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妹のためならこれぐらい!  作者: ツンヤン
お姉さまのためならこれぐらい!
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あなたを守りたいから①

 楓お姉さまからメールが届いたのを知ったのは授業が終わってから。お昼休みは図書室で作戦会議をしていて、スマホを見る時間がほとんどなかった。

 返事をしようか迷ったけど、俺の気持ちはもうすでに固まっているのだから、返事をする必要はない。帰ってきてから、ゆっくり話をすればいい。俺達にはまだ何十年という時間があるんだから。

 図書室での作戦会議はいつもの3人に加えて、なぎさ、東雲さんも参加してもらうことにした。特にこの2人は重要なポジションにいるからだ。

 東雲さんにはアーシェのこれからを託しているし、なぎさは俺の代わりをしてもらわないといけない。事前に承諾を受けている東雲さんは、特に声を挙げることもなく、ただ冷静に事の成り行き見守るようだ。

 なぎさは作戦内容を聞いて、いつものように無邪気に「タイタニック号にでも乗ったつもりでいてよ」っと、華麗にボケをかましてくれる。

 だけど、ここで猛反対をしたのは雛だ。

 この作戦は危険が伴う。もっと穏便に事を進めないのかと雛は言っている。


「凛ちゃんに私から言ってみるのです!」


 雛はとても良い子であるが故に、事を穏便に済ませようと努力する。その考えはとても良いこと。話し合いで終われば俺もいいと思う。


「長嶺さん。もう話し合いでは解決できない所まで来てしまっています」


 園田が割って入る。


「東条さんもこの件にはあまり関わりたくなかったと思っているはずです。ブラックボックスの有栖川と手を組むというのは、明るみになった途端に最悪の状況に陥る可能性もあります。だとするならです、東条さんを味方にするほうが得策だと思います」


 2人の意見は似ているようで中身が全然違う。

 雛は凛ちゃんから説得してもらう。と言うものであり、俺達にはなんの被害もない。

 園田さんは凛ちゃんをこちら側に付けて、内情を得るというもの。


「ですから、凛ちゃんに助けてもらったら」


「雛、ダメだよ。凛ちゃんが危険にさらされるかもしれない」


 学院内に居る分には安全だろうけど、学院から離れれば……。

 危険なのは俺だけでいい。

 これまでも色々と死線をくぐり抜けて来たんだ。今回もどうにかなるだろう。

 それでも雛は納得してくれない。

 今にも泣き出しそうに瞳に涙を溜めて、俺達に訴えかけてくる。

 何度も言うけれど、俺達も話し合いで解決してくれるのならそうしている。だけど、有栖川はアーシェを送り込んできて、楓お姉さまを人質にしているんだ。交渉するにしても向こうのほうが圧倒的に有利。

 それを覆すには園田さんが言ったように、凛ちゃんをこちら側に付けるのが得策だ。

 危険が及ばない程度に協力してもらうだけでいい。それだけでも状況は良い方向に向いてくる。

 そこで問題なのが、どうやって凛ちゃんをこちら側に引き込むか。である。


「ねぇ、なぎさ。凛ちゃんを味方にするにはどうすればいいと思う?」


 姉妹の契を交わしているなぎさなら、なにか秘策があるんじゃないかと訊いてみた。


「凛? ないない。だって仕事のことは私からなんて言おうと曲げないよ。それは雛子が言っても一緒。逆に怒るんじゃない? 昨日、朝練のときに雛子が必要に仕事のことを訊いてくるって言ってたし」


 それを聞いて雛がシュンとする。


「これまで仕事のことなんて訊いてこなかったのにって。凛にとっての雛子って、親友なんだよね。仕事のことを忘れさてくれる存在。本音で話しが出来る存在。だから今回は私から連絡しておくよ」


 確かに俺達の前で仕事の話をしたことがないな。

 この学院には凛ちゃんのような子は少なからず居て、談話室などで仕事の話をしていたりする。そして、目の前にいる東雲さんもその1人だったり。

 花園や東条なんかとは規模が違うけれど、その筋では有名らしい。まぁ、この学院にいる時点で一般企業よりも階級は上なんだけどね。

 優雅に紅茶を啜る東雲さん。

 そんな姿を横目で盗み見る。

 普段と変わらないというのに、どことなく落ち着きがなく見える。

 東雲さんには大きな役割はあるけど、なにか行動をしてもらうわけではない。無理を言って、この作戦に参加してもらっている以上、作戦会議には参加してもらいたかった。

 俺の視線を知ってか知らずか東雲さんが声を挙げた。


「私も今夜、立花さんの部屋にお邪魔してもよろしいでしょうか」


 危険な話だった。

 すでにアーシェには伝わっているだろう。

 今夜、楓お姉さま強奪作戦を行うことを。

 いくら内密にしているにしろ、有栖川には筒抜け状態になっていると考えるべきだ。

 その根拠も今朝、桜花さんからの電話で発覚している。

 そんな危険が待ち受けている中に東雲さんは置いておけない。


「ダメです。き」


「でしたら、降ろさせて頂きます」


 スッと立ち上がる。


「危険過ぎます。もしかしたら、命の危険も」


「承知の上で言っていますよ。私はこの眼で、あなたの真意を見てみたいんです。本物かどうかを」


 すでに男だと知っている。どうしてかも説明している。それを知って了承してくれたのに、他になにを知る必要があるんだ?

 だが、ここで東雲さんに抜けられては作戦が台無しになってしまう。4人が俺の方を見ている。どうするか判断しろということ。

 少しだけ悩んだ末に条件を付けることにした。

 その条件とは2つ。

 俺の部屋ではなく、なぎさの部屋であること。

 危険な事態を脱してからしか、俺の部屋に入ってこないこと。

 なぎさの部屋に待機してもらい、アーシェが到着次第、テラスにて、事の成り行きを見守ってもらう。


「それで構いません。ありがとうございます」


 頭を下げる東雲さんに、俺も立ち上がり、頭を下げる。


「こちらこそ、無茶を言ってしまって……」


 とりあえずはこのまま作戦を進めていける。

 ここで時間も残り僅かとなったためにお開き。粗方、説明は出来ているので、このまま夜を待つだけかに見えるが、まだまだやることがある。園田さんが調べあげてくれたA4用紙を受け取り、教室へと向かう。


「あ、忘れ物しちゃった。先に戻ってて」


 ポケットを叩いて、忘れ物をしたかのように装う。

 雛とは逆方向なので、すでに別れているから、なぎさと東雲さんに言っている。

「うん。わかった」っと、なぎさと東雲さんは先に教室へと戻っていく。

 2人の後ろ姿を確認してから、図書室へと向かうことにした。急ぎながらも足音を立てないように。

 図書室のドアを少しだけ開けて、中の音に集中する。

 瑞希の言うとおりだった。

 確証が取れたので、ドアを思いっきり開けて、園田さんに向かって走り、手に握られているスマホを奪い取る。

 腕を捻り上げて、床に抑えこむ。


「こんにちは、有栖川朱雀で間違いないでしょうか?」


 よくも2人目を送り込んでいたもんだ。いや、違うな。1人目が園田さんか。2人目がアーシェである。

 俺が言い終えた瞬間に電話を切り、こっちから再ダイヤルするも、電源を切られていた。

 まぁ、漫画のようにここでお喋りが始まっても、こっちが困るから別に構わないけど。


「どこまで話したの?」


「さぁ? どこまででしょうか」


 しらばっくれるように、挑発するかのように言ってくるので、もう少しだけキツく締めあげた。

 さすがに痛むようで必死に耐えているのが悲痛な表情からわかる。


「このままもう少しキツくすると腕が折れるよ」


 腕を折る気は毛頭ないけど。

 ちょん。と、腕を締めると「うぎゃああああ」と声を荒げ


「今夜、動くとしか伝えてない!」


 まぁよくもここまで、猫を被っていられたもんだと感心する。

 俺もアーシェしか忍び込んでいないと踏んでいたけれど、とある人物からのタレ込みによって、園田さんが有栖川の手先だというのが発覚した。

 その子は雛と同じぐらい小さく、雛とは正反対の胸を持ち、雛とは正反対の


「1回ぐらい死んでみる? 平民」


 あぁ、いらしておいでなのね。

 床に抑えつけている状態では、背中がお留守になってしまうために、気付かなかった。


「それは遠慮しておきます。というか、ここに来て大丈夫なの?」


「まぁ良くはないわね。でもね、こいつらが私を何年も監視してたって思ったらギャフンと言わせたくなったのよ」


 凛ちゃんって、出会った頃からSだと思っていたけど、本当はどが付くほどのSだとは。ツンデレさんってMが多いからデレだらMになるのかな?

 そんなどうでもいいことはゴミ箱にでも捨てて、園田さんは楓お姉さまの監視役ではなく、凛ちゃんの監視役であり、初等部からその役目を成し遂げている。

 だから、瑞希にしても幸菜にしても、園田さんが有栖川の人間だとは調べられなかったのだろう。

 少し、締め上げている手を緩め、話ができる状況を作り出す。


「いつから私が怪しいと思った」


 この質問は俺にだろうか、それとも凛ちゃんに対する質問だろうか。

 どちらにへよ、俺から答えを言っておいたほうがいいか。


「君は詳しすぎるんだよ。女の子がモータースポーツに惹かれることは少ない。そこで少しね。そこで君の過去を調べた」


「完璧だったはずだ!」


「完璧すぎたんだよ」


 本来、経歴などを調べた場合、調べられる範囲がある。

 幸菜と瑞希が雛を調べた資料を見てみると、幸菜の方が生年月日や身体測定の結果、後は学歴や親族関係などで精一杯。それに引き換え、瑞希の場合はそれにプラスα、産まれた病院の名前であったり、細部が少し違っていた。なのに、園田さんは幸菜と瑞希の資料が丸々同じであった。

 その点が逆に怪しすぎでいて、疑う価値があると踏み、現在に至る。だけど、ここでどうして花園が気付かなかったのかという点に関して、さらに疑問を呼んだ。有栖川が得をする人物、ライバル視している人物が他にもいるのではと考えた結果に、凛ちゃんが候補に浮かぶ。

 有栖川がライバル視する企業は2つ。

 花園と東条。

 花園が、楓お姉さまの近くに有栖川の刺客を付ける訳がないので、凛ちゃんに話を持ちかけ、真意を確かめることにした。

 これが現在の状況である。

 なぎさや東雲さん、雛にはもちろん内緒で。

 敵を騙すにはまず味方からって言うしね。


「途中で私に接触してきたのは、凛ちゃんの事を知りたかったから? そこだけは疑問なんだけど」


 そのまま監視をしていればこうならなかったのに、接触して事態は悪い方向に向かってしまった。今日まで凛ちゃんに気づかれなかったのだから、これは失態と言える行為ではないかと思う。


「あなたが白峰、長嶺の娘を助けたのを見て、どうにかしてもらるかも……そう思ったから……あの人には内緒で接触した。あいつもあいつの部下もここの中の事は、私の報告しか知り得ない。豊島の会社を潰したのはあの人、弱っている時に豊島に策を与えて、チンピラを用意したのは私。早川を用意したのはあの人」


 最初から踊らされていたって訳か。


「そして、花園楓に佐々木を巡りあわせたのはあいつね」


 凛ちゃんが問いかける。

 俺が『誰だそいつ?』って顔をしていたのか、説明してくれる優しいツンデレさん。


「花園楓の裏企業、それの社長を補っていた有栖川の重役よ。花園和馬に対抗しようとして設立した企業。だけど、花園楓は上手く広げることは出来なかった。まぁ、父親のモノマネをしただけで上手く行くわけ無い。花園和馬も花園楓がやったように友人の名前から起業して、花園グループの基盤を構築したのよ。花園和馬の名前を使うと有栖川朱雀に見つかってしまう。花園和馬がどうして無理をしてまで、会社を大きくして、富を得ようとしたのか。それは花園楓を守るため。大切な人間を守るための苦肉の策だったのよ」


 俺はそれでも、もっとやりようがあったと思うけど。


「すべてが繋がったわ」


 凛ちゃんはそう言い、園田さんの前に行き、スカートを手で抑えこみ屈んだ。


「あんた。反乱を起こす気ある? 有栖川を地に落とす覚悟が出来てる?」


 園田さんは無言で顔を縦に振る。

 この子も被害者だったのか。どこまでか弱い子達を道具のように扱えば気が済むんだよ。苛立ちが心を支配していく。


「放してあげて」


 締めあげている手を離して、解放してあげる。

 園田さんはゆっくりと立ち上がり、椅子に座った。


「あなた、最初に出会ったときに比べて変わった」


「いつまでも、楓お姉さまに守られている訳にはいかないからね」


 そう言うと、クスクスと笑う園田さん。


「平民はもう戻って、後はこっちでやるから」


 ガシャン! っと図書室の扉が勢い良く開き


「ここのトビラヒクイネ」


 っと、水族館で現れた外国人さんが目の前に現れて、え、この人って、凛ちゃんのボディーガードだったの? ってことは……。


「ハァイ、ソコノボーイ。ゴーホーム」


 にっこり笑顔が怖いです。

 聞きたいことがあるけど、今はなにも訊かないほうが無難かな。


「後はお願いします」


「マカセンシャイ!」


 自分の大きな胸板を叩き、俺が外国人さんの横を抜ける時に、背中をバシィンと叩かれ


「Never never  never never give up」


 親指を立てて白い歯を見せてくる。

 俺も親指を立てて「ありがとう」と言って図書室を後にした。




 決して屈するな! 決して、決して、決して!!

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