78話 イグナイトの力
目の前には翼をはやした大きな蛇型の魔物。対峙するのは人類最強の男、イグナイト・ライオンハート。
最強の男はチラリと西園寺たちの方を見やると、一人舌打ちを打つ。
「チッ、先越されたか」
それだけ呟くと、蛇の魔物の方へと飛び出していく。対する蛇の魔物は再度ブレスを吐くべく、首元を膨らまし、その前兆を見せている。
勢いよくブレスが吐き出された次の瞬間、イグナイトが軽く腕を振るうだけですべてのものが、いや、すべての事象が歪んだかのように見えた。
そうしていつの間にか蛇の魔物によるブレスが地面へと叩きつけられた後、それを行った男が拳を構える。
「失せろ」
須臾にも満たぬ短い時の中で打ち出された拳は蛇の魔物だけではなく世界をも打ち抜く。
船の上だというのに自身のような時空の歪みがその男を中心に発生しているのである。
これが人類最強の男の異能『大地の体』である。ある者は「世界は彼を中心に動いている」と言い、またある者は「彼が拳を打った時、山が一つ無くなった」と言う。
それを目の当たりにした西園寺は悔しそうに奥歯を噛みしめる。
「フンッ、しぶとい」
ただし相手も相手である。それだけ世界に干渉を及ぼしたイグナイトの一撃を受けてもなお、満身創痍とはいえ体を起こし、次なる一撃を放とうとしているのである。
「イグナイト、お前が仕留め損ねるとは意外だな」
「ウフフ、やっと十階層の攻略の鍵見つけちゃったかも?」
イグナイトとは別にもう二人の男女が船上に姿を現す。イグナイトと共にこのダンジョンを攻略しているクロウ・エルスリッジとベアトリス・ボーンだ。
彼らもまたナンバーズとしてランキングに名を連ねている世界でも有数の探索者である。
「お前らは黙ってそこの奴らと周りの雑魚どもを狩ってこい」
「ヘイヘイ」
「ハーイ……てな訳だから君達、協力してくれない?」
ベアトリスが元気よく西園寺達へと話しかける。しかし、西園寺にはその言葉の意味が分からない。というか言語が違うため分からなくて当然だ。
「なんて言ってんだ? 一緒にあの蛇やろうってか?」
「俺もまるっきり分からねえ」
「『手伝ってくれ』的なことを言っていたのは分かるのですが、僕も少ししか分かりませんので確証はないですね」
三人ともが顔を突き合わし、相談している様を少しの間不思議そうに眺めているベアトリスの肩にクロウが手を置く。
「ベアトリス、恐らく言葉が通じていない。これを使え」
「おおっと、ありがとクロウ……うーん、コホンコホン。私の言葉分かりますか?」
クロウがベアトリスへと差し出したのは任意の言語へと瞬時に翻訳して発生してくれるメガホンのような見た目をしたものであった。
「イエスイエス」
「よかった~。じゃあこれからやることを伝えるわよ。イグナイトが親玉を倒すわ。それ以外の雑魚を私達で片づける。おーけー?」
「オッケーです。西園寺さん、いけますか?」
「ああ。こんなもん大した事ねえ」
ベアトリスの言葉に唯一何となく英語がわかる程度の龍牙が頷き、その場から各々が思うがままに魔物を狩りに向かう。龍牙たち日本勢は三人が共に、ベアトリスとクロウは一人一人に分かれて魔物を討伐しに向かう。
イグナイトは今もなお轟音を響かせながら蛇の魔物と戦っている。
拳を放つたびに空間が歪み、その反発力も相まって拳圧による凄まじい衝撃波が蛇の魔物の胴体に炸裂する。
それを受けながらも蛇の魔物は代わりにブレスを放つもそれすらイグナイトは拳圧のみで吹き飛ばす。
これぞまさに最強。これだけ大きな船でかつ特殊な魔力のようなものを帯びていなければ一瞬にして地上へと落下するだろう。
いやもしかすればそれを踏まえたうえで加減しているのかもしれないとすら思えるほどにイグナイトは余裕そうにしている。
「こいつがボスか? 奴の配信に現れていたボスはこの程度だったのか? 分からん」
イグナイトは味わってみたかったのである。いつも自分の攻略の際には現れず、決まってジョーカーの配信の時にだけ現れるボスの存在を。
しかし蓋を開けてみれば自身が本気を出せば吹き飛ばせる程度の強さしかない蛇の魔物しかいない。
「もういい終わらせる」
ゆっくりと腰を捻り、拳を引く。その姿はまるで日本でいう空手のような構えの姿勢だ。そうしてその引いた拳がまばゆく光り輝き始める。
これが彼の攻撃の溜めの姿勢だというのだろう。力が溜まるほどに輝きが増していくのが見てわかる。
「おい、てめえら! 船から降りろ! ここ一帯を吹き飛ばす!」
そして未だ船の上で戦っている味方に対してそう声をかける。
「ベアトリス。あの人達に伝えてくれ。急ぎだ!」
「オッケー! 皆! いったん下に退避して! ここは危ないわ!」
クロウとベアトリスはそれだけ言うとすぐさま船の上から地上へと降下する。米国の探索者が迅速に動く一方で西園寺達と言えば何を言われているかすぐにはピンと来ないまま、船の上から退避する。
「何が起こるというんですかね?」
「さあな」
龍牙と斬月がそう言葉を交わす中で西園寺は更に悔しさで顔をしかめる。
そして次の瞬間であった。
途轍もない衝撃音とともに上空にあった巨大な船は凄まじい光の波動に包まれるのであった。
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