86話 異変
「何かコメント欄が慌ただしいな」
向井がコメントが表示されている画面を見ながらそう呟く。
先程までは平均して200人程度であったのに、どういう訳か視聴者数が跳ね上がり1万人を記録している。
そのうえ目まぐるしい勢いでコメントが流れていくのである。
「え、ちょっと速すぎて読めない」
「コメントに遅延とかかけたら?」
「そんな機能あんのか?」
「あるぞ。ここをこうして……ほら」
そう言って俺が空中に映し出されている画面をいじり、向井へと見せる。
ダンジョン配信では動きながらコメントを見ることがあるため、そういった機能が充実しているのである。
と言ってもこういう知識は全部シロリンこと白崎から手に入れたんだけどな。
「へえ、すげえ。詳しいんだな」
「え、あーまあな。ダンジョン配信好きだし」
実際には知り合いの配信しか見たことないけど。
「えーとなになに……そこのダンジョン今入場規制中だって?」
「うん? 俺達が入った時そんなのなかったけどな。デマじゃないか?」
『いや本当なんだって。さっき私達が入ろうとした時、止められて渋々帰ったもの』
『何かそこのダンジョンで異常事態が発生してるらしい』
『探索者協会がさっき発表したんだ』
コメントを読んでいく限り、探索者協会からの発表は俺達が潜り始めた時から数時間後ってところか。
なるほど。異常事態ね。
イレギュラーの魔物が発生した時とはまた違うのか?
「もしかするとさっきから高ステータス数値の魔物がごろごろ居ることに関係しているんじゃないか?」
「そういう事か」
とはいえ俺達はもう20階層にまで潜ってきてしまっている。転移石はユグドラシルの試練で滞在している探索者チームに渡しちゃってるしすぐには帰れないよな~。
「引き返すか?」
「そうだな。ここで無理に攻略するような奴はユグドラシルの攻略者にはなれないだろうし」
ここはコメント欄の指示に従うかと二人で合意し、来た道を戻ろうとする。
しかしここで違和感を覚える。
「あれ? 道無くなってないか?」
後ろを振り返ると確かに先程まで歩いてきた道が壁でふさがっているのである。
おかしい。一部を除いて基本的にはダンジョンは地形が変わらないって白崎に聞いたのに。
それに地形が変わるダンジョンであってもそんな数分で変わるようなものはないはず。
「ちょっと離れておいてくれ」
そう言って向井が剣を構え、力をためる。
そうして撃ち放たれた炎の斬撃はダンジョンの壁を大きく抉る。
だが、抉った先にも壁が続いているだけだ。
空洞の痕跡すら見当たらない。
『道間違えてるとか?』
『いやいや流石にそれはなくない? だってさっきまでそっちの方に居たじゃん』
『配信巻き戻してもそこに道あったぞ』
『じゃあこのちょっとの時間で地形が変わったって事?』
『もしかしてこれって……』
ふむ。困ったことになったな。
前までなら転移石で気軽に帰れていたダンジョンも、来た道が分からず迷子になったら普通に餓死しそう。
一応食料も水分もありったけ『アイテムボックス』の中に入れてきたけど。
「オーディン。こっちに道あるぞ」
「それって帰宅用? それとも攻略用?」
「わかんね。でも他に行けるとこないし行こうぜ」
進行方向的に考えて明らかにダンジョンの奥へと続きそうな道ではある。
「異常事態……ね」
その文言と今の状況を考えて若干の不安を覚えながら向井の後ろへとついていくのであった。
♢
「配信をしている男子高校生の居場所は?」
『つい先ほど20階層を突破した模様です』
「突破ですか? 戻ってきているわけではないのですか?」
『それが帰り道が塞がってしまったみたいでして』
帰り道が塞がったという文言で天院の頭に浮かんだのは疑問符であった。
ダンジョンの壁や天井は非常に頑丈だ。
それこそ重機を用いて抉ろうにも弾き返されるほどに。
したがって天井が崩落などして道が塞がれるのはまず考えられない事なのである。
だが、まだダンジョンについての解析が未だ進んでおらず分かっていないことも多いため、彼女は無理矢理にその事実を飲み込む。
しかし、次のオペレーターの言葉で更に彼女は驚くことになる。
『どうやらダンジョン自体の構造がその一瞬で変化したみたいです』
「ダンジョンの構造が変化した?」
そんなことはかつてない現象である。彼女の脳裏に嫌な予感がよぎる。
そしてその嫌な予感と共に脳を揺らす衝撃が走る。
『欲にまみれた我が子らよ。まずは試練へ挑み始めた事へ賛辞の言葉を贈ろう、と言いたい所だがどうやら試練を邪魔する不届き者が現れたようだ』
「……神の声」
直接響き渡る無機質な声。それは人類へ新たな脅威を与えるべく降り注ぐまさに天災のようなものである。
だがいつもとは違い、少し感情的になっているのが伝わってくる。
『ゆくゆくは始末するつもりであるが、万が一妨害されぬよう試練を早めるべきであると考えた。故に更なる選別の時が来た。以降は試練内外問わず、武装する必要があるだろう』
そして最後はどこか笑みを浮かべるかのような声を載せて終わる。
『ふ、副会長!』
「はい、分かっております」
慌てるオペレーターに対し努めて冷静にそう返すもどこか心臓を強く押さえつけられたかのような緊張感が走る。
試練内外問わず、この言葉が彼女の心に引っかかっているのである。
「これは、ほんの始まりなのかもしれませんね」
そう呟くと彼女は更に速度を上げるのであった。
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