100話 開始
押出が神の世界へと連れ出されていたその間、人間界は新たなる脅威に苛まれていた。
「関東のダンジョンで数箇所、突然変異を起こしているとの報告が上がっております」
「イレギュラーが発生しました。上級探索者チームが行方不明です。至急、救急チーム編成の必要性が!」
探索者協会には日夜、そのような報告が飛び交ってくるようになった。
いよいよユグドラシル攻略の必要性が叫ばれたが、作戦の要となるジョーカーの行方が依然として不明な為、容易に動けない。
したがって抜本的な解決にはならないまでも探索者協会は対症療法的に各地の問題を解決せんと奔走する他ないのである。
だが、いよいよそうは言ってられない事態が本日発生した。
「天院さん! 至急、探索者を!」
「どうしたのですか? まだ問題は山積みですので後で……」
「緊急事態です! ダンジョンが! 崩壊しました!」
崩壊、その言葉の意味を目の前の職員の様子から何となく察知する。
嫌な予感がした。以前、ランキング100位の者の前だけに現れた光の戦士。
それは警告だったのかもしれない。
「数箇所のダンジョン内部から魔物が溢れ出し、周辺地域が壊滅状態です! 至急、上級探索者を手配してください!」
いよいよ動き出さなければならないと天院は焦っていた。もう、ジョーカーを待っている時間など無かった。
「……そちらには私が向かいます」
何かを考えた後にそう答えると、戦闘用の服に着替えんとして席を立つ。
そして出ていく直前に職員へこう告げるのであった。
「そこに置いてあるリストの方々を呼んでおいてください。あと、他の業務は全て柳生会長にお願いします」
「このリスト、まさか」
「はい、ユグドラシルの試練攻略を再開します」
それだけ告げると天院は部屋から出ていくのであった。
♢
「これが、『砲台』か」
「す、すげえ」
探索者達が息を呑みながら目の前を歩く女性を眺める。
ダンジョン外へと溢れ出した凶悪な魔物達は『砲台』という二つ名が与えられた彼女の手によって全て駆逐された。
相手はステータス数値が1000万は超えている様な魔物ばかりであった。
しかし、天院にとってはただの有象無象に過ぎない。
ユグドラシルの試練を経た者はそれほどまでに他とは隔絶した力を有しているのである。
「ジョーカーさん。どこにいらっしゃるんですか」
世間ではジョーカーは死んだと唱える者もいる。
そんなのはあり得ないと、そう言える要素があまりにも少ない。
ジョーカーが死んだとすればいよいよ人類に勝ち目がなくなるため、生きていると信じずにはいられないだけなのである。
なるべく、戦意を失わないように。
「とにかく急いで攻略を進めなくては」
そう呟くと、天院は多くの人の視線を受けながら現場を後にするのであった。
♢
『ユグドラシルの試練』内部にて、攻略を進め続けるイグナイト一行の姿がそこにはあった。
日本が停滞している今、彼等こそが攻略の最前線に立っている事だろう。
現在、22階層。鬼神の如く攻略を進める彼の配信は今まさに人類が最も見ている配信であろう。
同時接続者数は既に50万人を超えている。人類の命運がかかっているのであれば、それだけ見られるのは当然の話だろう。
「すごいな。イグナイト」
「……当然だ」
クロウが声をかけるもそれだけ告げるとまた押し黙る。
どこか気を張っている様子だ。最近はいつもこの調子らしい。
「あの一件以来、ずっとこうね」
「ああ。まさかあれだけ楽しみにしていたジョーカーとの初対面でああもキレるとはな」
まだ実力も分からぬまま相手を罵り勝手に怒り、勝手に帰ったのである。
そんなことはあの一件以来、一度もなかった。それだけにその一件がより際立つのである。
「くだらん話をするな。前を見てみろ」
イグナイトが二人に対しそう声をかける。
そして前方にある存在を見た瞬間、凄まじい緊張が三人の中を通り抜けていく。
途轍もなく大きな黒い龍。見るだけでこの階層の主であることが分かる。
「さっさと狩って次の階層に向かうぞ」
そう言ってイグナイトが大地を踏みしめる。二人もそれに続こうとした、まさにその瞬間であった。
「は?」
「え?」
龍が突然体を傾け、そしてそのまま大地へと崩れ落ちていくのである。
二人は前の男の仕業かと思い、視線を向けるも当の本人は警戒心を解かないまま。
自分が倒したのであれば警戒心をこれほどまでに高めることは無いであろう。つまり、彼ら三人とは違う何者かが目の前の黒龍を一瞬にして倒したことになる。
「……やっと見つけた」
ほどなくして聞こえてくるその声は地煙の中からその容姿を露わにしていく。
「あなたが……ギルバーツですね?」
そう言ってイグナイトの目の前に立ちはだかったその存在はクロウも見たことがある存在だ。
黒髪黒目の女性。確か名前はレイと言っただろうか。ジョーカーの配信に居たあの女性がそこには居た。
それにしてもギルバーツとは誰の事を言っているのだろうとクロウとベアトリスの頭を悩ませる。
そしてその疑問をイグナイトが代弁するかのように口を開く。
「お前は何者だ」
その言葉は呼び名を否定するものではなく、目の前の女性の素性を聞くものであった。
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