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62話 処遇

「おお……素晴らしい! 素晴らしいぞ我がライバルよ!」


 ダンジョンという危険地帯に居ながらも一人で何かに対して興奮したかのように声を上げる大男が居た。どうやら誰かの配信を見ていたらしく、プツリと閉じるとそのまま嬉々とした表情で仲間のもとへと歩いていく。


「イグナイト。何を見ていた?」

「ああ? あー、俺がダンジョン配信を始めた理由の男だ」

「あのジョーカーっていうよく分かんない奴のこと? 前も見たけどステータス数値2億とかって嘯いてただけでそこまで強そうにも思えなかったけど」

「そりゃあてめえがまだまだ半人前だから分からねえんだよ、ベアトリス」

「何ですって?」


 イグナイトの随分な物言いに剣呑な雰囲気を纏わせる女性。イグナイトと共にランキングトップを飾り続けているベアトリス・ボーンだ。

 未だランキングの更新は無いが近々ランキング6位から上昇するであろうと言われている実力者だ。

 そして最初にイグナイトへ声を掛けたのはクロウ・エルスリッジ。彼もまたランキングにおいて一桁、すなわちナンバーズと呼ばれる世界から貴ばれる存在のうちの一人である。

 彼らはイグナイトと共にこの最難関ダンジョンを三人で挑んでいたのだ。

 あのイグナイトが共にダンジョンを攻略することを許した存在、それだけを聞けばどれほどの実力なのか推し量ることができるだろう。


「そう言われるのも仕方がないさベアトリス。見てみろよ。この戦いを」

「はあクロウまでそう言う……まだまだ5階層なのでしょう? それなら私達も既にクリアしているし別に凄くもなんとも……」


 そうしてベアトリスがクロウから見せられた配信の画面を見て絶句する。そこに映し出されていたのは自分たちが戦ったボスが数十体、そしてその真ん中にはいかにも周囲とは違う雰囲気を放っている白い悪魔の存在があったのである。

 

「なにこれ!? 私達の時はこんなの居なかったはずじゃ!」

「それは分からない。だがこれを()()()()()()と聞けば君もその凄さが分かるに違いない」

「一人で……それってもしかしてイグナイトより強いんじゃ」


 ベアトリスがそこまで言ったとき、近くで何かを砕く衝撃音が聞こえる。


「ご、ごめんなさい」

「いや良いさ。そっちの方が楽しみじゃねえか、会う時に証明できるんだからよ」


 そうして高笑いを続けながらイグナイトは周辺の地盤を一気に削り取っていく。それはまさに自身こそが破壊の権化であると主張せんばかりに。


「……おい、ベアトリス。お前のせいだぞ。何とかしろ」

「無理よ。あいつを止められる奴なんてこの世界にアイツしかいないんだから」





「さて早速ですが、先の戦いで一つ懸念点がございました。それは私が事前に注意点として挙げさせていただいていた事についてです」


 5階層の基地内にある会議室にて先行部隊と殲滅部隊の全員を集めて俺はそう口を開く。俺のこの言葉にバツの悪そうな顔をした方が一名。

 まあそれはそうだな。彼の決断で一部隊が崩壊しかけたと言っても過言ではないからな。


「ボスに出会ったら私を呼んで即座に転移石で帰還していただきたく存じます。それはあなた方の命もそうですが何よりもたった一つしかない転移石の重要性というのにもご理解いただきたい」


 厳しい事を言うようだが、約束を守ってくれなければこの貴重なアイテムは殲滅部隊の人達に渡した方がより効率的に使ってくれることだろう。

 そして今回のことを踏まえれば転移石を使わずにこのダンジョンを攻略しようとする者はただの一人もいない筈だ。


「……すまなかった。すべては俺の責任だ」

「そうです。あなたが一番お強いのですからあなたが一番しっかりしていただかないと困ります……と言いたいところですが私も部隊の指揮を任せられた身です。私にも甘い所があったことかと思われます」

「違う! 俺がすべて悪い!」

「だからそれはそうだと言っているのですが、一部私にも非があることがあったかと……」

「いや! 俺が悪い! 俺がすべての責任を負うべきだ!」


 うぜーこのおっさん。こういう頑固なところが駄目だっていう話をしてんのに。俺が諦観を含んだ眼差しで天院さんの方を向く。


「すみませんが西園寺さんを殲滅部隊に加えていただけませんかね?」


 俺のこの発言に周囲が少しどよめく。まあ性格に難があるとはいえこの中で二番目の実力者を先行部隊にではなく殲滅部隊へと送るというのは中々に驚きを与える事なのだろう。

 ただ、最も危険な地帯へと言う事を聞かずに暴走する不安要素ほど要らないものはない。まだ高校生だってのにこんな爆弾を抱えたままダンジョン攻略を率いるだなんてはっきり言って無理だ。


「ジョーカー殿。お言葉ですが、西園寺殿のお力は世界でも有数でございます。彼を先行部隊から外すのはダンジョン攻略に多大な停滞をもたらすのではないかと思います」

「確かに彼の力は魅力的ですが私に御する腕が無い事が問題なのです。要求を呑んでいただけないのでしたら私は単独で攻略することもやぶさかではありません。そちらの方が安全ですから」


 イグナイト達がこのダンジョンを攻略することによって飛躍的にステータス数値が上がっているという話は何となく知っている。

 探索者協会は他の特級探索者たちにも同じように成長してほしいという思いがあるが、彼らだけではそもそも攻略するのが不可能だと思っているんだろう。

 だからこそ俺に同行してほしいという意思もきっとあるはず。要するに俺にイグナイトの役目を果たしてほしいってことだな。

 だがここで俺が単独行動すると言って離脱すればどうだ? このダンジョンの攻略は最早探索者協会の手には負えない案件となってしまう。

 そして探索者の育成は他国に置いていかれ、いざ光の戦士たちに並ぶ新たな戦力が神から派遣されれば滅びの一途を辿る事だろう。

 いや甘ったれんな! 俺はただの高校生だぞ! 大人がガキに頼るな! 自分で育てよ!


「……それは困ります」

「なら西園寺さんを殲滅部隊に加えてください。そちらの部隊も人員は不足しているのでしょう?」


 見た感じ、殲滅部隊の人員は天院さんと草壁さん、そして特級探索者の人達が五人だ。

 草壁さんは戦力にならないらしいから除外すればたったの六人で階層の殲滅と拠点の守りの両方をすることになる。

 はっきり言おう! 無茶である☆

 

「ですが――」

「嬢ちゃん、そこまでだ。正直今回の事で俺も意識を変えねえといけねえなって思い知らされた。ジョーカーの言い分はごもっともさ。おとなしく殲滅部隊に加わるさ」


 天院さんの言葉をさえぎって西園寺さんがそう告げる。そしてビシッとこちらに指を向けてこう告げる。


「今回はてめえの言うとおりにしてやる! だがな! 殲滅部隊でビシバシ鍛えたらまた先行部隊に舞い戻ってやるからな! そん時は覚えておけ!」


 何をだよ。


「承知いたしました。心待ちにしております」


 そうして未だ不満げな天院さんを残して会議は終了するのであった。

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