依存
何度目の再生だろう。
あの子から留守番電話が録音されていて、ふと、声を聞いてしまったのが間違いだった。恋しい気持ちが湧き上がってきて、暇があれば、スマホを耳に当てている。
あいつが入院したのなんてどうでもいい。と、思いながらも、完全に捨てきれない気持ちもあるみたい。
殺すつもりなど毛頭ない。ただ、花園グループが地に落ちればそれでいい。そうなれば私の勝ち。有栖川が負ければ私の負け。
この勝ち負けを左右するのは東条グループ。未だに幹部連中をまとめられていないのは、愛娘である、あのちっさいのが出しゃばっているから。あんなのでも、純利益だけを見れば東条グループ内で3位に位置する。
社会は結果がすべて。
1円でも多く売り上げれば、年齢が若かろうが、老いていようが関係ない。それだけの地位が約束される。
お祖父様は「急くときではない」の一点張りで、転機である今、なにかプッシュしないと押し負けてしまう。
東条の重役達とコンタクトを取ろうにも、深い関わりを持つ人間がいない。
はぁ……。
ベッドに倒れこんで、天井を見据える。
なにをしているのだろう。
ここまで来て、後戻りは出来ないのはいい。だけど、硬直状態というのも面白みがない。
性格上、待つのは苦手。
落ち着いているとか冷徹なんか言われているけれど、ただ、ジッとしている間、なにをしていればいいのかわからない。
休みの日がそう。
部屋でなにもせずに居るのが嫌で、生徒会に入って、書類仕事でもして時間を潰し、学院のボランティアなどに参加などにも積極的に参加している。なにも考えずに済む時間が、私を守ってくれている。そう感じていた。
……なのに。
有栖川が送り込んできた子の部屋にあった拳銃。
セーフティが外れていて、引き金さえ引けば弾が発射されるようになっていた。あれは確実に『殺せ』と命じられている。
誰を?
そんなのわかりきっている。私かあの子か。それとも邪魔な者すべてか。
私には想像すら出来ない答えを導き出すのは不可能。
この世に存在する99%はお金を積めば買えるだろうけど、残りの1%はどれだけ積んでも買えない。
白い天井を眺めながら、買えないモノがすぐそこにあることに恐怖がある。もし、目の前から無くなってしまったら。
もう無くなってしまっているかもしれないのに、なにを悩んでいるの。
あの時から私は1人だった。
誰とも群れようとせず、孤高を貫き通し、心は凍り、誰にも溶かすことのできない心が出来上がった。だけど、あの子を見た時に、なぜだか声を掛けていた。それは生徒会長として、新入生を歓迎するような気持ちではなかった。
キョロキョロと視線を動かし、ここにいるのが場違いかのように、肩身を狭くして座っていたのを見て、母性が働いたのだと思う。なんだか守ってあげないと壊れてしまいそう。
中庭で出会ったのは、もしかしたら必然だったのかもしれない。
磁石がS極とN極を引き付け合うように、あの子と私は惹きつけられた。
あの子の秘密は完全にたまたま。もし、あの公衆トイレが和式だったら気付かなかったかもしれない。それでも、あの子はボロを出して、他の子にバレていたでしょうね。
そんなことを考えていると少し笑えて来る。
「楓お姉さま」
「もう雛ったら……」
「なぎさ! 見えちゃうから!!」
まるで蜃気楼のよう。
ホテルの中に、あの子達を浮かび上がらせる。
なぜか作り物の世界では、砂漠で疲弊しているときに蜃気楼を見るけれど、実際は大気中の温度差によって光の屈折が作用することが理由で見られる現象。でも、もしなにかに飢えているとしたら、それは……。
ゴンゴン。
なにか硬い物で叩く音はお祖父様。
杖で叩くので、いつも音が鈍い。
それに、少し強めに叩くのも癖らしい。
ベッドから降りて、服の皺を正してからドアを開ける。
いつにもまして腰を曲げたヨボヨボの体だというのに、眼差しだけは、どこの社長よりもしっかりしているように思う。
「どうかしました?」
孫と祖父というのに、敬語で話をする違和感。
はっきり言えば、どちらも祖父とも孫とも思っていないから。
それでも今は協力関係にある以上、相手の機嫌だけは損ねないよう、やっていくしかない。
「今日、パーテーがあるんじゃが、楓。お前に是非参加してほしくてのぅ」
「構いませんけど、急なのでドレスを持っていないのですけど」
それは大丈夫じゃ。と、後ろにいる付き人が何着かのドレスを手に持っている。これを着ろと言うことね。
まぁいいわ。選ぶ手間も省ける。
ドレスを2着受け取り、黒と赤のドレスを交互に広げてみる。
「お姉さまの要望とは違うモノですね」
あの時のことを思い出してしまい、胸の奥がギュっと締め付けられた。
どうしてあの子を励ますために、学校をサボったのかも、今となっては不思議ではなくなっている。
刹那と居たら、仮面を脱ぎ捨てることができる。私が私で居られる。
半年で得られた答え。
ときめくような恋をしていなくても。
学院から帰れば、そこには普段があって。
自分に好意をいだいていなくても。
誰かのために必死なる姿が正義のヒーローみたい。
そんな危なっかしい子だから……。
「そうじゃ、なんて言ったかの」
用が済んで、背中を向けた状態で言ってくる。
「おぉ、忘れるところであった」
一呼吸置いて
「刹那というクソガキ。始末するからのぉ」
よかろう? そう問いかけてきて、私はすぐに返事が出てこなかった。
始末するとは、殺すと言うこと。
「え、えぇ。私には関係のない人物ですので、お祖父様のやりたいようにすればいいのでは」
完全に動揺してしまった。
目の前にいるクソジジィは私の心を読み取って、ほくそ笑んているに違いない。
有栖川は私の情報をほぼすべて持っている。
ほぼ、なのは知らない事もあるからで、あの拳銃にセーフティーが掛かっているのは知らない。
有栖川の刺客は1人。
あの転校生だけ。
どうしてわかるのかと言われれば簡単なことで、花園が学院に何十億という巨額の寄付をしている理由が関係している。巨額の寄付というのは学院を牛耳るようなモノで、人事などに関しても口出しが容易。
有栖川の側近だと判明すれば、書類選考で落とされ、学院内部に刺客は送り込めない。だけど、不思議なのがアーシェという子がどうして学院に入り込めたか。それが今でもわからない。
あいつがそう簡単に有栖川の人間をみすみす侵入させる訳がない。調べられる限りの情報では、幼少時の情報がまったく持って見つからず、小学校からの情報がもっとも古かった。
そんなことはどうでもいい。
「であるなら、好きにさせてもらうとしようか」
ゆくぞ。
そう言い、付き人と共に消えていく。
ゆっくりとオートロックのドアを閉め、その場にへたり込む。
ペタンっと足を曲げ、ただ呆然と視界は室内を映し出す。
少しの間、そのままでいると、今度は恐怖が襲ってきた。
また失ってしまう。
また居なくなってしまう。
そう思うと居ても立っても居られず、ポケットからスマホを取り出して、刹那の番号をタップして、耳に持っていく。
早く伝えないと……。
そう思っていたのに、耳からスマホ離し、電話を切ってしまう。
まただ。恐怖が私を襲ってくる。
あの子に近づこうとすると、体が異常なほどの反応を示す。大きな胸の高鳴りは心地良いモノではなく、私を苦しめるように鼓動を早めてくる。
静まれ。静まれ。静まれ。何度も心で叫び、胸に手を添えては自分を慰めた。
それでも……あれだけは伝えておこう。
メールを開いて、慣れない手つきで打ち込んでいく。
『あなたは人を殺せない。けれど、私は殺せるわ。
精神異常は人を殺せない。けれど、冷静な人間は殺せるわ。
憎悪は人を殺せない。けれど、愛で人は殺せるわ。
もう私に近付かないで。
そうでないと怪我だけでは済まないわよ。
さようなら』
これで最後。もう恐怖に襲われないよう、テーブルへと移動してスマホを置いた。手にはナイフを持って、スマホを突き刺す。
これで終わり。
やっと私が私で……どうして……涙が止まらないのかしら……。




