(最終話)あちら側の世界:「門」に関わった者たちのその後
「門」のあちら側の世界 2011年 福島県磐梯山
猪苗代湖を見下ろすこの位置は、見晴らしが良いだけで、別に何かあるわけではない。
そこに十年程前から、老人が毎日上って来て、岩に向かって拝んでいた。
「なあ平井よぉ。おめえは以前脱走した時、
『日本に帰って、生きている間にこの景色を見られますかね?』
『俺が爺様になって死ぬ頃でも、この景色は見られねえんじゃねえか』
なんて言ってたよなぁ。
なんの事ぁねえ、見られたぞ。
俺ぁ生きてガ島から撤退し、日本さ帰って来たぞ。
日本は戦争さ負けちまったけど、その後どんどん発展していって、
おめえとあの日見た景色にどんどん近づいて来てんだぞ」
老人はかつて「門」を潜って日本世界に脱走した平井一等兵を射殺した山崎軍曹、
退役した時に一階級昇進し曹長となった人物だった。
「おめえはその岩に座って、散々悪態ついてたなぁ。
俺ぁ、おめえを殺した事を悪いと思わねえぞ。
おめえは間違ってた。
生きて、生きて、生きていればやはりこの景色は見られたんだ」
彼は2011年3月に起きた大地震からも生き抜いていた。
タバコに火を点け、一服した後で岩を撫でながら言った。
「また来っからな。
言いてえ事あんなら化けて出て来い。
またはあの洞窟通って、本物が来てもいいぞ。
それとも、俺がそっつぁ行くまで待ってるか?」
山を下りながら手を振った。
「また会おうな」
山崎老人は、その足で会津若松市内の里見医院を訪ねた。
ここはガダルカナルを共に生き抜いた里見衛生兵が、戦後に開業した病院であった。
戦後に大学に改めて入学し、医師免許を取得してこの地に病院を建てた。
代替わりして息子は院長を務め、さらに孫も医者となり、ひ孫に英才教育をしていた。
だが、たまに戦友が訪ねて来ると、引退した老先生が別室で応対する。
「やあ、山崎さん、相変わらずお若くいらっしゃる」
「ははは、貴様も老け込んではいないようだな」
「血圧を調べましょう。私はにはそれしかもう残ってませんから」
里見衛生兵は、「門」を通じて高血圧で倒れた百武中将と関わり、
「門」の反対側の世界の医療技術や検査機器に触れた経験を活かし、
医師免許取得後はいち早く高血圧と循環器系疾患、脳疾患を事前に防ぐ医療を始めた。
老人性の高血圧や血管の劣化を診断し、治療して来た。
時代的にもこの分野の早期、草分け的存在であった為、アメリカからも招待されたりした。
だが、名誉的な事には一切応じず、ただ治療データを渡したり、裏方で協力したりした。
…その背後には、ガ島脱出時に未来世界から禁じられたヒロポンを投与した事があった。
戦後、ヒロポンの害が大っぴらになり、彼は未来世界から言われた事を思い出し、悔いた。
それもあってひたすら医療に専念し、いつしか名医扱いされたが、
彼は大学病院に出向く事はあってもそこの教授等の地位を望まず、
外国から治療や相談で招かれても、勲章や名誉職授与は一切断って来た。
だからと言って暗く生きてはいない。
こうして戦友たちとたまに会い、生存を喜び合っていた。
「じゃあな、また会おう」
2人の老人はそう言って別れた。
ガダルカナル島の戦いを「門」の加護によって生き延びた中の何人かは、
こうして21世紀の扉を通り抜けていた。
平成が終わるまでに、何十人かが亡くなり、何十人かはそこも潜り抜けた。
だが、中にはガダルカナル島から生還したが、無事に21世紀を迎えるどころか、
波乱の昭和で消え去った者もいた。
最後にその男の末路を紹介する。
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時は遡り、「門」のあちら側の世界 1962年 ラオス北部ジャール平原:
「ちくしょう! こんなとこで死んでられるか!」
一人の僧衣姿の男が何者かに追われ、逃げていた。
「吾輩は、生きて生きて生きて、良い景色を見てやるのだ!」
男の名は辻政信、日本国参議院議員であった。
「東南アジア視察に行く」と言って北ベトナムに向かった後消息を断ち、
何故かラオスに向かったことが確認されていた。
彼は危険人物としてマークされていた。
彼自身の法螺から、「異世界に通じる『門』について何か知っている」と見られ、
様々な勢力からその身柄を狙われていた。
彼は、その異常な生存本能から危険を察知し、僧衣に変装して逃げた。
逃げて、逃げて、逃げて、いつしか位置も知らぬ所に来た。
「む?」
辻は既視感を感じた。
「吾輩はこの洞窟の感じに覚えがある。そうだ、以前ガダルカナル島で見た」
だがその時、彼は洞窟を通り抜けて、反対側の世界には行けなかった。
背後から彼を追いかける声が聞こえて来る。
(ええい、ままよ)
彼はその洞窟に飛び込んだ。
(ここは、どこだ?)
辻政信は、先ほどまで居た東南アジアの熱く湿った空気とは違う、
冷たく乾いた空気と、白色光で照らされた空間に躍り出た。
周りにはガラスか何かが貼られ、その外側に人間がいた。
こちらを見て、何か騒いでいた。
そうか! ここがかつて「門」の向こうの日本人が言っていた、
「門」を開けた「何者か」の世界か!!
辻はそう悟った。
本当にガ島への門を開けた世界と同一かどうか、この多元世界では分からない。
だが、そんな事はどうでも良かった。
どうやらこの連中は、過去と未来、異なる場所同士を繋げる技術を持っている。
技術が進歩しようが、人間は人間だ、吾輩とそう大きく変わることは無い。
そして辻政信は叫んだ。
「我が名は辻政信。日本国の参議院議員であり、大日本帝国陸軍参謀大佐である!
吾輩は歴史の生き証人、否! 吾輩こそ歴史そのものなのだ!
聞きたいことがあれば何でも聞け。答えてやろう。
だが、君たちに問う。
君たちは日本人のようだが、先人を! 君たちの先祖を助けてみる気はないか?
そうだな、歴史を変えてはいけない、それくらい吾輩でも分かる。
だが、先祖が飢えておる、マラリア原虫に体内を食われておる、
デング熱に蝕まれておる、そんな過去があったのだぞ。
どうだ、せめて食糧や医薬品だけでも彼等に届けてやろうと、そうは思わないか?
その気があるなら、吾輩はいくらでも協力しよう!」
ガラスの向こう側の人間がざわついていた。
そうだ、悩め、悩め。人たるもの、そう大きくは変わらない。
そして時空であれ心であれ、小さな穴で良い。
そこに一度「門」を作ってしまえば、あとは勝手に動き出す。
面白いではないか! 吾輩はまた歴史をこの手で動かすのだ!
辻政信は全く変わっていなかった……。
「諸君! また会おう!」
(「ガ島門」編 完)
今まで感想ありがとうございました。
とりあえず、本編完結します。
読んで分かった通り、バッドエンド(笑)ですね。
辻ーンの末路は、史実と合わせて「門を通ってどっかに行ってしまう」と最初から決めてました。
消息不明なんて、小説的に実に面白い素材ですから。
さて、どこに飛ばしてやろうかと思ってたら、
未来に行ってまた独断専行しようとしてました(笑)。
まあ、おかげで続編書こうと思えば書けるし、ここで終えようと思ったら終えられる、
そんな形に持っていけました。
「水曜どうでしょう」方式と言いますか(笑)。
続編とは別に、明日から番外編を投下します。
何となくですが、番外編は10話くらいを目指してみます。




