其の肆:マーケティングリサーチ・オブ・ガダルカナル
ある晩1942年のガダルカナル島と、とあるコンビニエンスストア前の洞窟が繋がってしまった……。
この洞窟は通称「門」と呼ばれ、そこを通過するにはいくつかの条件があった。
・過去から現代には移動できるが、現代から過去には、来た者以外は移動できない。
・同時に「門」を通って現代にいられるのは生死を問わず最大3人まで。
・1人が持ち帰る事の出来る物資は、現代の金額で2000円程度までで、3人分まで。
・武器は基本的に移動させられない。
・歴史を変えかねない「情報」は記録媒体ごと移動させられない。
・この「門」は人為的に開けられたようで、上記制限は探せば抜け道が存在する。
1942年のガダルカナル島につながる洞窟「門」、その前にあるコンビニを含む地域を管理する、
某コンビニチェーン店の統括部長は、報告を眺めていた。
「やっぱり、左右に開いてパリっとした海苔を出して、包むタイプのお握りは不評か……」
11月上旬、その「門」を通って多くの日本兵が買い物をしに来る。
利益は度外視。国が補填してくれるからね。
ただ、消費動向と苦情は届けられる。
「おかか」「梅干し」「焼鮭」「昆布」の文字に釣られ、日本兵は買っていく。
「明太子」「ツナマヨ」は敬遠されたようだ。
「明太子」は売れないが、「焼きタラコ」だと売れるのはどういうことだろう?
これ、九州の方の部隊なら結果は違うのだろうか?
同じように「筋子」は売れるが「イクラ」だと売れない。
しかし、買って行った先で
「これはどう開く?」
「ここを前に引く……、破けたぞ。海苔が割れた!」
「ここからどうしたらいいんだ?」
「左右に開く? 落としたぞ」
「もったいない、拾え、拾え! 土がついてても食える!」
「しかし、面倒臭いなあ。こんな袋に入れるな!」
とクレームになっているそうだ。
……まあ、とっても特殊な顧客なので、そのクレームはマーケティング上、あまり役に立ちません。
パリパリの海苔で後から包まず、最初から巻かれているもの、海苔の無いものだと…
赤飯はよく売れている。
おこわもよく売れている。
ゴマ鮭もよく売れている。
塩むすびもよく売れている。
ここが四天王というとこだ。
玄米やもち麦の混ざったものは、他に無かったら買っていくが、他があった時は売れない。
チーズとかマヨネーズとかが入ると、ゲテモノ扱いされる。
オムレツ、ベーコン、ソーセージ、カレー、唐揚げ等も敬遠される。
単品なら美味い美味いとイートインで食べていくが、おにぎりという形だと不気味らしい。
…10月に「門」が開いた時は、日本兵は何でも有難がって食べていたが、
「選択肢がある」「何を選んでも怒られない」と知った後は、結構好みが出て来てる。
ただ、「門」には「1人が持ち込めるのは最大2000円」という、訳分からない制限がある。
海苔が最初から巻いてあるもの、海苔無しのおにぎりは大概ビニール包みとなっていて、
パリパリ海苔タイプより30~50円程高いのだ。
単価が上がると、個数を持ち込めなくなる。
「門」のこっちに来る兵は良いが、持ち帰る時は味より個数が命だ。
個数からいえば、塩むすびなんてのは98円とかだから大量に持ち帰られるが、
山奥の1コンビニに、600個も塩むすびだけの在庫は無い!
他の100円前後のパリパリ海苔型おにぎりも買っていってくれた方が良い。
統括部長は考えて、その店への割り当てを変えてみた。
まず「小さなおにぎり3個入り」のような、コストパフォーマンスの良い商品を増やした。
聞けば、本来大食いの兵士たちだが、短くて1ヶ月、長いとそれ以上の飢餓に遭った為、
おにぎりは割って、何人かで分けて食べているそうだ。
戦友に分けるということの他に、胃が小さくなってしまって、急に食べると逆に吐いたりする。
それゆえに1個を分け合っているということだ。
だったら、最初から小さいのを3個とかにしたら効率が良いだろう。
これは当たった。
だが、これだけ増やしたわけでもない。
最初から賞味期限まであとわずかな、袋詰め型おにぎりを他店舗から回してもらった。
そして深夜、値引きシールを貼って値下げを行う。
何故か「門」は、正規の値引きならその金額を認める。
一体どうやって値引き基準を調べたのやら。
とにかく、単価を下げた「海苔を後から巻かなくて良い」おにぎりが多数持ち帰られる。
そして、最後にやはり「パリパリ海苔」タイプのおにぎり。
これには「情に訴える」手法を採った。
売り場のところに
「宮城県の米農家さんが丹精込めて作ったお米です」
「福島のおいしい水で育てたお米で握っています」
「新潟県の米農家さんが作った美味しいお米です」
「負けるな!東北!」
というポップを置かせた。
聞けば、今来ているのは宮城・福島・新潟出身の兵士たちらしい。
さらに彼等が子供の頃は、農業恐慌というのが起こり、米農家の没落していく様を見ていた。
兵士の中には、口減らしの為に軍隊に入った農家の次男、三男もいたという。
そんな彼等が、農家さんが頑張りました的ポップを見たら、しばらく黙っていたという。
中には目に涙を浮かべている兵士もいたそうだ。
その後、多少ゲテモノ的な企画おにぎりも買っていくようになった。
統括部長は、その他の消費動向も調べてみた。
意外なことに、イートインで食べていける弁当では、兵士は冒険している。
「トンカツ、ガツ盛り!」とか
「インド風バターカレー(上下別盛り)」とか
「和牛ステーキ弁当」とか、よく買っていく。
聞くと、戦前は結構洋食が食べられていたとかで、田舎にいた彼等も
『いつか食べてみたいものだ』
と思っていたそうだ。
ライスカレーは陸軍に入ってから食べたそうだが、他の洋食は
「初めてのものも多い」
と言っている。
…それら、洋食っぽいけど若干違うものだがね…。
何より「上官が居ないので、好きに食えるのが嬉しいです。内緒でお願いします」だそうだ。
洋食と言えばパンだが、この売れ筋は個数重視だった。
アンパン小粒5個入り、クリームパン小粒5個入り、スティックパン5本入りなど100円以内で
何本も入ったものが人気であった。
「門」から少し離れた場所にいる部隊に届けられるそうだ。
「甘いもん食って戦が出来るか!」と怒る士官もいたそうだが、
甘い物は少量でもカロリーが高く、脳への栄養となると現代の自衛官や医官を通じて説得され、
今では好みになった人もいるそうだ。
食パンも、ふんわりやわらかではなく、8枚切りが売れている。
聞くと、8枚切りをさらに4等分する為、1斤買うと32人が食にありつける。
なので、2000円に微妙に届かない時、スライスしたハムも買っていく。
それもまた32人に分けられ、簡易サンドウィッチとして「ご馳走」になるそうだ。
パンの付け合わせだが、やはり100円未満のジャムが売れる。
だが食べ方は特殊だ。
ジャムだけ何人もで食べたりするそうだ。
正しくは、病院に送られ、食欲の無い病人の口にひと掬いずつ運んで舐めさせ、
高カロリーの栄養補給としているそうだ。
何でも揃うコンビニエンスストアとしてプライドに関わるものもあった。
「なんでここではカレー粉を売っていないのか!?」
と文句を言われたそうだ。
カレーと言えばレトルト、多少需要があるのがルーブロック。
だが陸軍は缶に入った「カレー粉」、パウダーがどうしても欲しいそうだ。
なんでも、適当な草を刈り、トカゲを捕まえて煮込むと、臭い。
だがカレーにして食べると、その臭いは抑えられるそうだ。
トカゲを焼いて食べる時も、カレー粉があると臭みが取れて良い。
米があるならライスカレーで食べても良い。
だから「粉が無いのは問題だ!」とのこと。
何でも揃うコンビニエンスストアの沽券にかけて、その店に卸してやろうぞ!
「袋詰めの粉? なんで??」
なんでと言われても、流通経路の問題で……。
「うちの上官は『カレー粉ならC&Bに限る』と言ってます」
「C&Bってイギリスのじゃないですか。国産のにしなさいよ」
「『イギリスは敵国だが、ライスカレーだけは譲れん、敵国認定を外す』と無茶言ってます」
とりあえず、そういう士官の要望まではかなえられないものの、カレー粉は出した。
カレー粉が品切れの時は、カレールーのブロックを買っていく。
この好みは、甘口が多いようだ。
辛いのは「馬鹿になる」と言って好まれない。
ライスカレーで食べる日は、小麦粉も一緒に買われる為、よく分かった。
何でも揃うコンビニエンスストアだが、乾パンとかは普段は売っていない。
だが、それに代わる保存食、バランス栄養食は多数ある!
それを買わせていく。
これの評価は、実はまだ聞けていない。
保存食を食べる程、近場の部隊は追い詰めれていないようだ。
そうなるような補給をしてるのだから、嬉しい限りだ。
この「門」より遠いとこにいる部隊、野営していたりするが、そこに届ける為に
筒の中に大量に入ったポテトチップスや、角砂糖の袋、豆チョコが大量に入った袋が買われる。
保存が利く、遠くまで運べる、1箱1袋の中に大量に入っている為、
とりあえずの食事としては役に立つそうだ。
そういう部隊には、やはり100円前後の2リットルの水がペットボトルで運ばれる。
皆で回し飲みをして、水分補給をする。
ここで医官の薦めがあり、白い角砂糖ではなく、茶色い、糖蜜の入った角砂糖に代わり、
水にもスポーツ飲料の粉末が溶かされて、吸収をよくしてから輸送されるようになった。
粉末スープは主に野戦病院からの購入依頼だ。
コンソメではなく、ポタージュ系の濃厚なスープ。
重湯代わりに、やはり病人食として出されているとのことだった。
卵(ゆで卵、温泉卵、生卵限らず)を買っていく時もある。
病院は他にも、レトルトのお粥や、食用ではないが氷をよく買い出しに要求する。
統括部長はこれらの上がって来た情報を、誰にも言えずに自分で整理していた。
これから3ヶ月ばかり、どのような商品が買われるか、先読みしておきたかったからだ。
だが、この情報は彼等コンビニの方で役立てられなかった。
数日後、現代世界への脱走兵が現れ、事件解決後に「基本的な食糧と水、医薬品」の補給は
自衛隊の方で準備して、「門」前の区域から出ずに支給されることになったからだ。
統括部長がまとめた「今後予想される物品リスト」は、防衛省が活かすことになるのだった。
随分前の話、コンビニおにぎりの開け方をリアルに知らないご老人がいました。
その奥さんの方は慣れてましたが、旦那さんの方は偉い人だったようで
コンビニおにぎりとかほとんど食べず、
「あなたはこういうとこで世間とずれてる」とか奥さんから言われてました。
それを思い出し、昭和の軍人だと面倒臭い開け方より、パッと食べたいだろうなと思いました。




