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妹のためならこれぐらい!  作者: ツンヤン
お姉さまのためならこれぐらい!
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あなたを守りたいから③

 今から前代未聞の事件を起こすともあって、どちらも……緊張していない子が1人。

 普段、就寝時間を過ぎてから玄関に来ることがないから、照明の少なさに違和感を感じ、なぎさの妙なテンションに苦しむ。


「悪いことするって、ワクワクするね」


 確かにワクワクするけど、危険も伴うんだから、もう少し緊張感を持って欲しい。


「不安のそうな顔しないでよ。私が警備員の人を引き付けたらいいんでしょ?」


「うん」


 作戦内容として、なぎさが寮で唯一の門を飛び越えてもらう。すると、警備員さん達がなぎさを追いかけるので、警備が手薄になった隙を付いて、俺が門を超える。

 学院の正門付近に瑞希が待機しているので合流。そして、楓お姉さま奪還に向かう。

 前もって、なぎさには寮に侵入出来る秘密の抜け道を教えているから、ある程度の時間だけ追いかけっこをして、抜け道を使って寮に戻ってもらう。

 まぁ警備員さんに捕まっても学院生だし、ちょっとお叱りを受けて終わりぐらいだと踏んでいる。

 最悪の場合もある。

 有栖川の人間に捕まってしまうことだ。

 今夜の作戦は知れ渡っているから、外で待ち伏せされている可能性も考えられる。

 そして、なぎさに危害を加える可能性もあり、この作戦に関しては無理強いすることはしなかった。

 可能性を考えれば尽きることはなく、命の危険もある。

 だけどなぎさは


「任せておいてよ。幸菜の頼みを断れるわけないじゃん」


 と快諾してくれた。

 友情とはとても良い物だ。

 小学校、中学校と、友達と呼べる人がいなかったからか、余計にそう感じる。


「ねぇ幸菜」


「ん?」


「んー。やっぱいい」


 そう言うやいなや、準備運動を始める。

 まぁ、大きな音は出せないのでストレッチ程度だけど。

 準備が出来たようで、大きく屈伸をした後に、靴紐を固く結び直す。


「これが私のルーティーンなんだよ」


 そう言って「いつでもいいよ」っと、クラウチングスタートの体制に入った。

 ありがとう。なぎさ。


「よーい……スタート」


 ビュン! って、擬音がここまでも正しいと思ったことがない。風を切り裂くような走りに、なぎさを視界に収めるのがやっと。

 秋の色に染まろうと頑張っている木々が植えられている中庭を抜けて、すでに門の前にいた。そして、なぎさは門の鍵部分に足を引っ掛けて跳躍。


「おいおい……」


 軽く一蹴りで3・4メートルぐらいありそうな門を飛び越えて、綺麗に着地まで決めた。

 ニコっと笑って、俺に向かってピースまでする余裕っぷり。直ぐ様、警備員さんが飛び出していき、なぎさは颯爽と駆けていく。

 今度は俺の番。なぎさのように上手くは行かなかったけど、思いの外うまく、門を飛び越えることに成功した。

 なぎさのおかげで、1人しか警備員さんがおらず、持ち場を離れるかどうかで迷いが生じている。

 その隙に学院の正門へと走っていき、なにやらレーサーチックなバイクを肉眼で確認した。

 瑞希のことだ、車よりも機動性のいいバイクをチョイスしたんだろう。

 後ろから「止まりなさい!」っと、声が小さく聞こえる。まだ少し距離があるようで、瑞希の隣に到着したら、ヘルメットを押し込められ、手早く顎紐を締め付けられた。


「少し音が大きいですけど、頑張ってくださいね」


 コクリと頷くと後ろに跨った。

 どこを掴めばいいのだろうと思案した結果。腰に両手をギュッと回すことに。

 瑞希の腰ってこんなに小さいんだ。

 メイド服ってゴワゴワしているし、私服姿も1回あるかぐらいだから、そこまで気にしたことがない。


「バイィイイイイイイン!」


 ちょっと所ではない。

 耳をつんざく音が鼓膜に届いて、耳を抑えたくなった。

 泡の弾ける音がうん十倍にも増幅したような、普段では聞いたことのない排気音。

 絶対に車検通らないでしょ。と、言っても、バイクや車には妥協しない瑞希のことだから、これもなにか凄いバイクなんだろうなぁ。

 ガチャン! っと、とても重そうな音がして、瞬く間に景色があれやこれやと変わっていく。

 ジェットコースターよりも早く。右に曲がれば視界は地面を捉える。

 瑞希の服装は膝にプロテクターを付けていて、コーナーを曲がるたびにガリガリ言いながら擦っている。

 チラッと後方から光が襲ってくる。

 所謂、パッシングってやつだ。

 日本ならではのモノで、危険を知らせるためであったり、対向車線からパッシングされた場合は、少し前で検問をしているから速度を落とせよ。っと、教えてくれていたりする。だけど、今回のパッシングはそんな物ではない。幾度と無くパッシングを繰り返し、煽ってきている。

 こんな騒音の中でも瑞希の声が微かに聞こえてくる。


「有栖川の者です。相手も……マーティン!」


「誰ですかそれ!!」


「頭のネジが吹っ飛んでいる人間です!」


 後から調べたことけど、マン島TTと呼ばれるイギリスで行わている世界最高の公道レースであり、マーティンというのは、その中でも上位争いをするほどの実力らしい。

 1907年からこのレースが始まり、死者の出なかったのはわずか

 ネット界隈では、こいつらの頭にネジ穴など存在しない。とか、結束バンドで繋いでいるだけとか、ボロカスの言われよう。

 瑞希の言葉はまだ優しいほうだった。

 そんな相手にも瑞希は引けを取らず、バッタバタっとマシンを寝かせては、コーナーを抜けていく。

 後ろのバイクも放されることはなく、どちらかというとジリジリと近づいてきている。

 目的地は楓お姉さまのいる所なんだけど、情報が一つにまとまっておらず、4つには絞り込めたが、そこをシラミ潰しに回るしかない。

 そんな状況なのに、この事態はさすがにマズイ。

 このままでは、有栖川と東条は契約を結び、花園でも手出しできない状況に陥るかも。

 瑞希の後ろを乗っているよりも、楓お姉さまの安否のほうが心配で、早くどっかに行けよ! って、焦りの気持ちが俺の中を駆け巡る。

 瑞希も必死に逃げまわるのだが、差は少しずつ縮まっていく。

 そんな時だった。

 瑞希の運転するバイクから物凄い白煙を噴いた。

 俺の体は瑞希の背中を押すように前のめりになって、お尻が宙に浮く。

 さすがに事故をしたと思った。

 このまま時速何百キロで地面に叩きつけられて、大怪我を追う展開が、脳内を駆けていく。


「ありがとうございます」


 瑞希と出会ってすぐの頃に言われた感謝の気持ちは、妹を思う姉が仲良くしてくれていることに対する感謝だったのではないかと、こんな状況で想像した。

 馬鹿なのだろう。本当に馬鹿だと思う。けどさ、誰かを信じるってことは、馬鹿にしか出来ないことなのだとも思う。賢い人間なら1人でやり過ごしていける。なのに、馬鹿な人間は1人で解決できず、誰かを頼らないとやっていけない。

 どちらが凄いと言えば賢い人間と言える。

 でも、俺にはそんな賢い行き方が出来るとは思わない。誰かを頼って、誰かに頼られてを繰り返していく。そんな行き方しか出来ない。

 スローモーションのように進む映像の中で、グッと瑞希に抱きついて、振り落とされないように力を込める。

 すぐ横を追いかけてきていたマシンが物凄い速度で抜けていく。

 そして……

 ――ダンッ!

 と、マシンは転倒することなく、停止。後、すぐに左折して、相手の意表をつく動きで、差を開けることに成功した。

 すでに、予定の道から外れているため、後は瑞希に任せるのみだ。

 信じるというのは信用の大きさによって決まる。

 お金の金額にするとわかりやすいだろう。

 ジュースを買うからお金を貸して欲しい。と言われたら、容易に貸してあげる人は多いだろうけど、借金があり、支払いに100万円必要だと言われたらどうだろうか。

 昨日、今日、出会った人に貸してあげられるだろうか?

 それが信用の度合いに変わる。

 今回は瑞希に命を託せるか。ちょっと表現が飛躍しているかもしれないけど、それぐらいの気持ちでいるのには変わりない。

 もちろん、瑞希になら命ぐらい捧げられる。

 けれど、さっきの無茶なドライビングが影響しているのか、素人の俺でもわかるほど速度が落ちていた。

 それに大きく体を動かしていたドライビングだったのが、少し消極的になっている。

 これでは完全に……。

 ダメだと思った所でバイクは行き止まりに入り込んだようで、停車を余儀なくされた。

 バイク1台だったのが、すぐに車もやってきて、数人、いや、数十人の人間が俺達を取り囲む。

 すぐにバイクから降りて、ヘルメットを脱ぎ、臨戦態勢へと移行する。


「どこのどいつだバァロォおおおおお」


 ボサボサの髪をガシガシと掻きながら、大きな欠伸を1つ。

 すぐ隣のお店から出てきて、この騒動に怖気づくことなく割って入ってくる根性。


「あなたの友人様ですけど」


 ヘルメットを脱いで、髪を左右に振りバイクを壁に立てかける瑞希。スタンドないのね。そのバイク。

 相手側のライトがこっちに向いているので、顔はばっちり見えるのだろう。


「おいおい、瑞希。なんだこの騒動。それにお前なんつぅバイク持ちだしてんだよ」


 瑞希の隣に向かう女の人は、バイクに興味があるようで、普通にしゃがみこんでバイクを覗き込む。

 おいおい、この状況でのんびりとバイク観察するなよ……。


「お前ら!」


 女の人が大きな声を出すと、周りのお店からゾロゾロと大小の男の人が現れ、あっという間に、有栖川の連中を上回る。

 さすがにマズイと思ったのか、急いで逃げていく有栖川の人間達。

 これはこれでよかったと思い、瑞希の隣に向かう。

 出てきた男の人達は逃すまいと車を出して追いかけていく。

 俺が隣に行くと


「すみません。ちょっとミスしてしまいました」


 額からの異様な汗。

 そして、左手首を支えるように右手で持っているのを見て、無茶をしてまで、なんとかここまで来たのを思い知らされる。


「大丈夫。俺がなんとかするから」


「なぁ。このバイク2014年モデルか?」


 こっちの気も知らないで、女の人はバイクに興味を示しており、瑞希も


「2015年モデルですよ」


 っと、呑気に受け答える始末。

 もっとこうさ、緊張感持とうよ。

 そして思う。ここって、楽器屋さんの前じゃないか。

 って、ことはだ


「ようお嬢ちゃん」


 村雨さんがタバコを咥えながら、バイクをずっと見ている。


「ご無沙汰してます」


 挨拶をしながらも、そんなに凄いバイクなのか? と思う。


「このバイクのお値段ですけど、4億ほどで買えました」


 はぁ? バイクが4億って?


「そりゃするだろうな。MOTOGPのバイクにライト付けた仕様だし。YZR-M1かぁ。今度貸してくれよ」


「いいですけど、きちんとした場所でと条件は付けますよ」


 なんて、仲良く話をする2人。

 俺は金額に驚き、跨っていたバイクがそんなバイクだとは知らずに唖然呆然。


「お嬢ちゃんよ。YZR-M1って名前はヤマハがレースで使っていたYZRって名前にMISSIONって意味があるんだ。世界最高のパーツを市販車へ。そして世界ナンバーワンになるMISSION。瑞希がこれを出したってことは、なにか使命があるんだろ?」


 タバコを地面に押し付けて火種を消すと


「入れよ。話は中で聞く」


 と、男勝りな村雨さんがとても頼もしく見えた。

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