97話 異常事態
「狙いが狂ったみたいだな」
ヘルブレインにめがけて投げたはずのグングニルがレイさんが応戦している筈の魔物に深々と突き刺さっていた。
そして目の前には剣を構えるヘルブレインの姿があった。
まずい! グングニルは手元にないし、かといって避けるほどの時間もない。
ええい仕方ない!
俺はアイテムボックスの中から黒い剣を取り出す。こいつは俺がオーディンとして配信に出るときに使用している武器だが、命の危機だ。
今はこいつで対処するしかない!
刹那、ヘルブレインの剣と取り出した黒い剣が交錯する。だが、やはり神性なるものが付与されていないためか、衝撃を抑えきれず破裂した音と共に目の前が真っ黒に染め上がる。
気が付けば俺の身体は後方にあった壁へと叩きつけられていた。
身体を動かそうとするとズキリとした痛みを感じる。やっぱり防ぎきれなかったか。
手元には既にバラバラになった剣の柄だけが残されていた。
『あれってオーディン君の武器じゃなかったっけ?』
『そういえば一緒にいる筈だしジョーカーに貸したんじゃない?』
よかった。コメント欄で勝手に解釈してくれたみたいだな。
ま、普通に考えれば声も違えば背丈も違うジョーカーと押出迅が同一人物だって思う奴は居ないよな。
ごく一部を除いて。
「しかしどういう事でしょうか? 確かにあなたを目掛けて槍を投げたはずなのですが」
手元へグングニルを呼び戻しながら俺は問いかける。
ヘルブレインに語り掛けるようにしながら、槍に眠っている存在へと。
『どうやら向こうのバケモンにも自分の神性を授けているようだのう。だからこそこの槍を誤認させることに成功したんじゃ』
何だそれ。欠陥品じゃねえか!
『欠陥品とは失礼な。普通は神性を他者に渡すなんぞ存在を消しかねん行為はせん』
ん? 存在を消しかねん? それって爺さん達もなんじゃ……。
『うむ。じゃからお主には神々との戦いに参加してもらわないと困るのじゃ』
おおいいいっ! 勝手に人を巻き込んでんじゃねえよ!
だからあの神も俺に神性を分け与えていることに対していちいち反応していたのか。
「取りあえず、投げるのは止めておいた方が良さそうですね」
向こうを見ると胸を貫かれど再生し、レイさんと拳を交わしているのが見える。
若干動きは鈍くなったか? まあ、俺はこっちの戦いに集中しないとだな。
「今度こそ仕留める!」
凄まじい速さでヘルブレインが走ってくる。
その手には地獄の焔を携えながら。
「はあっ!」
振るわれた剣を薙刀状へ変形させたグングニルで迎え撃つ。
一合、一合が重たい。それに加えて地獄の焔をグングニルから生み出した雷や水など様々な力で打ち消していく。
片手で振るうには対処しきれないため、なかなかリボルバーを使って突破口を作れない。
かといって相手もそれは同じらしい。
やっと底が見えてきたか。
『ほへえ、あのジョーカーとこうまでやり合えるなんて、あいつやるな』
『神とか言ってたけど、多分亜人系の魔物なんだろう。亜人系はだいたいが強力だからな』
『“光の戦士”みたいな奴な』
『言葉を解する知能は持ち合わせてるっぽいから強さはそれ以上なんだろう』
そりゃあ神だからね。神の使いみたいな奴等と比べればはっきり言えば格が違うだろう。
今も焼き殺されそうになっているのを必死で堪えているだけっていう感じだ。
最早耐久戦みたいなもんだ。辺りは俺がはじいた地獄の焔で包まれている。レイさんには悪いけど、同じフィールドで戦っている以上そうなるのは仕方ない。
「想像以上にお強いですね」
「手こずっているようだな。助けてやろう」
「へ!?」
突然声が聞こえたかと思えば、俺の隣りからスッと人影が飛び出し、次の瞬間にはヘルブレインの身体がくの字に折れ曲がっていた。
「レイさん!」
「今しがた、あの嘆かわしい姿となった同胞たちを弔ってきた」
そう言って指を指す方を見るも魔物の残骸はなく、ただふわふわと魂のように浮かぶ半透明な物質が冥界へと吸い込まれる様子が見える。
「神性を失った神はあのように大地へ溶け込んでいく。私が愛を司るかみ……人だから地獄の業火に焼かれずに済んだのだ」
今一瞬神って言いそうになって人に言い直してたけど、その前に結局神ってはっきり言っちゃってるから意味ないんだよね。
それに愛を司る人の方がかえって気になるわ!
まあそんな細かい話は置いておいて、これで決定打を入れられるようになったって訳だ。
「助かります、レイさん」
2対1。さっきまで俺が一人だけで抑えられていた相手だ。
レイさんもといフィリア神というもう一柱の神がいるお陰でもう勝ちは決まったようなものだろう。
現にヘルブレインもどことなく苦しげな表情をしているようにも見える。
「……本当はかようなことをしたくはなかったのだが、仕方あるまい」
負け惜しみのようにしか聞こえない台詞。俺は先手を打たれるまいと地面を蹴り、ヘルブレインへと槍を穿つ。
同時にレイさんも何やら得体の知れない力がこもった拳を突き出す。
まさにその時であった。
「冥府の崩落」
周辺から大地が剥がれ落ちていくのが分かった。
よくは分からないがそれは明らかに目の前の存在によって為された業であることだけは確かだ。
「な、なにをした!」
「冥界を崩壊させたのだ」
「何ですって!?」
周辺の大地が崩れ落ちていく。
「そんなことをしたら死者の魂がさまよってしまう!」
「だから我もしたくなかったと言ったのだ。はあ、リベル神に叱られてしまうがまあ良い。ここで貴様らもさまよっているがよい」
そう言うとヘルブレインは今までに見たことのないほどの焔を放ち、出口の方へと駆け出していく。
冥界を崩壊させないように今まで手を抜いてやがったんだな。
「てかレイさん。これって私達も不味いのでは?」
「ああ。あの出口が閉ざされてしまえばこのまま何もない空間に閉じ込められてしまい二度と出られなくなるだろう」
「ええ!?」
『なになに? この状況?』
『ダンジョンが崩落した!? 聞いた事ねえぞそんなの』
『大ピンチ大ピンチ!』
そういえば配信付けっぱなしだった。こんな状況、配信してる場合じゃないよな。
「いったん配信落としますね。それではまた」
そう言って俺は半ば強引に配信を閉じると、目の前に放たれた地獄の焔をグングニルで横なぎに切り払う。
「フィリアさん! あいつもうあんなところに!」
焔の先には既に出口を開け、外の世界へと脱出している最中のヘルブレインの姿があった。
あれを閉じられてしまえば俺達は一生このまま……まあ隣に美人な神様も居るし悪くないか。
「あいにくだが神である私はいくらでも抜け出せるぞ」
「ええええ! せこい!」
そういえば最初に何かそんな感じの事言われてたような気するな、おい。
「まずいまずいまずいまずい」
扉がゆっくりと閉まっていく。それを俺は手を伸ばしながら追いかけるが、あと少しの所で……。
『ほっほっほ。出口が開いたならばこっちのもんじゃ』
そんな言葉と共に俺達は眩い光に包まれるのであった。
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