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74話 矮小な存在

 俺が主神の槍の刃を振るうと赤目の存在はその場から姿を消す。だが俺の目的はそっちじゃない。付近にいた白崎から赤目の存在を離れさせ、白崎の拘束を解除させる。どうやらこの槍を使えば相手の拘束を解けるみたいだ。

 さっき俺が効かなかったから一か八かやってみたけど、他者にもこの力を使えるみたいだ。

 だったら俺一人じゃなく、二人で連携して倒した方が早い。


「シロリンさん。動けますか」

「ええ。何とか」


 拘束が解除され、すぐさまこちらへと飛び退いた白崎を見て少し驚く。小刻みに震え、恐怖に満ちた瞳であの赤目の存在を見ていたからだ。

 俺よりもずっと経験豊富な探索者である白崎ですらこうなることあるんだ……仕方ないか。相手は神だもんな。


「では参りましょう!」


 背中合わせで白崎にトンッと合図を送るとすぐさま俺達は駆け出し、あの赤目の存在に向かって刃を向ける。


「「はあああああっ!!!!」」

『……煩わしい』


 そうして何を思ったか、赤目の存在は白崎の方を無視するかのように完全に俺の方へと向いて掌をかざす。

 

『死ね。駄神の犬が!』


 赤目の存在が放ったのは俺ですら視線で追いかけることが出来ないほど速い、強力なエネルギーの弾の数々。

 それらをすべて槍で防ぎながら、戦況を見据える。

 こいつが俺に気を取られている間に白崎が奴の背後から攻撃を加えればかなりのダメージになるはず。

 白崎の氷の刃が少しずつ赤目の存在へと迫っていくのが見える。そしてその無防備な背中に突き刺さろうとした次の瞬間、俺は目を見張った。


 確かに白崎の刃は赤目の存在の背中へと届いていた筈であった。なのに赤目の存在へと触れた瞬間、氷の能力は霧散し、斬撃もかの者を傷つけることなく、代わりに金属音のような無機質な音を奏でるだけに終わったのである。


「どう……して?」

『我の名は()()()()ヘルブレイン。貴様らの力は我ら神が創造し与えた者。主人である我らがその攻撃を受ける筈が無いであろう?』


 そうして今度は力が解除され無防備な姿となった白崎の方を向く。まっずい。


「下がってください! シロリンさん!」


 我に返った白崎がその場から動くも、冥界の神ヘルブレインとやらは既に攻撃の準備を終えていた。

 ――――なんだあのデカい黒焔は。


『冥土の土産だ。受け取るがよい』


 やべえ、あんなの受けたら死んじまう。白崎の異能は氷だし防ぐこともできねえ。


「白崎!」


 間に合わない。ここからどれだけ走ってたどり着いたとしても槍を振るう時間もないし、白崎を庇って回避する余裕も持ってない。

 どうする? どうすればいいんだ? てかもうこうするしかないよな!

 

「いっけえええええ!」


 右腕に筋が浮くほどに力を込めて槍を振りかぶるとそのままヘルブレインに向けて思い切り投げる。

 音を置き去りにして凄まじい速度で突き進む主神の槍は果たしてヘルブレインの白崎への注意を逸らすことに成功する。

 槍を回避するためにその場から飛び退くヘルブレイン。

 そして俺はその瞬間に白崎のもとへと間に合う。


「シロリンさん。どうやら普通の攻撃ではあいつを傷付けられないみたいですね」


 まるで光の戦士の時とは違う。あいつらは異能が効かないだけ。だがさっきのは異能が効かないだけじゃない。

 本当にただ攻撃が通らなかったのだ。


「少し荷が重いかもしれませんがシロリンさんは周りの敵を倒してください。私はヘルブレインとやらを相手します」

「わかった」


 正直、船から降りてきた周囲の魔物や巨人達も白崎の今の実力じゃ過分といえるほどに強い。

 だがここを切り抜けるにはこういう配分にするしかない。てか普通にあいつに俺が勝てるかもまだわからないし、最悪白崎だけでも逃げてくれればそれでいい。

 そう、あの時と、番人を前にして俺だけ逃がしてくれた時と同じように。


「避けたという事はやはりこの槍ならあなたに攻撃が通るみたいですね?」


 空中をくるりと回転してからこちらの手元へと戻ってくる槍を手に取りながらヘルブレインの方を向く。


『忌々しい。借り物の力を我が物として振るう愚かな人間よ。神の、あの方の裁きを受けよ』


 そう言うとヘルブレインの前に黒い剣が姿を現していく。黒く禍々しいオーラを放つその剣がどのような効果を持つのかは分からない。

 だけど分析してる暇もない。最悪、当たって砕けろだ。

 

 大地を蹴り、一気にヘルブレインへと接近する。馬鹿正直に真正面から。

 そして相手がこちらに向かって剣を振り下ろす動作をしたと同時に足に力を込め、跳躍しヘルブレインを飛び越え背後を取る。この間、僅かコンマ数秒にも満たない。

 

 やっべー……なんだあの剣。一振りしただけで黒い焔を纏った斬撃が大地を割ってんだけど。

 だけどこれで背後から槍を突き刺せばこっちの勝ち……は無理だよなぁ。


 一瞬の内にヘルブレインがこちらへと振り返り、その手に持つ剣で槍を受ける。

 剣と槍が衝突した衝撃で空気が割れる。続けざまに槍を薙刀型に変形させ、雷を纏わせた連撃を食らわせる。

 その一つ一つを苦悶の表情を浮かべることなく余裕そうに受けるヘルブレインを見て、彼我の実力の差を思い知らされる。


 借り物の力。確かに俺の力は異能から与えられただけのもの。それを誇示していたつもりはないが、どこか慢心していたのかもしれないと思い知らされる。


『弱い。いくら()()()神性を託そうとも依り代がこうも弱いとは哀れだな!』

「誰の話をしているのでしょうか?」

『こちらの話だ』


 ていうかどう考えても薙刀と剣じゃあ小回りで負ける。俺から仕掛けたはずの剣戟は徐々に劣勢に追い込まれ始めたため、いったんその場から離脱する。


「はあはあはあ、リボルバーさえ壊れてなきゃな」


 俺の武器への熟練度は低い。それをカバーするためにリボルバーと主神の槍を使い分けて対応していた。

 だが今はそのリボルバーも壊れて使えない。ていうかそもそもこの槍を握ってなかったらまたあの硬直状態に陥っておしまいだし。

 

『ふむ。最初は人間の枠を超えた力を持っていたため様子見をしていたがどうやら全く使いこなせておらぬようだな。所詮は人の身よのう』


 力を全く使いこなせていない? 何の話だ?


『奴が牙を剥こうとも人間が神に敵うことなどはないと分かった。もう貴様に用はない』


 その瞬間、俺の目の前からヘルブレインの姿が消える。

 そしてドスッという生々しい音とともに腹から温かいものが伝っていくのを感じる。


『冥界の焔に焼かれよ。矮小な存在よ』


 視界が黒焔に包まれる。それと同時に凄まじい痛みが全身に迸っていく。

 熱い、寒い、熱い、寒い、熱い!

 何もわからなかった。何もできなかった。もしかしたらファーストなのかもしれない、そう思いあがっていたツケがここに来て回ったのだろう。

 

「し、ら、さ……」


 戸惑いの表情を浮かべながらこちらを見つめる白崎の姿を最後に俺の意識は完全に途絶えるのであった。

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― 新着の感想 ―
相手を見下してる時点でたかが知れてるよね 慢心は命取りってやつね
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