79話 封じられた力
「これで終わりか」
最後に黒い輪っかの中から出てきた翼の生えた蛇を倒して俺は一息をつく。
ヘルブレインとやらの分身体を倒してからかなり時間が経過した。いつもであればもっと拠点へと帰還していた時間はとうに過ぎただろう。
今日は野宿だな。
「白崎、向こうはどうだった?」
配信がすでに停止していることを知っていた俺はいつもの調子で白崎にそう声をかける。
白崎は龍牙さんと常に無線機で報告をしてもらっていた。俺の無線機は多分あの全身が燃やされたときに溶けちまったしな。
「向こうもちょうど終わったみたいです」
「そうか。なら良かった」
ヘルブレインを倒した後、常に俺の脳裏にあったのは向こうの部隊の安否だった。
でも途中であのイグナイトが助けに来てくれたらしい。ダンジョン配信やめてたって聞いてたし、てっきり探索はしていないと思っていたけど裏でもしてるんだな。
そしてその事実によってこのダンジョン、『ユグドラシルの試練』が少なくともアメリカと日本で繋がっていることが証明された。もともと全世界で繋がっているんじゃないかとか言われてたけど全世界で攻略してんの俺達とイグナイト達だけらしいし、広すぎるしで全然出会わなかったからてっきり違うのかもしれないなとか思ってた。
「……押出君、向こうから連絡がきたよ。あの魔物達が出てきていたワープホール。あれが次の階層の入り口なんだって」
「へえ……って龍牙さん達入ったのか!? 勇気あるな~」
「最初はイグナイトが入って確認してきたらしいわね。その後に西園寺さんが凄い勢いで走っていって教えてくれたんだって」
あー、なら納得だ。というかこの船の上に次の階層への入り口が隠されていたのだとしたらイグナイト達がこの階層でくすぶっていたのも納得だ。
ていうかそれだけ長時間探索してたこの船が突然俺達の方と龍牙さん達の方に同時に現れるの、運良いのか悪いのか分からんな。
「取りあえず皆無事そうで何より」
「私達も次の階層覗いてみる?」
「ヤダよ。俺もうこっから動けないし」
ドカッと船の上に座ると俺はそう言って先を行こうとする白崎に待ったをかける。正直、ヘルブレインとの戦いもそうだけどあのよく分からんオルウィスクとかいう爺さんに謎の力を解放させられたせいかいつもより力を使うのが疲れるんだよな。
そんで今はもう限界だ。今すぐにでもここで寝たい気分。
「そうね。転移石は向こうが記録していたからまた来たいときは11階層に転移できるはずだし私達も行く必要はないわね」
「そうともそうとも。俺はもう駄目だ。腹も減って体力もなくておまけに眠いときたらそれはもうジ・エンドって奴だぜ! ハーハッハッハー!!!!」
「寝ころびながら大声で叫ばないで。頭に響くから……まあこの船の上、もう襲ってくる魔物も居ないしここで一泊する?」
「おう! そうと決まれば飯だ!」
確かアイテムボックスの中に色々と缶詰を入れておいたはず……あったあった!
「……ってツナ缶しかねえ!」
どうなってんだ過去の俺は! 探索で手に入れた物資を売って得た金で買った非常食が全部ツナ缶しかねえじゃねえか! いや確かにツナ缶にはまり続けていた時あったけど、まさかそんな時に非常食を用意するだなんて!
いやでも贅沢言ってたら駄目だよな。これで我慢するか。。。
「私、一応サンドイッチ持ってきてるから半分あげようか? ツナ缶一つ貰うけど」
「え、良いのか!」
「うん。ていうか私もツナ缶ほしいから」
「マジか! あざす!」
まさに女神とはこういう人の事を言うのだろう。ヘルブレインとかいう変な奴が神とか名乗ってたけど、本物はこんだけ優しいんだぜ! おい、気安く神とか名乗ってんじゃねえ!
「美味い美味い。いや~ツナ缶しかないときはどうしてやろうかと思ってたぜ。鯖缶だったらまだマシだったんだけどな」
「普通にサンドイッチとか作ったら? せっかく探索者協会の人達が食料を補給してくれてるんだし」
「いっつも忘れるんだよな。ダンジョンで野宿とかあんまなかったし」
一人でダンジョン潜ってるときなんか基本日帰りだったしな。飯なんて考える必要もなく家で食べてたし今日も別に帰るつもりだったし。
「そういえばあの時、どうやって助かったの?」
「ん? あの時って?」
「あの神って名乗ってた奴があなたの体を剣で貫いた時。正直あの瞬間は押出君が死んだんじゃないかって思ったんだけど」
「あー、あん時か。話せば長くなるけどそれで良ければ」
「良いわよ。別に何も急ぐことないし」
「じゃあ話すぞ」
♢
時は俺がオルウィスクと出会った頃にまで遡る。俺は、オルウィスクに封じられている力を解放すると言われ戸惑っていた。
「封じられた力? 俺って気付いていない間に呪いでもかけられてたのか?」
「呪いみたいなものじゃ。迅よ。現代社会にダンジョンが現れた時、同時にお主ら人間へと力が付与されたことは知っておるな?」
「うん。現に俺もそうだし」
「その力というのは悪しき神どもがお主らに与えた物。ダンジョンという名の試練を設定し、力を得た人間がその試練を突破する様を娯楽として楽しむ悪神のな」
「娯楽? 神の裁きとか言ってた癖に?」
「うむ。どうやら試練を攻略できた者の異能とやらをどの神が与えたかという事を競っておるようじゃの。まあ凡そその出来によって神の位を決めでもしているのであろう」
冗談じゃない。そんな神の遊戯ごときで国が消し飛んだりしてるとか聞いたら世界中で怒り爆発すんだろ。
「そういう訳で悪神どもは人間の力が神の力を絶対に超えぬように調整しておるのだ。お主らが言うところのステータス数値で言えば、どんな人間も1億は超えぬようになっとる」
「え? でも俺は1億超えてるけど」
「それはそうじゃ。お主の異能はワシが付与したっぽいからのう」
「付与した……っぽい?」
ぽいって何だよぽいって。まるで自分の親に存在を忘れ去られたみたいな寂しさがあるんだけど。てかこんな初対面の爺さんにそんな感情抱きたくないんですけど!
「そう怒るな。ワシかて死にかけながらテキトーにゴホンッ、百人の能力をワシ由来の能力に変換したのじゃ」
今テキトーにとか言ったかこの爺さん。全知全能とか言ってる割に見通し甘そうなことさっきから言ってて余計に信ぴょう性無くなるんだけど。
「百人? てことは俺以外にもステータス数値1億を超える奴が居るってことなのか?」
思いつくのはイグナイト・ライオンハート。アイツは確かまだ1億は超えてなかったものの最もそれに近い存在と言っても過言ではないだろう。
腕を振るうだけで世界が揺らぎ、時間が歪む。まさに最強の異能だ。
「残念ながら居らんな。ワシが付与した能力はステータス数値の上限がない代わりに最初がめちゃくちゃ弱いからのう。心当たりがあるじゃろう? それ故にお主以外は皆、ダンジョンで亡くなってしもうた」
そういえば最初の頃は何のステータスも上がらなかったし、何ならどれだけクエストを達成してもゴミしか手に入らなかった。
報酬を最大にまで引き上げてからようやくまともな物が手に入り始めて何とか自分一人だけで魔物を倒せるようになったのは大分後の事だった気がする。
「ワシは神の戦争に敗れ身を隠している身。流石にこの『ユグドラシル』に居らぬ者を今回のように干渉することは不可能であってな。半ば諦めておったのじゃがそんな中、お主が現れたからのう。こうして接触することができたという訳じゃ」
「ふーん。それで封じられてる力ってのはどうすりゃ解放できるんだ?」
「せっかちじゃのう。ここからワシの今までの壮絶な日々を語ってやろうと思っておったのに」
「いや仲間が心配だから早くしてくれ」
ここでは普通よりも流れる時が遅いとはいえ、早い方が良いに越したことはない。正直、そんな無駄話を聞いている暇もない。
「おっふ、辛辣じゃな。まあ良い。単純な話じゃ。この泉の水を飲めばよい」
「泉の水?」
そう言われてオルウィスクが指さした方を見やると確かに大きな泉がある。でもこれを飲んだからってどうなるっていうんだ? 腹壊さなきゃいいけど。
「お主の能力に関しては悪神による枷をワシの付与によってかき消したが、お主の器の方は未だ制限がかかったまま。その泉は『知恵の泉』といってな。その泉の水を飲みさえすれば精霊程度の神性を帯びることができるようになるため、その制限を取っ払うことができるじゃろう」
「ふーん……なんかよく分からんけど飲めばいいんだな」
そう言ってオルウィスクの指示通りに泉の水を手で掬い、そのまま口へと持っていく。
泉の水を口の中へ入れた、にもかかわらず普通の水を飲んでいる感覚はない。まるで暖かい空気を吸っているかのように全身にいきわたっていくのを感じる。
不思議な感覚だ。別に大して力がみなぎってくる感覚もない。本当にこれで合ってるのか?
「まあそんなにすぐは適応せんだろう。何せただの人の身である故、神性が馴染むには相当時間がかかる……」
「ありがとう! そんじゃ俺行ってくるぞ」
「ん? おいちょっと待て。お主戻り方なんぞ分からんだろ! そっちへ行ったら不味いぞ! ええい、仕方がない!」
そんなオルウィスクの言葉を最後に世界の景色ががらりと変わった。そして目の前には俺の腹に剣を突き立てていたヘルブレインの姿があるのであった。
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