中編
オーガの死により、場は騒然とする。
平和な日常を謳歌していた魔物達は驚愕していた。
「な、なんだッ!」
「殺しだ! ゴブリンが剣を持ってやがる!」
魔物達は怯えて距離を取る。
俺は近くにいた者に跳びかかり、大上段の一撃を繰り出した。
剣は慌てふためく露天商を縦断する。
俺は返り血を浴びながら疾走し、逃げ惑う魔物を次々と斬り殺していった。
「うわっ、逃げろ!」
「痛えッ!?」
「くそ、押すなって!」
反撃を試みる魔物はほとんどいない。
俺を見て恐怖し、焦り、情けない姿を晒して逃げ出す者ばかりであった。
この百年ほどで魔物は弱くなった。
人間との戦いに勝利し、自由と平和を手にしたことで、緩やかに堕落したのである。
(こんな連中のために我々は……)
怒りと憎しみに苛まれながら、俺はひたすら剣を振るい続ける。
数十体の魔物を葬ったところで、胸に鋭い痛みを覚える。
そこには矢が刺さっていた。
首と手足にも同様に刺さっている。
見上げると、大量の矢が雨のように降り注いできた。
「……ふむ」
全身を貫かれる痛みを知覚した直後、視界が闇に染まる。
次の瞬間には喝采を上げる魔物達が映し出された。
弓矢を持つ彼らの視線の先には、血みどろで倒れるゴブリンの死体がある。
「やっと死んだか!」
「いったい何者だ……?」
「ゴブリンとは思えないほど強かったな」
話し合う弓兵を押し退けて、俺はゴブリンの死体に歩み寄る。
死体は矢だらけだった。
傷口から流れ出した血が地面を濡らしている。
手には剣が握られていた。
俺の行動に気づいた弓兵達が呼びかけてくる。
「おい、何してるんだ!」
「離れろ! 今からそいつの身分を調べる!」
聞こえてくる言葉を無視して、俺は死体から剣を引き剥がして握る。
そして踵を返して弓兵達に襲いかかった。
間合いに入った魔物の四肢を切り刻む。
至近距離で放たれた矢を剣で弾きつつ、相手の脳天に刃を叩き込んだ。
腹を捌かれた者は、己の臓腑を掲げて喚いている。
予想外の事態に、弓兵達は狼狽えていた。
「こいつ、気でも狂ったのか!?」
「とにかく止めろ! 殺してもいい!」
弓兵達はなんとか反撃に移るも、やはり俺の敵ではなかった。
そもそも周囲に味方がいる状況で、俺だけを狙うのは至難の業だ。
一方で俺は無差別に殺しまくるだけでいい。
特に苦戦することなく弓兵部隊を殲滅し、死体だらけの大通りで剣を下ろす。
胸中に抱くのは、失望と苛立ちの念だった。
「この程度か……」
次は街の中心部を攻めるか。
逃げ惑う住民を殲滅するのは難しい。
なるべく大きな損害を与えるとなると、立ち回りにも工夫が必要だ。
機動力の高い肉体に乗り換えるべきかもしれない。
その時、後方で地鳴りのような声が響き渡った。
「レイルス・アートン! 狂気に呑まれた亡霊め!」
振り向こうとするが、その前に全身が黒炎に包まれた。
骨の髄まで焼き尽くされる苦痛を味わいながら視界が切り替わる。
今度の肉体は家畜の人間だった。
俺は煩わしい首輪の鎖を引き千切り、黒炎で炭化した死体から剣を掴み上げる。
そして黒炎が飛んできた方角を注視する。
死体だらけの通りを闊歩してくるのは、灰色の肌を持つミノタウロスだ。
巨大な戦斧を担いで迫るその魔物は、街の領主であり魔王軍の元将軍デバルトだった。




