64話 食事
「いやにご機嫌だな、西園寺さん」
「料理が好きなんじゃない? 天院さんから聞いたけど、食材が届いた瞬間に料理し始めたらしいよ」
だから妙にご飯の時間が早かったのか。ていうかてっきり普通に弁当とかが配られるくらいだろうなって思ってたのにまさかのバイキング形式で立食パーティを行う事になるとは思わなかった。
「おいおい当真! そのまま食うんじゃねえ。そいつを食う時はこれをかけろ。そんでこのバケットの上にのせて食うんだよ」
「うるせえなおめえは。先行部隊から外されたからって調子乗ってんじゃねえぞ」
「いや普通外されたら調子乗らねえだろ。良いから俺の指示に従え」
向こうの方で西園寺さんに絡まれている斬月さんの姿が見える。ていうか多分あんな感じで皆に絡んでるんだろうな。
あの人のお陰でまだまだ緊張が張り詰めていたこの空間も一気に弛緩していった。いつの間にか他の探索者さん達も打ち解けて楽しそうに会話している。
「良いなー。俺もあんな風に喋りてえ」
「普通に喋れば良いんじゃない?」
「いや出だしをミスったからもう引き返せねえんだよ」
裏でもジョーカーの喋り方をせずに普段の感じで会話する人でありたかった。いちいちあんな感じで演技しないといけないからちょっと寂しいんだよな。
今もこうしてバレない様にみんなから距離を置いて白崎と喋っているわけだし。
「それにしても凄いね、その仮面。てっきり声は作ってるもんだと思ってた」
「そんなことしたら声帯いかれんだろ。流石にこの仮面の効果だよ」
あのクエストで手に入れた装備品には総じて便利な能力が付与されていることが多い。その一部はダンジョンからも出土されてるのを見るに一応全部ダンジョンで手に入る奴なんだろうな。
俺が持ってる奴よりももっと凄いもんが発掘されるって考えたらつくづくダンジョンってのは夢があると思わされる。まあ、神からの試練とかいうくそったれな絶望も一緒についてくるけど。
「あやべー、滅茶苦茶向井から連絡来てた」
「何て?」
「今どこに居る、だってさ。まあダンジョン内だよな」
携帯でメッセージを送り、そのままメッセージを閉じる。見ろよ俺のこの貧相なフレンド欄を。
クラスの全員と交換しても50人弱はあるはず。なのに俺のフレンド欄にクラスメートの連絡先は白崎と向井だけ。
他は姫ケ丘探索高校の三人と担任の菊池先生とかくらいだ。
あ、こう見たら結構充実してるなうん。
「どのくらいで帰れるんだろうね」
「さあな。一回目のダンジョン攻略で何階層まで行くのかは俺もよく分からん」
攻略者としてのクエスト、そしてイグナイトとの攻略階層における差の開き。正直焦りはあるけどそれを皆に無理強いするつもりもない。
最悪俺一人で攻略しようかな――っていうのも多分駄目なんだろうな。
段階的に皆を成長させながら攻略を進めるってのが探索者協会の方針だろうし。いきなり十階層から開始ってことになったら戦えるのが俺一人だけになっちまう。
かといって俺一人だけ先に上の階層に行って皆が後から攻略するってのも危険度が高い。今回だってイグナイトが先に攻略してるから普通より楽だと思ったら寧ろ更に難易度が上がってた訳だしな。
いずれにせよ俺は周りと歩幅を合わせてここを攻略していくつもりだ。そしてゆくゆくはボスモンスターの討伐を白崎たちだけで出来るようになればさらに攻略が楽になる。
「ごめんね。私ってお荷物だよね」
「そうか? 俺はよく分かんねえや」
そもそも俺自身、白崎を評価できるほどそういう異能に関してとかダンジョン攻略に関してとか造詣が深い訳ではないし。
考えてみてくれよ。俺なんかずっと一人でダンジョンの奥地で籠ってただけだぜ? 分かる訳がない。
「そこはそんな事ないよって言うところだよ。ジョーカーさん」
聞き覚えのある声が俺の隣から聞こえてくる。振り向くとそこにはグラスを片手に優雅に壁に背中を預けている龍牙さんの姿があった。
しまった。白崎だけだと思って油断してた。どうもこういう気配感知系弱いよな、俺。
「し、失礼。白崎殿」
「ハハハ、僕が来たからってそんな畏まらないでよジョーカーさん。さっきまでの口調で大丈夫だよ。それともその口調じゃないと不都合が生じるのかな?」
背中を冷汗がツーッと落ちていくのが分かる。何だろう、絶対に気が付かれない筈なのにどうしてか不安が残るこの雰囲気は!
龍牙さんなら口調からジョーカーが押出迅であることに気が付きそうなこの不気味さ。どうしよう? どうしよう?
「な、何を仰っているのやら。不都合なんて生じませんよ。ただただ白崎さんとは仲が深いですのでああした砕けた話し方になるだけですので」
何を言ってるのか分からない。一応煙に巻いてみようと思って放った言葉は一見するだけでも会話が成り立っていないことが分かるだろう。
あーボロが出た~! 別に頭良い訳じゃない俺が知的なキャラを保ち続けるのは最初から無理な話だったんだ!
「な、仲が深い……そうだよね、仲は深いよね」
白崎は変なところで引っかかってるから俺一人の力だけでここを切り抜けなければならない。どうするか? どうするか?
「へえ、だったら僕とも仲良くなってくれないかな?」
くっ、何だこの甘いフェイスと声は! これで何人もの女性を口説いてきたんだろ!
くそ! 押出……いやジョーカー! しっかりしろ!
「そ、そういえば先行部隊の皆さんに相性の良い武器を渡すので食事が終わったら集まってほしいという事を伝えに行く予定があるのでした! えーえー私は非常に忙しい!」
そして俺が下した決断は何とも次回予告の台本を読んでいるかのようなギクシャクとした言葉を紡いでその場から離れるという事であった。
「フフ、思ったよりも愉快な人だね。ねえ、白崎さん」
「――私の事可愛いって言ったよね? 多分言ったよ。絶対……」
「それは彼も言ってないんじゃないかな」
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