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84話 友達の初配信

 ユグドラシルの攻略者達が帰還して少しした後の探索者協会に数多くの報告書が寄せられていた。 

 見習い探索者達がユグドラシルの攻略者に触発されてダンジョンに潜り始めたというのも要因の一つではあるが、それにしても異常なほどに多いそれらに職員たちが目を通していた。


「やっぱりおかしいよなこの報告数」

「ああ。どう考えてもダンジョンの難易度と魔物の強さが釣り合っていない。初級ダンジョンに推定ステータス数値100万程度の魔物が現れるとか聞いたことがない」

「イレギュラーって言葉だけで済む話じゃないな。これは明らかにダンジョン内部で何かしらの変革が起きているに違いない」

「特にここのダンジョンの報告数がダントツで多いな」


 そういって片方の職員が差し出してきたのはとあるダンジョンについての報告書だ。そこに書かれていたのはかなりベテランの上級探索者達によって編成された部隊が一瞬にして壊滅したというものだ。

 見習い探索者が身の程を知らずに自分たちには手に負えないようなレベルのダンジョンに挑んだのならまだしも、何年もダンジョンに潜り、ある程度の分別があるベテランの探索者による部隊が一度攻略したことすらあるダンジョンの上層で壊滅したというのだ。

 明らかに異常事態だと言えるだろう。


「どうされました?」

「あ、天院さん。いや~今日もお綺麗ですね~」

「お世辞は大丈夫です。それより何かおかしなことでもありましたか?」

「いえ、報告数がとんでもなく多いなって話をしてまして。それもちょっとおかしな奴が。ほら、これとか」

「ふむふむ……確かに異常ですね」


 先程のベテラン探索者部隊壊滅の報告書を眺めて天院は眉を顰める。探索者協会の副会長というポジションであるため、探索者との付き合いも多かった彼女にとってそのような報告書を見るのは心にくるものがある。

 知り合いの探索者の訃報。それは探索者協会に属している者だからこそより多く味わう。ついこの間までアドバイスをしていた若手探索者がダンジョンで命を落とすなんてこともざらにあるわけなのだから。

 心を痛めながらも彼女の目に留まったのはそのダンジョンの名前である。


「『深淵なる大地』ですか。確かに高難度ダンジョンではありますが、このメンバーが集まって攻略できないなんてことが」

「その他にもそこのダンジョンでの報告書がもうわんさか来ておりまして。もしかするとダンジョン自体の性質がまるっきり変わってしまっているのかもしれないなと話していたんですよ」


 そうして天院のもとに渡される報告書にはどれも『深淵なる大地』の名が刻まれていた。

 

「これは嫌な予感がしますね。一刻も早く管理局へ連絡してここのダンジョンへの入場を規制してください」

「承知しました」

「それと私は少し席を外します」

「どこへ行かれるので?」

「――『深淵なる大地』へ調査に向かいます」


 それだけ言うと天院はダンジョンへもぐる準備をしに向かうのであった。





「案外、人少ないんだな~。俺の潜ってたダンジョンくらい過疎ってんじゃないか?」

「まあ言ってもまだ朝だしな。基本、探索者ってのは昼から潜るもんだし」

「そんなもんなのか」


 俺がダンジョンに潜り続けていた頃は学校帰りっていうのもあって基本探索者達が帰ってくる夕方からだったしてっきり朝から潜ってるもんだと思ってたけど違うんだな。

 ま、俺はそもそも過疎ってるダンジョンにしか行ってなかったのもあるけど。


「基本は昼に潜ってその日中に帰ってきて換金したり物資を整えなおしたりする探索者が多いんだ。ダンジョン配信の影響で始めたライト層はそんな感じだな。本当に探索者を生業にしている人の中にはそれこそ何日もダンジョン内で過ごす人だっている」

「あ、そういやダンジョン配信するんだよな? カメラは?」

「これだよ。俺の所持金の大半をはたいてやっと買えたんだ、このドローンカメラ」


 そうして向井が取り出してきたのはかなり本格的なドローンカメラだ。基本的にダンジョン内では戦闘することが想定されるため、コンパクトで機動力が高くかつ剛性が高いドローンカメラってのがもはや大前提となってきている。

 そのため、本格的に配信を始めるとなるとドローンカメラ一つ買うにもかなりの値段がかかる。ま、ライト層は探索者協会が出してる廉価版みたいな奴を3万くらいで買って配信を始めるのが定番だけど。


「流石は上級探索者さまだな」

「おい、お前がそれを言うと嫌味になんだよ」


 おっと、そういやジョーカーに扮しすぎてて忘れてたけど俺って何故か特級探索者なんだった。


「失敬失敬」

「たくっ……ま、そんなことより配信始めるぜ?」

「タイトルは?」

「ん? ん~、『高校生上級探索者、初配信!』とか?」

「テレビに出たこと書いといたら?」

「いや、良い。テレビの名声を借りるんじゃなくて俺はあくまで実力で駆け上がりたいんだ。俺が目指すのはアイドルじゃなく『ユグドラシルの攻略者』だからな」

「へえ。真面目だな」

「真面目じゃないさ、普通だよ。じゃ早速始めるぜ」


 そういって向井がポチッとカメラの電源を入れると、ドローンカメラが宙に浮かび真っ新なコメント欄が表示される。視聴者数は1人、つまり俺だけだな。


「うわ……さっきまで衝動的に全部やってきたから気にならなかったけどいざ始めると緊張するな」

「ま、最初だけだろ。ダンジョン探索なんてしてたらそんなこと考える暇もないぜ?」

「経験者みたいに言いやがって。お前だってシロリンの配信に何回か出ただけだろうが」

「ふん、お前よりは経験値上だもんね」

「何を……」


 そんな感じで言い争いという名のじゃれ合いが始まりそうになった時、真っ新だったコメント欄に一つのコメントが書かれる。


『初見です。高校生なのに上級探索者なの凄いですね!』


「うわ~、これがダンジョン配信って奴か。初めまして~。ありがとうございます!」

「慣れてなさすぎだろ」

「だからお前が言うなって」


 この段階では同時視聴者数はまだ3人か。まあでも初心者がまだ始めて5分程度でこのくらい集めてたら良い方なんじゃないか?

 それに後はダンジョン攻略で魅せればいいだけだし。


「それじゃ高難度ダンジョン『深淵なる大地』の攻略を始めます!」


 こうして俺達は二人で初めてのダンジョン攻略へと乗り出すのであった。

ご覧いただきありがとうございます!


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