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其の拾:エピソード零

ある晩1942年のガダルカナル島と、とあるコンビニエンスストア前の洞窟が繋がってしまった……。

この洞窟は通称「門」と呼ばれ、そこを通過するにはいくつかの条件があった。

・過去から現代には移動できるが、現代から過去には、来た者以外は移動できない。

・同時に「門」を通って現代にいられるのは生死を問わず最大3人まで。

・1人が持ち帰る事の出来る物資は、現代の金額で2000円程度までで、3人分まで。

・武器は基本的に移動させられない。

・歴史を変えかねない「情報」は記録媒体ごと移動させられない。

・この「門」は人為的に開けられたようで、上記制限は探せば抜け道が存在する。

一木支隊第1梯団に属する西田軍曹は、餓死しかけていた。


1942年8月、一木支隊の戦意は旺盛であった。

第2梯団の上陸が遅れていて、代わりに海軍の横須賀第5特別陸戦隊と合流し、

約1千名の戦闘集団となって、ガダルカナル島の米軍を駆逐せんとしていた。

敵の戦力は約2千名と聞く。

一木支隊長は「仮に10倍であっても勝てる」と意気揚々であった。


彼等は知らなかったが、本当に敵兵力はこちらの10倍の1万人、1個師団であった。

それが重機関銃、榴弾砲を豊富に持ち、十字砲火を浴びせて来た。

一介の下士官である西田軍曹は、何人が生き延びたのか分からなかった。


生き残ったのは126名とされるが、戦死者に数えられる中には、

密林に逃げ込んで行方不明となった者もいて、実数は不明であった。

戦闘前に総員背嚢遺棄が命じられた為、西田軍曹ら生き残りが、

川口支隊と一木支隊第2梯団を迎えた頃には、既に飢餓状態となっていた。


そして川口支隊による第一次総攻撃も撃退された。

西田軍曹はこの戦いも生き延びたが、最早この島の戦いに何の期待も持てなかった。

彼は、細々と補給される糧食で、生き続けていたが、

手足は牛蒡のように黒く細くなり、腹は常に下っていた。


飢えた兵は、渡された物をすぐに食べてしまう。

米を渡しても、生のまま食べてしまい、そのまま腹を下す。


そんな中でガ島の日本軍は、6度に渡ってアメリカ軍の攻撃隊と戦闘し、

いずれも撃退に成功していた。


10月、第2師団がガダルカナル島に上陸する。

彼等から食糧を分けて貰い、西田軍曹はまた少し寿命を延ばした。

もっとも、もはや戦力とは言い難く、後方に配置された。

第2師団による第二次総攻撃もまた失敗に終わった。


地図が無い、道の整備をしない、その為に部隊は足並みを揃えることが出来ず、

敵陣に辿り着いた時は、大軍もバラバラの状態になっている。

密林を直進せず、迂回攻撃を川口支隊長は進言するも、

大本営から遣わされた辻政信中佐は反対し、かえって罷免される。


密林を進むにしても、互いの位置を把握し、調整出来ていたならば。

部隊が今どのように展開しているか、鳥の目のように俯瞰出来たなら。

敵に察知されないよう、夜間も密林を見通せる目があったなら。

密林を進撃する兵でも運べる、小型で強力な火力があったなら。

辻参謀が反対した迂回攻撃を行ったなら。

様々な「もし~~なら…」は、やがて全ての条件を満たされることになるが、

この時点では誰もそれを知らない。


第2師団も後退し、密林や山岳に潜んで援軍が来るのを待った。

援軍として第38師団の投入が予定されてはいた。


西田軍曹はもう悲惨な状態だった。

これは第2師団の戦友が担いで、味方の陣営に運んでくれたが、

ほぼ1日中座り込んでいるだけとなった。

水だけはあった為、それを飲んで生命を繋いでいた。

もう多くが餓死をしていた。

しばらく大がかりな戦いは発生していない。

だが、彼等は生きていくことが最早戦いとなっていた。


何度目かの陣地転換で、西田軍曹のいる部隊は、山岳地帯に移動した。

ちょっとした崖があり、そこからチロチロと水が浸み出していた。

生水を飲んで赤痢に罹る者も多かったが、そこの水は命の水だった。

やがて戦友たちが、セミや野鼠を捕らえて料理した。

西田軍曹の寿命は、また少々延びた。




その日、彼は珍しく立つ気力が戻っていた。

よろよろとした足で、小便をしに行った。

(これは、ロウソクが燃え尽きる前の最後の輝きかな?)

とか余計な事を考えが頭をよぎった。


(本当にロウソクの最後の火かな? こんな事を考える余裕が俺にあったのか?)

彼は自問自答したが、答えなど出る筈もない。


「西田、貴様まだ歩けたか? ずっとへたり込んでいたから、立てるとは思わなかったぞ」

戦友がそう声をかける。

「たまたま、だ。明日からは寝たきりになるかもしれん」

「縁起でもない事言ってないで、歩けるなら食糧探して来い」

そう言ってシャベルを渡された。

動ける日本兵は、野生のサツマイモや、落ちたフルーツを探していた。

その他、ムカデやトカゲも捕まえて食べる。

とにかく食べられるものなら、何でも採集する。

それらを合わせ、皆でちょっとずつ分け合って食べる。

そんなのでは空腹は全く納まらないが、最近ではもう空腹という感覚が無い上、

多く食べ過ぎると逆に胃が痛かったり、戻したりする。


珍しく立って歩き、他の日本兵の為に「腐ったパパイヤ」を拾って来た西田軍曹は、

その日は何故か気が昂って眠れずにいた。

(こんな俺でも、戦友たちの役に立てたか)

と言う嬉しさが少しあった。

目が冴えたまま、夜は更けていった。

何時か分からない。

だが、フルーツを食べたせいか、また小便がしたくなった。

飢餓状態に陥ると、尿意が多くなる。

しかし、出る量は大したことがない。

度々尿意を催す為、寝ていられず、それもあって一層衰弱する。

やがて起きて小便を出せず、寝たり座り込んだりしたまま垂れ流すようになる。

(俺もいずれそうなるだろう)

と思っていた。

だが、この日の尿意は少し激しく、放尿後に思わずため息をついた。


ふーっと一息ついた彼が、逆に水を飲もうと思って、

崖の方に向かったのは運命の悪戯だったろう。

この崖には行き止まりになっている洞窟がある。

その脇に水の浸み出している部分があり、誰でも飲めるよう傍に水筒が置いてある。

水筒を取ろうとした瞬間、片方の膝がカックンと折れて転んだ。

そして水に濡れた岩で滑り、彼は洞窟の中に転がり落ちた。




「なんだ、ここは?」

洞窟で転び、行き止まりの筈の奥に行った筈の西田軍曹は、何故か通り抜けてしまった。

立って周りを見ると、熱帯のガダルカナル島とはまるで様子が違う。

大体、ジトっと汗をかかせる熱帯の空気とは違い、涼しい風にコオロギの声がする。

「おいおい、俺はもしかしてあの世に行ったのかよ…」

そう呟いたが、噂に聞く天国や極楽にしては殺風景だし、地獄だとしたら

ガダルカナル島の方が余程地獄だった。

「ここはどこなんだ?」

ススキをかき分け、辺りの様子を探ってみた。

5分程歩いたとこに、金属製の敷居で両側を守られた道路があった。

その道路の向かい側に、随分と明るい街灯と、随分と明るい建物があった。


(米軍の基地か?)

彼は、どう見ても現地人の集落に見えないその建物に近づき、外から様子を探っていた。

「しまった、銃をどこかで落とした!」

脇に入れていた筈の拳銃が無くなっていた。

(一度洞窟まで戻るか?)

そう思ったが、中には黒髪の緊張感の無い男が、あくびをしながら店番をしているだけで、

特に銃がなくても危険とは思われなかった。

店番、と西田軍曹がすぐに分かったように、そこには様々な物が並んでいた。

(飯は無いかな?)

と思ったら、彼の体は既に店に足を踏み入れていた。

ガラスの扉が自動で開き、店番は瞬時に営業態勢で

「いらっしゃいませ!」

と言った。


日本語だ!

西田軍曹は

「貴様、日本人か?」

と、つい聞いてしまった。


店番は「?」という表情をし、こちらを不審がっている。

だが、不審に思うのは西田軍曹の方もだった。

「ここはどこなんだ?

 あと俺の銃を知らんか?

 ここに来る時に無くなったのだ」

そう言って

(なんで俺は銃の事などを聞くのだ! 俺は馬鹿か!? この男が知っているわけがないだろう)

と後悔したが、次の言葉を彼の気を遠くした。


「ここは東京からちょっと来た山奥ですよ。

 日本国内で銃は持ち込み禁止です…」


彼は不思議な運命によって、日本に現れてしまったのだった。

第1話に還る、物語全体の〆としました。

番外編、1話完結型で時系列無視して割り込む形でいくらでも書けるので、とりとめもなく続ける事が出来るので、〆にはこの形にしようと考えていました。

番外編も10話書いたら、本編とのバランス的に丁度良いかな、と思いました。

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