前編
その街の通りは繁盛していた。
肉や魚、野菜を売る露天商のそばでは、首輪を着けた人間が陳列されている。
緑色の肌で角を生やした店主は、笑顔で通行人に呼びかける。
「若い人間の女だよー! 家事に食用に繁殖に! 使い方は無限大さ!」
呼びかけに足を止めたのは槍を担いだオークだった。
軽鎧を装備しているのでおそらく傭兵だろう。
そのオークは舌なめずりをして人間を吟味する。
店主はすかさず商品の素晴らしさを語って購買欲を煽っていた。
「――醜いな。すべて醜い」
呟く俺は通行人に紛れて歩く。
湧き上がる憎悪が頭の中を埋めつつあった。
目深に被った外套で顔を隠していなければ、周囲の者達に不審がられていただろう。
その時、俺は前からやってきたオーガ族の男とぶつかった。
体格差で弾かれた俺は尻餅をつく。
オーガの男は舌打ちして見下ろしてきた。
「痛えなおい。謝れよ」
「…………」
「てめえ、無視すんなッ!」
男が俺の外套を掴んで引っ張る。
フード部分が破れて素顔が晒された。
嘲るように笑った男は、屈み込んで睨みつけてくる。
「ハハッ、ゴブリンか。最弱種族のクソ野郎が調子に乗るんじゃねえぞ」
「……間違いだ」
「あ?」
「俺はゴブリンではない」
こちらの発言に、男はきょとんとした顔になる。
その直後、ゲラゲラと笑い出した。
男は俺の頭を平手で何度も叩いてくる。
「つまらねえ嘘つくんじゃねえよ。どっからどう見てもゴブリンじゃねえか!」
「…………」
俺は無表情で耐える。
男の暴力はどうでもいい。
己の憎悪と衝動……それらを抑え込むので精一杯だった。
そのうち男が俺の武器に気付く。
腰に吊るした剣を指差して男は感心する。
「へえ、なかなかの得物だな。ゴブリンにはもったいねえから寄越せ」
「断る」
俺が断った瞬間、男の全身から殺気が噴き出す。
全身から夥しい量の魔力を発散させながら、オーガの男は拳を握り締めた。
「……さっきから、いちいち癇に障る奴だ。もういい、ぶち殺してやる」
「やってみろ」
俺は剣の柄に触れ、そこから最高速で刃を引き抜いた。
奇襲に等しい斬撃は弧を描き、無防備な男の胴体に潜り込んで通過する。
「う、えっ?」
拳を構えようとした男は間抜けな声を発する。
分厚い胴体に赤い線が滲み出し、ずり落ちるように切断された。




