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妹のためならこれぐらい!  作者: ツンヤン
お姉さまのためならこれぐらい!
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あなたを守りたいから②

 作戦は決行された。

 23時の今、雛と一緒に横になっている。安全のために、別々に眠る予定だったのだが、雛の強い要望により、ベッドに2人。

 密室の部屋にこんな可愛い子と2人っきり。

 というのに、俺は興奮することはない。

 猫柄のパジャマを着ている雛の髪からシャンプーの香りがしているのにだ。


「ねぇ雛」


 きちんと言わないといけない。

 文化祭で雛が俺に気持ちを伝えてくれた。それは、キスという、女の子にしてはとても大事なモノを、俺にくれて。


「にいさんいつも鈍いです」と幸菜に言われている俺でも、雛の心の中に眠っている気持ちは恋だとわかる。

 ギュっと俺の胸に顔を押し付けてきて、如何にも聞こえませんよ。っと、駄々をこねる子供のよう。だから、俺は優しく背中に腕を回して抱き寄せる。


「ありがとう」


 大事なモノを俺にくれて。


「でもね、俺は……」


 雛の気持ちに答えてあげられない。

 それを言わなくちゃいけないのに……。

 言葉が出てこない。

 出会った当初の雛の顔。

 猫のぬいぐるみをプレゼントしてあげた時の顔。

 未来ちゃんが居なくなる日、部屋でずっと涙を流していた顔。

 学校に向かう最中に見せる顔。

 誕生日会の前に見せた怒った顔。

 どれも俺にとっては大切な思い出で、雛が俺の義妹になってくれた時の顔は、今でも夢に出てくるほどだ。


「雛と出会えてよかった。不安だった学園生活に安心を与えてくれたから……」


 小さく雛の体が震える。

 もう……泣き虫な妹だ。


「ごめんね。俺は雛のことが大好きだ。でも、そこに恋愛感情は込められていないんだ。でも、とても大切な人には変わりない。だから」


「キス、してくださいなのです」


 俺の胸から顔を出して、涙が溢れだした顔で言ってくる。


「私を女にしてください」


「でも……」


「大丈夫なのです」


 俺はソっと顔を近づけると、大きな瞳は瞼を閉じ、小さな唇に涙が伝う。

 ゆっくり。

 雛の顔が間近にあって、ドキドキする。

 唇と唇が触れそうなほどに近くなったとき


「私もお姉さまが大好きです。夜、眠れないときにお姉さまとの時間を思い出すだけで、明日が待ち遠しくなります。お姉さま、このまま雛の大好きなお姉さまで居てくれますか? 私を妹として、これからも変わらず笑顔を振りまいてくれますか?」


 そんなの決まっているだろう。

 ソっと口付けをした。

 ちょっと長めの口付け。


「決まっているだろ。雛は俺にとって、掛け替えなのない大切な妹だよ。これからもずっとそうだよ」


 額をあわせ合うと閉じていた瞼をあけ


「大人のキスはとてもしょっぱいのです」


 と、微笑んだ。

 強がりだとわかっていても俺はこれ以上、抱き寄せてあげれない。だって、そうしてしまうと雛を困らせてしまうから。

 気持ちを整理するには時間が掛かるだろう。だけど、この子はきちんと新しい出会いに立ち向かえるだけの力を持っているのを、誰よりも俺が知っているから大丈夫。

 明日も、明後日も、ずっと、大切な妹だよ。

 



 それからは、布団に潜りながらお喋りをした。

 いつものように、学院での出来事や、お友達との出来事など。すっかり涙も枯れたようで、クスクスと笑い合ったりもした。

 そんなときだ、カチャリとドアが開く音がした。

 お喋りをやめ、雛の頬を優しく撫でてあげて、安心させてあげた。どんな表情をしているかわからないけど、俺が思うに恐怖などはなく、優しく微笑んでくれていると感じた。

 小さな足音がこっちへと近づいてくる。

 もうそろそろかな。

 布団を一気に蹴り飛ばして、すぐにベッドから立ち上がった。相見えるのにちょうどいい距離で、お互いに全身が見えるほどの位置。


「こんばんは」


 アーシェの手にはしっかり拳銃が握られている。

 オモチャのようにも見えるけど、あの有栖川がオモチャで脅してきたとあれば、満場一致で完全にダダスベリ確定。失笑すら起きないだろう。

 両手で拳銃を握り、こちらに照準を合わせている。

 まぁ、余程、緊張しているのか、拳銃には素人の俺でも、その構えでは反動でそしらぬ方向へと弾が弾かれていくのが目に見える。

 雛もそっと体を起こして、事の成り行きを見守っている。


「動かないで下さい」


 動いたら撃ちますよ。

 視線からはそう感じていても、体は相反している。

 小さく震える体を見れば……ね。


「動かないけどさ、もうこういうのは辞めにしようよ」

「あなたのせい。すべてあなたのせい。なにもかもあなたのせい」


「それで構わないよ。俺のせいですべてが片付くなら、君のすべてを受け入れる。アリス・アイル・アーシェ」


 それが本当の名前。

 有栖川に誘拐された少女の名前であり、今でもお父さんとお母さんが愛してやまない名前。


「すべては仕組まれたことだ。アリスのお父さんの会社が潰れてことも。アリスを手に入れようとしたこともね」


 楓お姉さまが掴んでいる情報も。


「知っている。それでも私はあなたを……殺す」


「アリスには無理かな」


 きちんとした理由があるから断言。

 ほんとに俺のお姉さまは妹思いのお姉さまだ。


「出来ます!!」


「無理だよ。だったら教えてあげようか? 人を殺すにはなにが必要だと思う?」


「そんなの決まってます! 殺すという気持ちが」


「そんなだから無理だって言うんだ!」


 大きな声を挙げた。

 ビクリっとアリスの体が硬直する。

 そんなアリスに向かって、ゆっくりと歩いて行く。


「こないでっ!」


 ガタガタと震える拳銃に向かって進む。

 なのに、俺の鼓動はいつもと変わらない。いや、それ以上に落ち着いている。


「いやぁあああああああああああ」


 ……カチャン。

 引き金を引いたのに、発射されない銃弾。

 ただ呆然とするアリスに


「よくがんばったね」


 と、声を掛けてあげた。

 俺にはわからないほどの苦悩や苦痛があっただろう小さな体は、ペタンっと膝が折れ、床に座り込んでいた。


「人を殺すのに必要なのってさ、狂った精神や度胸なんかじゃなくって、人の殺し方を知っているかだよ。拳銃の事を知らないアリスにはわからないだろうけどさ、たぶん、それ、セーフティが掛かってる」


 楓お姉さまのメールの内容を幸菜に送ったら「ホントに良いとこだけは持っていく女です」っと、少し怒っていた。俺にはなにを指し示しているのかがまったくみえず、ただの小説の一小節だと思っていた。なのに、俺の妹は数分で意味を理解したようで、鈍い俺に怒りが増したのか、プリプリ怒りながら説明してくれた。

 犬猿の仲だとはいえ、思考回路は似ているのかもしれない。


「もう終わりにしよう」


 パタンと、テラスへと続くガラス戸が開かれて、東雲さんとなぎさが中に入ってくる。一部始終見ていた2人は、そっとアリスの横に行き、すでに力を無くしている手から東雲さんが拳銃を奪い取った。


「言い方が違ったね。もう終わりにする。だからさ、これからはアリス自身が決めて」


 これからのこともそうだけど、お父さんやお母さんとのことも。

 雛が部屋の電気を付け、そのまま部屋のキッチンでお湯を沸かす。なにを呑気なことを。なんて思っているだろうけど、これも列記とした作戦の一部。

 これが雛にしかできないお仕事。

 東雲さんがハンカチに包まれた拳銃を化粧机に置いて、小さく息を吐く。


「アーシェさん。お話はすべて立花さんに聞き及んでいます。実は立花さんも敵ではないかと思っていました。けれど、今の姿を見て、本物であると認めなければいけません。それではお約束。と行きましょう」


 此花の制服にある胸ポケットからA4用紙を取り出した。仕事人はこういったことには契約書を提示するのが決まりらしい。

 テーブルに契約書を置いて、アリスに読み聞かせてあげる。


「私、東雲真心はアリス・アイル・アーシェに対し、この学院を卒業するまでの期間、無償で援助することを誓います。どうしますか?」


 俺がボールペンを置いてあげると、俺達を見つめ「どうして」私なんかを。なんていう。

 だから


「友情は見返りを求めない。アリスはもう俺達の中では友達なんだよ」


 そして、最後のひと押し。

 カチャンっと、雛が紅茶をアリスに差し出すと、なぎさ、東雲さんにも紅茶を振る舞う。

 1口でいいから飲んでみて。

 1口飲めばわかるから。

 いつもの紅茶とは少し違い、少し甘ったるい匂いがする茶葉のようで、その匂いに1番反応したのがアリス。


「この茶葉を頂いてから、どのような淹れ方すれば喜んでもらえるか、雛なりに考えて淹れてみたのです」


 紅茶の淹れ方は国によっても異なり、もっと細かくいうと家庭によって変わってしまうため、とても難しい飲み物の1つである。

 それに紅茶ならではの渋みもあったりで、小さい子供は飲みにくい飲み物でもある。それをアリスのお母さんは小さい子供にも飲みやすくするために、甘めの茶葉を多めにブレンドした。


「私の茶葉も少し甘目にはブレンドしているのですが、ここまで甘く、そして、大人の方も飲めるようにブレンドされているのはお勉強になります」


 雛が口を付け、そして、アリスも口を付ける。

 ここで決着がついた。

 彼女の感情は崩壊し、涙が頬を伝う。


「アリス。俺は有栖川と戦ってくる。もちろん、楓お姉さまを連れ戻すために」


 アリスがなにか言いたそうにしていたけれど、俺となぎさは部屋を後にする。

 後は自分で決めるんだよ。アリス。


「いいの? なにか言いたそうだったけど」


「いいの。話は帰ってきてからすればいい」


「これが最後かな」


「そうなると思う」


 そっか。って、なぎさがいい、俺の肩に手を置く。


「刹那と出会って、とっても楽しかった。後どれくらい、同じ時間を共有できるかわかんないけどさ、帰ってくるの待っててあげるよ」


 いつものように笑うなぎさが頼もしく見えた。でも、今回の作戦で1番の危険を伴う。それはなぎさにしか出来ないことであり、なぎさの身体能力がなければ成功しない。


「怪我だけはしないようにね」


 そういえば男の子達はこうするんだっけ? って、ライトノベルのワンシーンをしようと、拳を突き出してくる。

 本当に影響されやすいんだな。まぁ、それもなぎさらしくていい。

 誰もいない廊下を歩きながら、俺達は拳と拳をぶつけあった。


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