69話 世間の評判
「……ただいま」
「おかえりなさいませ、西園寺殿……って妙に元気が無いような」
「ただいま戻りました! 天院さん!」
「え、こっちは逆に元気過ぎるような」
つい先ほど、西園寺さんとの魔物討伐数勝負を終えた俺は出迎えてくれた天院さんへと帰還した旨を意気揚々と告げる。
「実は西園寺さんと魔物討伐数勝負を配信内でしたのですが――」
結果は285対53で俺の快勝だ。もう弱い(って言っても他のダンジョンの魔物と比べたら途轍もなく強いけど)魔物しかいないとはいえまさか3桁の大台に乗るとは思ってもみなかった。
ま、異能でこういう討伐数系のクエストを数多くこなしている俺の方がちょっと経験値が高かったかな? って言っても向こうは範囲系の異能なんだからもうちょっと倒せても良かったかもね?
「あのー、一応命を張った仕事であることを理解してくださいね?」
「大丈夫ですよ。この辺にはもうあまり強い魔物は居ません。少なくとも私達二人にとっては」
「そうかもしれませんが、万が一です。ジョーカー殿ご自身が仰っていた事でしょう?」
やっべ、無理やり西園寺さんを殲滅部隊に入れてからか何となく天院さんの俺へのあたりが強くなってる気がする。
ってよりかは打ち解けてくれた感じか。まあなんにせよ扱いは雑になってきたかもしれない。
それよりも俺が285体倒したって言ってもこの人、眉一つも動かさなかったんだけど。もしかして天院さんからしたらそのくらい朝飯前って事なのか!?
俺は昼飯前だぞ! ってな。
「さてと取り敢えずお昼にしますか。協会から皆様の分の弁当が支給されておりますので」
「弁当? 風情が足りんな。どれ、俺がもう一度腕を振るって……」
「西園寺さん。昨日は初日だから許しましたが、流石に材料費が高すぎます。国から出資されているお金ですので無駄遣いしないでください」
「……と思ったが晩飯だけで許してやるとしよう。さーて、弁当が楽しみだ」
あれ? 何か西園寺さん、天院さんの言う事はめちゃくちゃ聞くようになってるんだけど。二人の間に何かあったのか?
疑問に首を傾げながらも俺はゆっくりと二人の後をついていくのであった。
♢
『速報です。探索者協会から送り出された特級探索者たちだけの探索者チームがとうとう8階層を攻略したそうです。人類の発展に大いに貢献してくれている彼らを率いるのはあの有名ダンジョン配信者、ジョーカーと名乗る男で――』
テレビを点ければどこの局も連日、特級探索者だけで構成された大規模攻略部隊のニュースで持ち切りだ。
いずれ上級探索者も召集するとのことだが、基盤を固めるまでは特級探索者達だけで構成されているとの事。
そしてその上級探索者の一人である押出迅の親友、向井流星は繁華街に置かれたテレビに流れているそのニュースをぼんやりと眺めていた。
ニュースにはキャスターが映し出されたのち、とある人物の配信が映し出されていた。
「何だ、ホントにあいつ居ねえのかよ」
ボソリと呟く“あいつ”とは彼の親友である押出迅の事だ。以前連絡した際にダンジョンへ籠っていると言っていた事と特級探索者に選出された事からてっきり大規模攻略部隊の一人に組み込まれていると思っていたのであろう。
「ってそんなことしてる暇ないな。さっさと行くか」
実習中にイレギュラーが現れるという前代未聞の大事件のお陰で普通よりも長い長期休暇となっている最中、向井のクラスの皆で一度集まろうという話になったのである。
本来であれば白崎や押出も呼ぶはずだったのだが、白崎はかの大規模攻略で忙しい、そして先の連絡では押出もダンジョンに潜ってて忙しいという事でその二人以外での集まりとなったのである。
向井としては最も仲の良い友人が来ないという事で何となく気乗りはしていないものの、やはりクラスメイト全員と久しぶりに顔を合わせられるというのは楽しみでもあるのだろう。
断ることなくむしろ率先してその会に参加することを決めたのである。
「すまない、ちょっと遅れた」
集まることとなっていた店に到着するや否や向井は少し申し訳なさそうな顔をしながら皆のもとへと歩いていく。
対するクラスメイト達の反応は嬉々としたものだ。
「向井君! おっひさ~」
「おう向井! やっと来たか! こっち来い」
そうしてクラスメイト達に迎え入れられた向井はそのまま誘われるようにして席に座る。
よくあるファミレス。高校生が集えるほどの、でも予約ができるくらいには敷居のある場所。
そこに集うクラスメイト達の姿を見て向井の表情が和らぐ。
「皆久しぶり。元気にしてた?」
そこから始まるのは各々のダンジョン実習の話。そして話題の中心は自然と唯一表彰された向井に集まってくる。
「向井って上級探索者だし、今回表彰されたしで特級探索者も夢じゃないんじゃないか?」
「特級探索者は無理だな。条件が“ランキングに入っていること”があるだろ? あれが一番キツイ」
「まあそうだよな~。てか逆に押出は何でランキングにも載ってないのに特級探索者になれたんだよ」
それが一番意味分からん、と男子生徒たちが口々に述べる中、向井だけは一人全く違う考えを持っていた。
何故なら彼は押出が今回のイレギュラーを倒すのに最も貢献していたことを知っていたから。
ランキング入りをしている白崎、そしてランキングに入ったことのある菊池先生が居てもなお、最も貢献したとされているのだ。
向井自身も実際に目にした訳ではないが、武器屋の時のことと言い、押出に対して言いようのない強さを感じ取っているのだ。
「もしかしたら押出がファーストなのかもな」
ポツリと向井がそれを口にした瞬間、それまで口々に話し合っていた生徒たちの間に静寂が訪れる。
程なくして方々から笑い声が聞こえてきたかと思えば、徐々にそれが伝染していきやがて大きな笑いが生まれていく。
「ないない! 向井! お前が仲が良いからって贔屓目に見てるだけだよ!」
「俺達一緒に授業受けてたけどあんまパッとしなかったぜ? 俺達も馬鹿じゃねえんだし流石にファースト程の実力者だったら気付くだろ!」
生徒たちが口々に言うのは「実力はあるんだろうけど流石に白崎よりは下」との事。特級探索者に選ばれたのはたまたま同じ班でたまたま成果が出せただけだという。
向井も表面上ではそうだよなと同調しながら笑っていたが、内心では全く違う事を考えていた。
(たまたま成果が出せた? 皆は現場を知らないからそんな事が言えるんだ。あの場で実力のない奴がたまたま成果を出せることは100%ない)
経験者だからこそ肌身に染みて彼は思うのだ。押出こそがファーストなのではないかと。
だがその議論をすると同時にもう一人の存在も浮き上がってくる。
「てかファーストって普通に考えてジョーカーだろ。前の配信見たか? ありゃバケモンだ」
「でも流石にまだまだイグナイトの方が強いと思うんだけど。第一、ファーストって神様なんでしょ?」
「まだそんな都市伝説信じてんのかよ。ファーストは人間だって」
「都市伝説って何よ。神がいる時点で嘘だって決めつけるのこそナンセンスでしょ」
そう今世界で最もファーストに近いという意見が多い配信者であるジョーカー。
彼の存在がある限りは押出がファーストかもしれないという考えは荒唐無稽に近い、と向井自身でも思っている。
「ていうか押出君って特級探索者なのに今回の大規模攻略に参加してないんだね」
「そうだよな。向井が言うくらいの実力が本当にあるなら人類のためにも参加してほしいもんだよ」
「ちょっとそんな言い方ないでしょ?」
どこか生徒たちの間では押出をどこか気に食わない者も多いようだ。素直に称賛すれば良いのに、と向井は思う。
だがそれまで自分よりも下だと思っていた人物が急に特級探索者という誰もが尊ぶほどの称賛を勝ち得ているということに嫉妬するというのは人間の性である。
仕方がないと言えば仕方がない事なのだろうが、それが向井にとっては居心地の悪い物であった。
「だって大規模攻略に参加できるなんて今じゃこれ以上ないくらいの栄誉だぜ? 俺がアイツと同じ立場だったらぜってえ参加して……」
「あいつの悪口はその辺にしてくれ」
未だ不満げに話す生徒たちに対して努めて冷静に向井は告げる。
そして感情のない表情で彼らを見つめるとこう口を開く。
「大して仲良くもない癖に知った口を叩くな。下らない嫉妬をする前に自分の腕を磨いておけ」
それだけ言うと向井は席を立ち、店の出口へと向かって歩いていく。
「ちょっと待って向井君!」
「ああ、すまないな。俺の分の代金は払っておくよ。これで足りるだろ?」
「そ、そうじゃなくて……」
呼び止めに来た数人の女子生徒を無視して向井は店を後にする。そして歩きながら初めて自分の内に秘められていた感情に気が付く。
「……そうか。俺も図星だったから余計に腹が立ったんだな」
普段の皆から好かれる向井であればあの場を窘めた後うまく場を取り持てていた筈だ。
それが出来なかったのはまざまざと自分の中にある薄汚い感情を目の前に見せつけられた気分がしたからだという事に気が付いたのは来る前にニュースを見たテレビの前であった。
『今や特級探索者は世間の憧れの的ですね~』
『上級探索者の更に上澄みですからね。それにこれまではあまり分からなかったランキング上位者達の戦闘も配信で見る事が出来てますますその流れが顕著になってきてるみたいです』
キャスター達が大規模攻略部隊についての意見を交わしている画面。今やいつ見てもそれを取り上げている番組ばかりだ。
『5階層のボス討伐時はヒヤヒヤさせられましたがね~』
『しかしその後の沈黙の王の殲滅部隊でのご活躍ぶりといったら凄まじいですからね~』
最近の大規模攻略部隊では安否確認のために配信のドローンカメラを回すのが義務化されている。
といってもダンジョン配信者達の様に配信を盛り上げる工夫をする訳でもなく、ただ周囲に飛ばして戦闘風景を映しているだけだが。
それにより一時的にヘイトが集まっていた沈黙の王こと西園寺の人気はまた元に戻ってきている。
「……俺も頑張らないとな」
そう呟くと向井はゆっくりととあるダンジョンへと足を向けるのであった。
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