76話 絶望的状況
「――嘘」
目覚めると同時に白崎のそんな声が耳に入る。そうか今、俺は黒焔に包まれてんだもんな。
ていうか普通に考えて腹を刺されて地獄の炎とやらで燃やされてる奴が生きてるはずがない。何で生きてんだホントに。
『我が黒焔に燃やされた者は跡形もなく消滅する。例外はない』
既に俺を倒したものだと踏んでいるのだろう。ヘルブレインは俺に無防備な背中を向けたまま、その剣を今度は白崎へと向けていた。
『死ね』
「させるか!」
黒い焔に包まれながら俺はヘルブレインの前へと飛び出し、槍を振るう。
槍と剣が交差した瞬間に確信する。勝てる、と。
『貴様、なぜ生きておる?』
「さあ、それは私にも分かりませんよ」
ただし推測はできる。俺が持つこの主神の槍。数々の力を秘めているこの槍の中から深く清らかな力を感じ取った。
多分だけど、この槍が持つ回復の力をあのオルウィスクとかいう爺さんが俺に使ってくれたんだろう。
『この短時間で一体何があった? 先程までの強さとまるで違う』
「一度死んだからさらに強くなったのですかね? ほら、筋肉みたいな感じで」
『……人間ごときが神を愚弄するか』
あれ? 別に愚弄したわけじゃないんだけど。
「それでは少しペースを上げますね。向こうにいる仲間たちが心配ですので」
一度剣と槍を交えた瞬間に分かった。あの爺さんによって解放された俺の力と相手の力の差を。
神だろうが何だろうが恐れる必要はない。
主神の槍、改め『神槍グングニル』に秘められた更なる力を一気に引き出し、振るう。
「滅べ」
瞬間、光が世界を包み込む。
対して漆黒の焔が放たれるもそれら一切を瞬時に光が包み込み、浄化するかの如くその存在をかき消す。
やがてグングニルから放たれた光は鋭い無数の刃となってヘルブレインへと襲い掛かり、容赦なく全身を串刺しにしていく。
『何だこれは……人間の攻撃は神に効かぬ筈。なのに何故痛みがあるのだ?』
人間の攻撃は神には効かない。あの爺さんもそんなこと言ってたな。
それは俺も例外じゃない。ならなぜ俺が攻撃を与えられているのか。それは俺が持つこの槍が関係しているのだそう。
この槍は爺さん曰く、どこかの偉い神様の武器だからこそ、神を滅することができるのだと。
『クッ、この分身体はもうもたんな。人間如きにやられるとは忌々しい』
光の刃に蝕まれているからか一向に動く気配のないヘルブレインはやがてそう呟くと、ギロリとこちらを睨みつけてくる。
『貴様の力はもう理解した。次はないと思うんだな』
それだけ言い残すと、ヘルブレインの姿はその場からサーッと静かな音を立てながら跡形もなく消え去っていく。
まあ口ぶりからしてただの分身だろうし倒せたってわけじゃなさそうだけど、ひと先ずは安心か。
いやまだ安心するのは早いか。
現状、ヘルブレインの分身体を倒しただけでまだ巨大船から降りてきた巨人や魔物達は残っている。
さっきので力の大半は使い切っちまったけど、これくらいなら白崎と一緒だし倒せるだろう。
「さてと、シロリンさんを手伝いますか」
♢
「ちっ、倒しても倒してもキリがねえ!」
「まったくだぜ」
押出がヘルブレインを見事倒した一方で、西園寺たちの目の前には押出たちの方と全く同じ光景が広がっていた。
数々の巨人たち、そして通常の魔物と比べてもはるかに強大な魔物たちを相手取っていた。
攻略し始めと比べて飛躍的に成長しているからこそここまで戦い続けられているが、もしもこのダンジョンの5階層を攻略している頃の三人であれば一瞬にして全滅するくらいの規模だ。
倒せど倒せどキリはない。強くなったといえどこれらすべてを凌ぐのは流石に不可能。しかし、拠点の方へと逃げるとすればこれを連れていくことになってしまうため、迎え撃つしかない。
完全に詰んでいる状況だ。しかし、三人の顔には未だあきらめの表情が浮かぶことはなかった。
凶悪な魔物たちの数々、加勢の見込み無し。これだけ絶望的な状況だというのにまだ勝てる可能性を捨て去っていないのだ。
それは各々が持つ強さゆえの自信。それも過信などではない。今までの攻略で裏付けされたものだ。
とは言ってもこれだけの数を一度に相手するのは人間の身ではほぼ不可能というものである。
徐々に三人の体には生傷がつけられ、体力を消耗させていく。
『ど、どうなってんだこれ!?』
『配信がついてんのは奇跡だな。ジョーカーの方はジョーカーが燃やされてから消えちまったし』
『ヤバくねそれ?』
『ああ、多分ジョーカーは助からんだろうな。俺も探索者だからわかるが、ありゃ内臓もいっちまってる』
『じゃあジョーカーからの助けもないままここを切り抜けろって? 無茶だろ』
配信のコメント欄でも三人を含む先行部隊の安否を心配する声が多い。転移石の効果を封じられたとはいえ、無線などは繋がっているのだろう。
更にはジョーカーの方の配信が閉じているためか、同時接続数は50万人を突破している。
「ジョーカーに連絡は繋がるか?」
「繋がりません」
「じゃあ白崎は?」
「試してみます」
西園寺が龍牙に指示を出し、龍牙がそれに従い、イヤホン型の無線機を操作する。
そしてほどなくしてピッという電子音とともに白崎と無線がつながる。
「シロリン、そっちはどんな感じ? ジョーカーが死んだとかコメント欄で見たけど」
『こっちは大丈夫です。ジョーカーも死んでないです。ただ、そっちに向かうにはかなり時間がかかるかもしれません』
「了解。一応、無線はつないだままでいいかい?」
『構いません』
それだけ言うと龍牙は西園寺に増援の見込みはないことを告げ、西園寺は顔をしかめる。
「倒しても船から魔物たちが降りてくるんじゃあ、キリがねえな。お前ら、提案がある」
「どうした? 道玄」
「俺があの船を斬ってくる。お前たちにその間、露払いを頼みたい」
「無茶言うな。あんなでけえのどうやって斬るんだよ」
「無茶? ここで凌ぎ続けるのも同じくらい無茶だ。だったら、新しいことをやってみねえとだろ? ほら、ついてこい」
「おい、ちょ待てって」
「当真さん。僕も西園寺さんの提案に賛成です。もしかすると船に何かカラクリがあるのかもしれません。挑戦してみるのも悪くないと思います」
「お前さんまで……しゃあねえな」
そうして三人は背後に魔物が来ないように保っていた陣形を崩し、魔物の群れの中に突入していくのであった。
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