稲妻
「米田仙一さんが瘤仙人になったのは50を過ぎた頃ね」
「45年程前か。瘤仙人になればいいとイメージした<誰か>は、その時点で仙一さんの側にいた……ずっと側に居るとしたら、後継者ストーリーを思いついたのも、そいつ? ……家族じゃ無いの?」
「当時の家族構成、推測できる?」
「まず両親(実父と継母)、弟一家が敷地内同居。祖父母は……わからないね」
「リュウゾウさんは、知ってるわよね?」
「山口食堂の常連客は家族の次に怪しい」
「セイ、もう一度山口食堂に行ってみれば? リュウゾウさんに会えるかも。お客さん達からも瘤仙人の話が聞きるんじゃない?」
ホラーな死から日が浅い。
話題にするのは不自然じゃない。
「うん。行くよ」
「セイ、山口食堂がどこにあるか、航空写真で見せてくれる? 念の為に」
「(念の為?)……いいよ」
山口食堂を中心点にした航空写真を見せる。
「駅前ロータリーの……此処だよ。コレが焼けた家。瘤仙人が死んだ廃寺は……おそらく、ここ」
画面を指差す。
「焼けた家の近くに、ひときわ大きな家があるわね」
「……あの家か。地主屋敷って感じの。あ、そっか。リュウゾウさんの言う『米田の本家』だよ。ほら、庭に池がある」
池の或る屋敷は、他には無かった。
「明日、薫が来るだろ。少しでも妙な感じがあれば、あさってに山口食堂に行く」
「明日何事も無ければいいわね。セイ、そんなに……心配しなくても大丈夫よ」
マユは微笑んだ。
優しい笑顔に気分が軽くなる。
薫も鈴森も、<瘤仙人の念>などはじき飛ばして、普段通りの顔してやってくる、
そうに違いないと思っていた。
翌日、2人一緒に来た。
事前に(鈴森の)軽トラで山田動物霊園に着いたと、薫からライン。
宴会のテーブルセットを済ませ、外で待った。
午後7時。
森は薄暗い。
住処へ戻る鳥たちが騒々しい。
やがて森から出てくる2人の姿、……シロの一緒。
……あれ?
なんでシロは薫と伴走?
薫との距離20メートル。
まだ森の中。
2人ともリュック背負ってる。
薫はオレンジのポロシャツ。
鈴森は作業服上下。
薄暗くて表情はみえない。
ああ、それなのに
薫の……左の頬の下。
何かが、ぶらんぶらん。
「セイ、お出迎え、ありがとう」
上機嫌な声。
聖は、薫の顔を直視できない。
「酒の用意して、待ってたんだ……シロ、おかえり」
腰を落としシロの頭を撫でる。
2回、3回、撫でながら深呼吸。
叫びそうなるのを、かろうじて堪えた。
頭はフル回転。
目前の事実を受容して分析して……同時に今後の予測、
最悪は?
最良は?
薫はどうなる?
俺は今……どう振る舞うのが最善なのか?
「いいーっつ」
変な声が耳に入る。
自分の口から出てしまったかと、一瞬思う。
でも、違っていた。
シロの顔の横に
鈴森の大きな顔。
円い大きな目のなかに、聖が映っている。
しまった。
鈴森は……、俺が動揺していると、知ってしまった。
(なんで動揺しているのか、も)
「セイもビックリしたやろ。なんで瘤仙人みないになってるんかと。……まあ飲ませて」
薫はソファに腰を下ろした。
聖は黙って薫のグラスにビールを。
最初に掛ける言葉が見付からない。
鈴森は日本酒に手を伸ばした。
何時もの柔和な顔と違う。
「4日前の朝や。朝起きたらな、この瘤がぶら下がってた」
薫は話し始めた。
(徐々に大きくなったんじゃ無いの?)
朝起きたら、なんて……怪奇現象っぽいじゃないか。
聖は胸がざわついた。
「ほんでな、有給取って山口食堂に行ってきた」
「そっか……」
聖は、なんで山口食堂かと、聞けない。
「カオルさんは、山口ミヨさんに聞きに行ったんですやろ。瘤仙人と関係あるんかと」
鈴森は、潤んだ目で、薫を見つめている。
なぜ哀れみを隠さない?
事態は深刻なのだと……聖は悟った。
「定休日やってん。ほんでも店に入れてくれた。『あらまあ、刑事さん、刑事さんが瘤仙人になりはったん?……まさか本当に』と嬉しそうに言うた。何やねん、と思うやろ。しやからな、瘤仙人が死んだのと俺の瘤と、関係あるんか聞いた」
山口ミヨは、
瘤仙人が『お言葉』を書いたノートを出してきた。
「ほんでな、ページめくって『あれ、無いわ。そうや、リュウゾウさんが剥製屋さんに持っていったんや』って言うんや。意味分からん」
セイは分かるか?
薫の目が、問うている。
が、聖は答えられない。
「そうしてるうちに、正が帰ってきたんや。幼稚園くらいの男の子と。その子が『ばあちゃん、またジュンちゃんに叩かれた。もういやや。もう幼稚園行けへん』言うてミヨにしがみついたんや。えらい、泣いてた」
話は中断。
ミヨは泣いてる孫しか見ていない。
(そうか。ジュンが、嫌やねんな。ジュンは明日休んだらええのになあ。明後日も、その次も、ずっと休んだら、ええのになあ。そおなったら、ええのにな)
ミヨは唄うように言った。
(そおなったらええのにな)
聖は、身震いがした。
「しゃーないからな、正に目配せして店を出た。ほんなら正が追いかけて来てん」
正は車で送ると言った。
「道々、母親の話を聞かせてくれた」
「母親の話でっか。なるほどなあ」
鈴森は酒を一気に飲み干した。
「山口ミヨは、童顔で若見えするけど、60過ぎてるんやて……ミヨの母親はな、米田家の奥女中やってん」
未亡人で、ミヨが4才の時から共に住み込んでいたという。
「住み込み? 瘤仙人と同じ敷地内で暮らしてたんですか」
鈴森は溜息をついた。
「うん。女中部屋でおおきなってん。中学卒業するまで」
中学卒業後、山口食堂の住み込み従業員になった。
自殺した夫は山口食堂の跡取り息子だった。
聖は
米田仙一が瘤仙人になった時期と重なると、気付いた。
「で? ミヨさんは米田仙一に懐いていたんですか?……あ、いま光りました、」
鈴森が話している途中、
窓の外が光った。
雨も降らぬのに稲光。続いて雷鳴。
嫌な感じ。
おどろおどろしい。
「ミヨは『瘤仙人は代替わりするんやて。跡取りを決めなアカン。大きな可愛らしい、あの人が一番ええのになあ。やんちゃそうな方でも、ええけどな』と言うてたと、正は俺に伝えたかったみたいや」
「ええーっ、なんだよ、それ」
聖は初めて聞いたふう装った。
驚いて見せた。
実際に衝撃の事実ではあった。
(感情も意志も捨て、大切な誰かの、思い通りに行動するだけ。そういう者に自ら変化したのかもしれない)
マユが言っていた<大切な誰か>は山口ミヨか?
それで合っているのか?
跡継ぎの第1候補は鈴森だった。
だがエスパーに術は通じなかった。
結果、第2候補の薫に瘤が……。
聖は、早急にマユの推理の上書きをしている。
あれも、これも山口ミヨの思い通りに……。
それで、矛盾は無いか?
横で鈴森が(う、うう)と妙な声を出しているのにも気付かない。
「正は、俺に謝りよった『母は、中身は子供です。素直で無垢です。……高校に行ってないのは経済的な理由ではないんです』やて。……セイ、意味分かるか? なんで俺に母親の話して、謝るンや?」
「……」
何を何処まで話すべきか。
聖は決断できない。
「俺、瘤出てきてからな、知力が落ちた気がするねん。……気分は悪くないんやけど。むしろ良好。ずっと良い気分。なんやろなあ」
薫は、ははは、と笑う。
口角をあげ、上半身を揺らして笑う。
頬からぶら下がった瘤も揺れる。
ぶらん
ぶらん
「なあ、セイ、俺、どうなったん?」
薫は答えを急かす。
「カオル、俺の知ってるコトを話すから、」
覚悟を決め、話し始めたとたん、
どーん、と凄まじい音。
部屋は揺れ、
照明が消えた。
「なんや、爆弾でも落ちたんか?」
薫は手探りで携帯電話を探している。
鈴森がライターを付ける。
また窓の外が、ピカッと光った。
「カオルさん、雷です、近くに落ちたんです。ほんで停電……うわ、また光った。またや。これは凄い」
鈴森は、突如ハイテンション。
「近くの鉄塔に落ちたみたいだね。停電はすぐに復旧するから大丈夫。……あれ、シロ?……どっか行くの?」
勝手に開いたドアから、
今、シロが走り出ていった。
聖は追って行く。
席を立つ口実。
少し頭を冷やしたい。
シロは、吊り橋を渡り切り、対岸の森に消えた。
暗闇でも白いので確認出来た。
稲妻がストロボのように当たりを照らす。
また光った。
東の方向だ。
山から遠ざかり、東へ移動している。
だんだん太くなりながら。
「変わった雷やな」
薫も出てきて吊り橋の中央に立つ。
「ええ眺めですなあ」
鈴森も聖の側に
また、遥か遠くの空が白く光った。
遅れて、ゴロゴロゴロと長い雷鳴。
「セイ、今のが一番大きかったで。フィナーレやな」
「打ち上げ花火じゃあるまいし……。あれ?…… ホントにアレが最後だったみたい」
続いての稲妻はなかった。
真っ暗な森。
見上げれば星が綺麗。
雲1つ無い、夏の夜空があった
「花火なんかと比べたらあきません、罰があたります」
鈴森はズボンのポケットからタバコを出し、
ライターで火を付けた。
「ええなあ。俺も吸いたい」
薫が言うから
鈴森は一本薫に手渡し、火を付けてやる。
暗闇の中、薫の顔だけがスポットライトを浴びたように浮き上がる。
「あ」
聖が最初に気付いた。
「え?」
鈴森が薫の頬に手を……。
「カオルさん、取れてる。無くなってますよ」
「ん?」
薫は軽く首を揺らす。
「ほ、ほんまや……ないやんか」
薫の頬から
瘤は消えた。




