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其の壱:岡村徳長少佐と「門」

ある晩1942年のガダルカナル島と、とあるコンビニエンスストア前の洞窟が繋がってしまった……。

この洞窟は通称「門」と呼ばれ、そこを通過するにはいくつかの条件があった。

・過去から現代には移動できるが、現代から過去には、来た者以外は移動できない。

・同時に「門」を通って現代にいられるのは生死を問わず最大3人まで。

・1人が持ち帰る事の出来る物資は、現代の金額で2000円程度までで、3人分まで。

・武器は基本的に移動させられない。

・歴史を変えかねない「情報」は記録媒体ごと移動させられない。

・この「門」は人為的に開けられたようで、上記制限は探せば抜け道が存在する。

1942年12月中旬 ガダルカナル島:

「あれは、何だ??」

大日本帝国海軍少佐岡村徳長は、頭上を飛行する小型飛行機を見て驚愕した。

彼は元々飛行機が好きであり、弟も戦闘機パイロット、妹は艦爆乗りの妻と周囲も航空づいていた。

岡村本人は開戦前、中島飛行機に入社し、すぐに退職して富士航空という会社を設立していた。

それ程航空好きな彼であったが、頭上の機体は初めて見るものであった。

初めてとは、その機体の概念そのものもである。

気球、飛行船、飛行機、オートジャイロ、その中から言ったらオートジャイロに似ている。

だが大きさは人が乗れるどころか、小鳥が停まっても墜落しそうな小ささであった。

浮いているわけでなく、飛行し、どこかに帰っていった。

「あれは何か、知っている者はおるか?」

海軍の戦友に聞いてみるも、知らないという返答であった。

では陸軍である。

岡村は豪放磊落な人物であり、陸海軍の隔てはない。

近くの陸軍兵陣地に足を運んで聞いてみることにした。


「おい、バナナは要らないか?」

岡村は腐っているが、まだ食えるバナナを手土産にやって来た。

「そんなもの要りませんぜ」

陸軍兵は迷惑そうに返す。

岡村が見ると、この陣地は随分と物資が豊富にあった。

外観こそ丸太で柱を作り、その上に草をかぶせた屋根を置き、壁代わりに土嚢を置くも

その土嚢も胸までの高さまでしかない、極めて粗末なものだった。

しかし、中に入ると蚊帳が何個も吊るしてあり、岡村が見ている時に兵士がスプレーで薬を撒いた。

人のいる場所には素材不明の敷物(ビニールシート)があり、天井から吊るされた紐に

小型扇風機が巻き付けられていて、それが空気が籠らないようにしていた。

(ああ、なるほど、土嚢を高く積まないのは風通しの為か……)

そう思うが、ふと気が付く。

(なんだ? この陣地は?)


「随分とここには物が豊富にあるなあ」

そう聞くと、意外な事に

「この上の山地の陣地はもっと凄いぞ。補給基地の近くだからな。

 俺たちは、一回上って、物を持って下りて来るから、あまり多くは無いのだ」

「補給基地だって?」

「ああ。海軍さんは知らされてないのか?」

「初めて聞いたよ」

一体いつ出来たのだ?

ガ島を駆け回って人を探し、陣地を作ったり戦ったりしていた岡村は、

(補給基地があるなら、こっちも教えてくれよ)

と心底から思った。

「では、そこに行って来たい。ここから……」

そう言いかけた時、スコールがやって来た。

「まあまあ海軍さん、雨が止むまでここにいなよ。

 折角バナナなんか持って来てくれたんだし、こっちもご馳走するよ。

 ま、大した量は無いんだがな(笑)」

土間の奥の方で煮炊きしていた。

煙は草ぶきの屋根で薄められて、外に出る時はほとんど分からないようになっている。

その分、雨漏りも割とあるのだが、野営より余程マシである。

敷物をしている生活空間の外側には溝が掘ってあり、そこに雨水は流れ込む。

所々、大きく深い穴になっていて、そこは

「たまに来る野鼠用の罠も兼ねてるんだ」

と説明された。


「飯が出来たぞ~」

「え? 随分早いな?」

「志那蕎麦を干したヤツだ。お湯で戻すと3分で食えるし、味もある」

炊事当番が指さした先には、「5食152円」と書かれた、調理写真が描かれた袋が何個もあった。

「152円だと? 随分な値段だなぁ…」

「あ、値段は気にすんなって上から言われてます。

 15銭2厘だと思え、だそうでね」

大きな鍋で、5食分×2を一気に茹で上げ、ここにいる約40人で分けて食べる。

飯盒の上蓋に麺を分け、汁を浸す。

随分と味が濃いな、と岡村は思ったが、さっきまで作業をしたから今日は濃いめにしたそうだ。

労働が少ない日は、湯を多めにして、どちらかと言うと汁で腹を満たすという。

そんな飯を同じ鍋で食いながら、雑談をし、やがて彼等はぞんざいな口を利いていた

この海軍軍人が「少佐」という上官である事が分かり、言葉遣いを改めた。

贅沢とは言えない食生活だが、

「腐ったもの食って、腹を壊さないよう命令されてるんで、本当に悪いんですが

 そのバナナは要らないんですよ」

そう言われた。

岡村も、こんな飯が食えるのなら、腐ったものに手を出す必要もねえな、と感じた。


雨が上がり、熱帯の島に虹がかかる。

「海軍さん、着いて来て下さい。案内します」

そして獣道と林道の中間よりは獣道寄りの道を歩く事1時間、

野戦病院にしている建物に到着した。

「帰りは分かりますか? 自分は浄水剤貰ったら戻ります。

 長くならないようでしたら待ってますがね」

「いや、先に帰ってもらって結構です。ありがとうございました、助かりましたよ」

岡村は挨拶し、病院に入った。

(外は草木模様の迷彩の布をかけて日よけを作り、建物も草木をかぶせて偽装している)

(だが、中は高床式になっていて、下足箱もあって随分清潔)

(水筒がいくつも並び、綺麗な水がそのどれにも並々と入っている)

(どうやら、俺がこの場にあっては一番不潔なようだ)

衛生兵は入室を許さず、何の用かを尋ねた。

「補給基地があると聞いた。この病院を見て、どうやら真実のようだと確信した。

 そこに行きたい。海軍設営隊に補給基地の存在を知らせてくれなかったのは、

 もう今更どうでも良いが、今後は海軍陸軍隔てなく使わせて欲しい。

 それで、その補給基地を見に来たってとこだ」

衛生兵は病院の外に出て指をさし

「あそこに連隊司令部がありますから、そこで交渉して下さい」

と言って岡村を追い出した。

5分も歩かぬうちに、連隊司令部とやらに着いた。

アンテナと、控えめながら旭日の連隊旗掲揚で、すぐに分かった。

ここはさらに立派な「内装」であった。

外はどう見ても原住民の家屋なのだが、蚊帳が吊るされ、扇風機があり、通信機があった。

(あれは何だ?)

窓辺に何枚も、黒い板が並べられ、そこからは電線が機械に繋がっていた。


「海軍設営隊の岡村少佐。よくぞ参られた」

敬礼を交わし、まずは時候の挨拶をした。

「あれは何なのです?」

窓辺の黒い板について聞いてみた。

「あれは発電機らしい」

「発電機? 分かりませんな。どうやって?」

「何でも、太陽光を使って無限に電気を作り出すようだ。

 ただ、反射するので、偵察機に発見される可能性があり、ああやって室内に置いているそうだ」

「失礼ですが、連隊長はあまりよくご存じでないようですな」

「左様。我が連隊も数日前にこの陣地に移って来た。

 少佐も知っての通り、この辺りは謎の補給基地の近くで、飲食と医療には事欠かない。

 疲弊し、半減……いや戦力としては4分の1になった我が連隊だが、

 ここに来る事が出来て、文字通り生き返ったというわけだ」

真新しいタバコを吸いながら連隊長が言った。

『知っての通り』に対し『知らねーよ』と言いかけた岡村だったが、

引っ掛かったのは補給基地の前についた『謎の』という言葉だった。

「失礼ですが、『謎の』補給基地とは、謎のとはどういう事ですか?

 あいにくですが、海軍までは連絡が来ておりませんで、我々は先程知ったばかりです」

「そうか……」

連隊長はしばし沈黙し、灰皿でタバコの火を消すと、

「何から話せば良いやら…。出鱈目言ってるわけではないから、そのまま聞いて欲しい」

そう前置きし、補給基地の話を始めた。

曰く、洞窟を通った向こう側に存在するが、向こう側は戦場とは思えない程安全である。

曰く、何故か士官以上の者は行く事が出来ず、専ら兵士・下士官が物資を受領している。

曰く、早朝3時から5時までの間しか往来出来ず、その開通時間も時々前後にずれる。

曰く、同時にその基地に行くことが出来るのは3人までである。

曰く、1人あたり2円(実際には2000円)以上の物資を持ち帰る事が出来ない。

曰く、その基地では何でも手に入る。それは帝都にすら存在しない物もある。


確かに「出鱈目言っている」と思いたくなる、「なんで洞窟にそんな制限があるんだ?」という

謎な話で、本当なら「謎の基地」と言うのも分かる。

岡村はずっと気になっていた事がある。

麓の野戦陣地、先ほどの病院、そしてここ司令部、全てに扇風機が置いてあるが、

一様に小さく玩具のような作りである。

もっとも、羽の形が随分と違い、風を送る効率は相当に良いようだ。

「そこの補給基地には、この型の扇風機しか無いのでしょうか?」

それに対し、同時に基地に行ける人数3人のうち、1人は死骸で代替出来る為、

死骸の腹に詰めて「例外」を持ち出せる、しかし代わって大きさに制限が出来る、

そういう答えだった。

岡村は何だか分からなかったが、それでも海軍にも使わせて欲しいことに変わりはなかった。

連隊長は

「ここに無線がありますから、第17軍司令部に掛け合って下さい。

 あ、盗聴の事は心配しなくて大丈夫ですよ、……大丈夫らしいです、この機械は。

 大丈夫じゃないのは、順番でしょうね」

「順番とは?」

「この一帯に配置換えになるのは、順番待ちなんですよ。

 そして、十分に快復したなら、いや快復してなくても5日もしたら明け渡し、

 少し離れたとこに移動して任務にあたる事になります。

 そこそこ近くなので、食事と水の補給は出来ますが、ここに居る時よりは

 回数も減らされるし、保存食中心の補給となります。

 それでも、陸軍1万将兵のほぼ全てが、千人前後しか収容できないこの一帯、

 そうでないとしても徒歩1時間圏内の陣地への配置換えを望んでおります。

 海軍さんが申し込んでも、随分先になると思いますよ」

なるほど、こんな快適な陣地と飢えずに済み、泥水を飲まずに済むなら、

誰だってここに来たいだろう。

だとしても、このガ島戦開戦以来戦い続けている海軍設営隊にも、

僅かで良いから物資を分けて貰えたなら…。

岡村は無線を借り、第17軍司令部と掛け合った。

順番は確保出来なかった。

今からだと2月中旬から下旬になるそうだが、その時期にはどうも、

何らかの作戦があるようで「おそらくそこに居ない」そうだ。

だが、物資を分けて貰えることには同意を得た。

向こうも、指揮系統が異なるとは言え、海軍に黙っていた負い目があったようで、

『貴様らがその基地近くに来たならば、出来るだけ便宜を図ろう』

という回答を得た。


その晩、岡村は『部下は心配しているだろうな…』と思いつつも、

連隊司令部の一角に泊めてもらい、補給基地への開通時間が近づくと、

連隊司令部付の士官とともに洞窟に向かった。

そこには多くの日本兵が待機し、3人ずつ洞窟の中に入り、

数分で行く時より重みが感じられる水筒を何本もぶら下げ、

「食った食った、ご馳走さん!」とか言いながら帰って来ていた。

司令部付の士官が、兵士に何か頼み事をしていた。

兵士は嫌そうな表情だったが、上官には逆らえないようで、承諾していた。

「岡村少佐殿、握り飯は10個、水は2本確保しました」

陸軍士官は、彼等の言い方通り「殿」をつけて上官を呼んだ。

海軍士官の岡村は、海軍式の脇を締めた敬礼を返し、礼を言った。

その後、ひと通り陸軍がやった「門」の通過法を色々試し、

「確かにこれは、意味不明な『謎の』代物だ」

と納得した。


朝日が昇り、道が見えるようになった為、岡村は司令部付士官に礼を言い、

真っすぐに自分を待っている部下の元に走った。

彼が部下たちの元に戻ったのは、午前8時前になった。

「少佐、無事でしたか。一向に戻らんので、心配しておりました」

「すまんすまん。色々とあったものでな。これは土産だ」

「握り飯ですか? 一体どこにこんな銀シャリの飯があったのですか?」

「それと水だ。水はコップに移して、皆で飲めよ」

「この水筒は一体何ですか? ペコペコ、押すと潰れますが、それでいて破けない」

「気にするな。飲め飲め。俺も陸軍さんとこに行って、色々驚かされた。

 それに比べりゃ、その水筒も銀シャリもどうって事はない。

 あと、欲しい奴3人先着で、タバコもくれてやるぞ」

「いただきます!」

空腹だった彼等は、握り飯1個を半分に分け、多くは食べないようにした。

胃が縮んでいた為、半分の握り飯で十分満腹になった。

その時彼と共に行動していた20人の食事が終わった。

「なんか申し訳ないですね。俺たちの他にも、腹を空かせている設営隊の者は、

 まだ百名以上おるので、奴らにも食わせてやりたいものです」

「安心しろ。補給の目途は立った。これからは、満腹とまでは言わないが、

 飢えない程度に飯を確保出来る。

 あ、腐ったバナナやココナツ、野鼠やトカゲじゃないから安心しろよ。

 陸軍じゃ、そういう腹を壊す食い物は禁止になったそうだ。

 全く、どうなってんだかな」

「ところで少佐、あれは何か分かったのですか?」

「あれ?」

「ほら、昨日我々の上空を飛んでいた小型機です。

 少佐はそれが何なのか調べに行ったのでしょう?」

「あっ……、忘れてたわ。それどころじゃなかったからな。

 良い。また陸軍を尋ねる用事が出来た。

 次は、そうだな、ここにいる全員俺の供をしろよ。

 お前は…士官だからダメか、お前も少尉…ダメだな…。

 他の18人の下士官・兵士諸君には、もっと美味いもの食わせてやろう!」


岡村徳長少佐が無人小型偵察機こと「ドローン」を知るのは、結局年が明けてからになる。

飛行機好きの彼であったが、触れている時間が短かったのと、

「到底この時代の技術で作れる代物じゃないな」

と航空好きだけに分かってしまい、戦後それを再現しようとはしなかったという。

最初は「コンビニ・ガダルカナル」を思いついた時、この番外編みたいな1話完結型の

短編でずっとやって行こうかと思ってました。

2作、先に書いていたのはぶっちゃけ練習用で、本格的なのは今回が初めてだったので、

ズルズル続ける形だとエタる可能性があったので、一個の形を作る為にもストーリー型にしました。

一旦書き終わってストーリーとして終了した後なら、短編ちょこちょこ投下しても良いかな。

そんな感じのガダルカナル生活記なり、ネタなりを書いていこうと思います。

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