは服装のことで。ダメだ……。うまく頭が回らない。
それを面白そうな笑みを浮かべて、スカートを上下に動かす瑞希。
もうやめてよぉおおおおおおおお。
そう言いたくなるけど言えない。これはあれか、痴漢に遭遇しても声が出せないっていう。
「わかった。よくわかった。瑞希、こいつはあれだな。体は男で心は女なんだな」
「違います! 双子の妹の代わりに学院にいるだけで」
っと、今までの経緯を説明すると
「変態か! 誰もそんなことをしようと思わねぇぞ」
「私が……じゃなくて、俺が考えたわけじゃないです!!」
ヒラヒラ。
「瑞希はもうスカート揺らさなくていいから」
「えぇ、とても可愛らしいのに」
褒めているのか貶されているのか。
怪我しているんだから、もう少し大人しくしていればいいのに。
治療と言えど、シップを貼って剥がれにくいように、包帯を巻いただけ。それでも無いよりはマシだろう。
後は痛み止めを服用して、安静にしていることしか出来ない。
赤く腫れ上がっているから大丈夫だと村雨さんは言うけど……。
なぎさとリーサの事もあって、すぐに病院に診てもらうべきだと思う。小さな怪我が大きな怪我になるかもしれない。
それでも瑞希は大丈夫だと言い張る。
病院に行く時間があるのなら、楓のためにその時間を使いたい。
すべてを知った村雨さんは、こちらの事情には踏み込んでは来ずに傍観に徹する。
任された俺だけど、言っても聞かないのだから、無茶をさせないようにするしかない。そこで問題になったのが移動手段。
瑞希が動けない以上、どうにかして移動手段を確保しなくてはいけない。タクシーで向かうにしても4箇所もシラミ潰しに探すとなったら時間が……。
「移動手段はこっちで用意しよう」
村雨さんがキーをクルクルっと回しながら言ってきてくれた。けれど
「さすがに村雨さんを危険に晒すのは」
「有栖川とやりあうんだろう? 投獄会の連中達の相手が必要だ。こちらで人数も用意はするし、突破口も開いてやる」
もう完全に押し負けていた。
でも、投獄会とはなんだろう?
「有栖川が管理している暴力団ですよ。今では山崎組よりも規模は大きいと言われています」
ニンマリっと笑顔を向けてくれるのは嬉しいけどさ、もうそろそろ読心術はヤメテホシイデス。
でも確かに、暴力団を管理していたら、裏でなにかあれば動きやすくなるのだろう。それに顔の効く人間と癒着していれば、些細な事件はもみ消してしまうのかもしれない。
なんて馬鹿げた話だと思う。
力でねじ伏せるだけで人が付いてくると思っているのか。
大人の考える事は理解できない。
「まぁ、丁度いい時期でもあるんだよ。この辺にまで縄張りを伸ばしてきているから、痛い目を見ないとな」
「あの……失礼かと思いますけど、どういった関係です?」
俺の質問に答えたのは瑞希だった
「4代目、村雨組の娘なだけですよ。それと私の友人でもあります」
誇らしげな瑞希だけど、此花女学院というお嬢様達が通う場所に、暴力団関係者の娘を入学させるというのは問題にならないのかな?
問題になっていないから卒業出来たんだろうけど。
俺だけが異端児ってわけじゃないんだ。少しだけ安堵。
「女装してまで潜入してくる奴はいなかったけどな」
したのは一瞬だけでした。
まぁ、前代未聞な珍事であるのは否定しない。
って、そんなことはどうでもいいんだよ!
「じゃあもう村雨さんに移動手段を任せるとしてですね、絞りきれている4つの候補のどこに向かうかです」
どれも方向が違っていたり、数十分で移動できる距離になかったりで、どれかに絞り込まないと朝になってしまう。
今日中にどうにかしないと手遅れになってしまう。
焦る気持ちとは裏腹に、時刻は刻々と過ぎていく。
瑞希もどこが正しいのかは知らないのだ。和馬さんと桜花さんしか正確な居場所は知っていなくて、どちらに訊いても教えてくれなかった。
必死になって集めた情報の中から有力な候補を4つに絞れただけでも凄いことなんだけども。
「4つとも調べるか?」
「時間がかかり過ぎます。それに、力を分散させるのは得策とは思えません。茜の組は規模は大きいですけど、両者には劣りますから」
弱い所を突かれたようで、なにも言い返さない村雨さん。
そんな緊迫した状況のときに、俺のスマホが鳴り出した。買ったときから変わっていない着信音が、空気を読むこともせずになり続ける。
ディスプレイには幸菜の名前が表示されていた。
一応、申し訳無さそうに頭を下げ、通話をするためにスライドさせた。
スマホを耳に当てると同時に「もしもし」っと、少し怒っているような声が聞こえてくる。
「こんな遅くにどうしたの?」
幸菜の身に何かあったのだろうか。
でも、苦しそうな感じでもないし、切羽詰まったような感じでもない。
「どうしたのじゃないです」
これは完全に怒っている時の幸菜だ。
普段は冷静に言い包めてくるくるんだけど、完全に怒ると有無言わさぬ勢いで言葉を吐き出す。
「今、自分の状況がわかっているんですか?
負ける戦場に向かう兵士になっているんですよ!」
さすがにそこまで酷い状態でもないと思うんだけど。
「今すぐ学院に戻って下さい!!」
俺は出そうになった言葉をグッと飲み込んだ。
今、この場で言うことではないと思ったから。
少し黙っているとすすり泣くような声が、俺の鼓膜を震わせる。
幸菜は俺と違って、負けん気の強い子だ。
誰しも裏の顔と表の顔を持ちあわせている。猫を被るとよく言われ、それが良いこともあれば、悪いように思われることもある。
俺の妹はどちらにも属さず、ポーカーフェイスという気持ちを表に出すことはあまりない。自分の心の中へと隠すのだ。
だけど、家族の前だけで違い、笑って、泣いて、怒って……。
心から信用出来る人にしか感情をぶつけない。
「有栖川に、にいさんは太刀打ち出来ない……」
弱々しい声で言ってくる。
「ろくな情報もなく、花園楓の居場所も特定できていない。相手の手の内も把握できずに、時間だけが刻一刻と過ぎていく」
俺達の現状を真横で見ているようだ。
「そんな状況でどうなると思っているんですか……」
一瞬、間があく。
「確実に生命の危機に晒されます。でも、今なら戻れます。雛子ちゃんもなぎささんも文句は言わないと思います。いえ、私が言わせません。だから」
「俺はさ、幸菜が好きだったことがあった」
あった。過去形で言葉を紡ぐ。
「俺が守ってあげなきゃって。幸菜の笑う姿が、俺にとって唯一の喜びでもあった。だけど、いつからかな。それがLOVEからLIKEへと変わったのを感じて、あ、今でも幸菜は好きだよ。大事な家族だって思ってる」
「にいさんの子は産めません。近親相姦は子に障害をもたらす可能性が非常に高いから。結婚も出来ません。兄と妹というだけで……紙切れ1枚の関係にもなれません。世の中は嫌悪して、有る事無い事を噂にしては、腫れ物に触れるように扱ってくる。それでも構いません。私は刹那が」
「俺は花園楓という少女が好きなんだ」
幸菜が言う前に言った。
瑞希も村雨さんも俺を見ている。
「どうして!」
「放って置けないから。いつもは自分でなにもかもしてしまう。勉強もできるし、スポーツも万能で、学院のみんなから高貴な存在として、孤高の存在として扱われているんだ……でも、違うんだよ?
本当は、寂しがり屋さんでさ、寮ではいつも就寝時間になるまで俺達と一緒にいるんだ。いつもパソコンに向かって、なにかやっているんだけど、俺と雛の話はきちんと聞いていて、こう「そんな馬鹿なことばかりしているから」って、言ってきては呆れていたり。テストで失敗して落ち込んだときは元気づけてくれたり。もっと違う顔をみたいって、もっと笑う花園楓という少女を見たいんだ。そう思うと鼓動が大きくなって苦しくてさ、今もどこかで彼女が苦しんでいるって思うと、居ても立ってもいられないんだ。だからごめん。もう止まる気はないよ」
ごめん。中学生にもなると近親相姦や結婚が出来ない事を理解してしまう。
ねぇ、幸菜。それを先に知ったから、先に理解したからでしょ?
柔道の全日本大会に優勝した時に「にいさんがんばったね!」って、刹那からにいさんに言い換えたのは。
幸菜だって苦しい選択をしたに違いない。
俺よりも勉強が出来た妹は、先に現実の壁にぶち当たって、その壁がとても分厚く強固な壁であること知ったんだ。
すすり泣く声が電波に乗って、俺の耳の中に、頭の中に届かせる。
もう後悔はしたくない。
もし、あのまま俺が諦めなかったら、分厚い強固な壁を打ち壊せたかもしれない。いや、壊さなくても越えられたかもしれない。
もうそんな後悔だけしたくないから。
「幸菜は楓の居場所。知ってるんだよね?」
「………………」
「ごめん。幸菜に訊くようなことじゃなかったね。それじゃあ」
「此花ホテルの30階のスイートに居ます」
「え?」
幸菜から言われた場所は、まったくの想定外の場所だった。だって、今いる場所から10分も離れていない場所だから。
「にいさん達を撹乱するためです。すぐ近くにいるとは誰も思わないでしょう?」
幸菜の説明を聞いて唖然としたけれど納得も出来る。
俺達が得た情報の中でも、1番近い場所だったのは1時間ほどはかかる場所だった。完全にやられた。
「ありがとう。それじゃあちょっと行ってくる」
「私、捨てた事を後悔させるぐらいの女になりますから」
そう言って幸菜は通話を切った。
「なんだか複雑そうですね」
「えぇ。でも良い情報もありました」
さっき聞いた情報を瑞希にも教えると、善は急げと言わんばかりに村雨さんにも協力を仰ぎ、3人で作戦会議をし、すぐに準備に取り掛かっていった。




