其の玖:デジカメ始末記
ある晩1942年のガダルカナル島と、とあるコンビニエンスストア前の洞窟が繋がってしまった……。
この洞窟は通称「門」と呼ばれ、そこを通過するにはいくつかの条件があった。
・過去から現代には移動できるが、現代から過去には、来た者以外は移動できない。
・同時に「門」を通って現代にいられるのは生死を問わず最大3人まで。
・1人が持ち帰る事の出来る物資は、現代の金額で2000円程度までで、3人分まで。
・武器は基本的に移動させられない。
・歴史を変えかねない「情報」は記録媒体ごと移動させられない。
・この「門」は人為的に開けられたようで、上記制限は探せば抜け道が存在する。
「門」によって助けを得られた世界での西暦2010年、一人の老人が大往生した。
その老爺はかつて、「死の戦場」と呼ばれたガダルカナル島の戦いを生き延び、
その後は熱帯性疾病の為に除隊して、終戦を生きて迎えた元兵士だった。
家族は彼の住む東北を離れ、首都圏や関西、更には北海道などに住んでいた。
葬儀の為に集まり、旧家を掃除し、大きな遺産は無いがそれでも蔵の整理を始めた。
蔵の中は、農機具や箪笥があるだけだったが、唯一金目の物っぽい金庫があった。
遺族は曾祖母に開け方を聞くも、
「お祖父さん、『今さら開けても何の意味もねえ』と言って教えてくれなかった」
という残念な回答だった。
そう言われると興味が湧いてしまうのが人間の悪いとこである。
金庫業者に電話し、開けてもらった。
本当に残念な事に、金目の物、財宝的な物は全く無く、遺族をガッカリさせた。
金庫の中に入っていたのは、かつての戦争の感状や除隊時の盃、多くの新聞紙だった。
そこに異彩を放つ物体が一個。
「ねえ、曾祖母ちゃん、曾祖父ちゃんいつデジカメ買ったの?」
そこには電池が切れた、古びたデジタルカメラが入っていた。
デジタルカメラの下には、日記帳が入っていた。
書いてある内容は、訃報の切り抜き、複数の人名。
最後のページには
”最後の一人も逝った。もうカメラを復活させても、分ち合える戦友は居なくなった。”
と書いてあった。
遺族の一人は、古い癖に妙に立派なカメラに興味を持ち、
東京に帰った後でメーカーに持ち込んで修理を頼んだ。
保証書も何もなかったので、不安ではあった。
メーカーのショールームで話してみたら、意外な事を言われた。
「これ、うちのカメラですか?」
「ロゴがしっかり入ってますよね?」
「これは、見たことない機種ですよ。一体どこから持って来たんですか?」
「東北のうちの実家の蔵からです」
「じゃあ、昔の機種ってことになりますけど……、こんな小型な癖にレンズの大きいの有ったかな?
これ、預かって良いですか?」
「お願いします。あと、写真は何が入っているか見たいので、それもお願いします」
メーカーの社員は首を傾げることしきりだった。
2週間程して、メーカーから連絡が来た。
タクシーチケットも添えられ、工場の方に来て欲しいということだった。
彼は行って、さらに謎を深める話を聞くことになる。
「ご足労をおかけしました。こちらデジカメ開発担当で、こちらは企画部長です」
会議室っぽいとこで、多くの人が名刺を渡して来た。
「さて、結論から言いますと、このカメラは現在存在していない機種です」
「………、じゃあ、御社のロゴ貼っただけの贋物なんですか?」
「それが、失礼ですが中まで分解して調べさせていただきましたが、
中の基盤に振ってあるコードを確認したところ、2018年製となっていたのです」
彼は意味が分からなかった。
カメラは田舎の、それもしばらく誰も開けた形跡の無い金庫から発見されたものだった。
彼はその事を口に出す。
おかしい、過去の型だと言うなら納得するが、未来の型なんて有り得ない。
これは曾祖父の持ち物だし、曾祖父は未来に行ったなんて聞いた事もない。
メーカー関係者は
「それでも、この型番のフォーマットはうち独自のもので、
生産年、工場、型式、ロット番号などが刻印されています。
刻印です、改ざんは出来ないと思います」
「それに、中を開けて見て驚きました。イメージセンサーが大きいんです。
こんなコンセプトのカメラがあるのか?って、正直意表をつかれました」
「充電したら、一部は動かなくなってましたが、カメラとしての基本機能は生きていました。
そのファイルを調べてみたら、画素数が現在の型よりも多いんです。
それとノイズ補正プログラムが新しいものです。
ただ、完全に新しいプログラムかというと、うち独自のコードがありまして、
明らかにこれは『未来の』うちの製品です」
「………、なんか訳が分かんないんですけど……。
そういう話は置いといて、中に何が写っていたんですか?」
これには残念な答えが返って来た。
「メモリーカードは放電していて、もう何も残っていませんでした」
「SDカードは数年間電源に繋がずに放っておけば、データは消えますからね。
そういう部分は、貴方がおっしゃった、
何年も誰も開けていない金庫の中にあったっていうのは納得いくのですが……」
「疑う訳ではありませんが、このSDカードに本当に何か写っていたんですか?」
「それは分かりません。この機種に合った充電器もないし、確認してません。
だからこちらに持って来たんですがねえ」
「お役に立てず、申し訳ございません」
一同が起立して頭を下げた。
あとは繰り返すの質問ばかりとなった。
どこから入手したのか、発見時の状態はどうだったのか、本当に余計な場所を触って
フォーマットをかえてしまったりしていないか、等等。
そして、カメラ本体とメモリーカードは返却して貰ったが、
「このカメラは、うちの新しい商品になるので、どうか他のメーカーには
情報を漏らさないようお願い出来ますでしょうか?」
という依頼も受けた。
「まあ、さっきの話が本当なら、数年後の御社の商品なんでしょうから、
私の方で他社さんに持ち込んだりはしませんよ」
一同はホッとした表情になり、帰り際に
「ご足労おかけいたしました、ほんのお詫びです」
と、2010年当時の最新デジカメや粗品を渡された。
彼が帰って、そのまま一同は打ち合わせに入った。
「コンパクトカメラなのに、レンズとイメージセンサーが大きい。
非破壊ながら、中のLSIやセンサーチップのコピーも取った。
新しい商品として出せるだろう」
「だが、価格はどうする?
あのカメラ、レンズも良かったし、結構な値段になるだろう」
「原価割れさせるわけにもいかないし、かかった分を値段にしよう」
「売れますかね?」
「売れると思いますね。
今の廉価版のコンパクトカメラは、やがてスマホのカメラに押されて衰退しますよ。
むしろ高級感を売りにした方が良いと思います」
会議は続く……。
そして彼は、オカルト体験をする。
彼は戻って来たカメラで家族を撮ってみた。
無論、新しいメモリーカードを使ってであったが。
貰った大型の高性能カメラよりも、この金庫から出て来た古びた未来のカメラの方が、
軽いし、連写性能が高いし、使い勝手も良かった。
新しい(?)玩具で遊び尽くして、その晩はベッドに入った。
夢枕に亡き曾祖父が立った……。
『え? 曾祖父ちゃん?』
曾祖父の手には、机の引き出しに入れていた筈のカメラがあった。
『見られなかったか。残念だなあ』
『曾祖父ちゃん、そのカメラ…』
『写真は見られなかったけど、撮った物は俺の頭の中に入ってるど』
(あれ、そうだ、曾祖父ちゃんはこないだ死んだんだった。これは夢? 幽霊?)
『先に逝った戦友に、昔撮った写真は見せてやったけど、お前も何が写ってるか気になるよな?』
曾祖父は彼の方を向いた。
生きていた時に、ひ孫に見せた優しい笑顔だった為、彼は安心した。
急に頭の中に様々なイメージが流れ込んで来た。
『え? ここはどこだ??』
密林が見えた。
多くの兵士がその中を動き回っていた。
『あれは? 曾祖父ちゃん?』
例のカメラを紐で首からかけ、それを胸ポケットに入れていた。
手には銃を持って、走っていた。
その横には、やけにメカメカしい双眼鏡をぶら下げた兵士もいた。
『敵がいたぞ。歩兵だけだ。戦車はいない。貴様の写真機で撮れるか?』
『待って下さい。捉えました。最大望遠でいきます』
数枚パシャパシャ撮り、後部ディスプレーで執拗確認する。
別な兵士が、今風のトランシーバーでどこかに連絡を入れていた。
『一体ここはどこなんだ? なんで旧軍がデジタル機器を持っているんだ?』
彼の視界がどこかの密林から自宅の部屋に変わった。
曾祖父も若い軍服姿でなく、昨年見た生前の姿に戻っていた。
『曾祖父ちゃん?』
『あれはな、ガダルカナル島だ。曾祖父ちゃんたちはあそこで戦っていたんだ』
『でもおかしい。なんで戦時中にデジカメとかトランシーバーがあるんだ?
しかもデジカメは、今、買える物よりさらに未来の機種じゃないか!』
曾祖父はクックックックと声を殺して笑った。
『なんでと言われても、あったもんはあったんじゃ。
あのカメラには、アメリカ軍の偵察写真の他に、
戦友たちの写真もいっぱい入っていたんじゃなあ。
結局電池が切れて、もう一回見ることは出来なかった。
戦後の作った会社に持っていったけど、こんな機械は知らないし、
作ることも出来ない、なんて言われたもんだ』
それはそうだろう。
2010年のメーカーですら「今の技術よりも進んでいる」と言っていたくらいだ。
『曾祖父ちゃんたちの戦友の写真なんて、見てもつまらんだろ。
曾祖父ちゃんがあの世に持っていくからな』
そう言って、またクックックックと笑って消えた。
翌朝、夢か現か分からない中、カメラを置いた机の中を探した。
カメラはそこに存在した。
「あれ? 曾祖父ちゃんのメモリーカードどこ行った?」
それは彼の前から消えて、そのまま二度と出て来ることはなかった。
これで本編で使った伏線は全部回収しましたかね?
とりあえず、本編でデジカメ持ち帰った兵士ですが、
メモリーカードの記録は終戦時まで持たないと思います。
奇跡を起こして「あっちの世界」の平成まで残すことも考えましたが、
無機物に奇跡を適用するより、人間のオカルトの方で回収しました……。
次回の更新とあとがきで、番外編も終わりにします。




