こちら側の世界:日本国20XY年3月
俺の勤めるコンビニエンスストアの前に、かつて1942年のガダルカナル島に繋がる「門」が出来た。
「門」は現地時間の1943年2月1日まで存在したが、そこで急に消滅した。
「門」を使って様々な実験が行われ、作戦が実行され、多くの人が行き交った。
俺はそれに巻き込まれた、だがちょっとは有意義な時間だったように思う。
その巻き込まれた俺の勤めるコンビニには、多くの協力費が支払われ、今後も様々な入金がある。
いきなり「山奥の寂れた、年数回のかき入れ時で暮らせるコンビニ」が大金を得ると、
税金やら税務調査やらで面倒臭いことになる。
統括部長が税理士を連れて、うちのコンビニまでやって来た。
毎月の振り込みであった協力費は、駐車場の使用やネット回線の使用費という事で、
税金の対象ではあるが、それは本部の方で請け負ってくれるようだ。
その後の各種「作戦」で使用した色んな経費は、一旦本部に振り込まれ、
本部の方で税金対策してから毎月一定額ずつ、累進課税で一気に取られないように入金される。
その辺が決まって、ハンコ押して税理士が帰ってから、「門」問題の後始末を聞いた。
「門」で武器を送った事はやはり大きな問題となった。
ボフォース40mm機関砲は、L60という型とL70という型があり、
大戦中のL60を無理して調達したせいで、足がついてしまった。
また、予備で各地の資料館から7.7mm機関銃を運び出した事も疑惑の種となった。
さらにマスコミの調査で、多くの人間にコスプレをさせ、日本兵みたいな
コスプレをさせた者と会わせる映画撮影とかがあった事も判明した。
『戦前の大日本帝国への回帰か?』
という事で、疑惑にメスが入ろうとした。
だが、ここでマスコミと、その支援を受けた野党は間違いを犯した。
情報不足、準備不足のまま、拙速に政権批判から始めてしまった。
よくよく調べると、官僚や財界人が絡んだ大がかりな疑惑で、
しかも「1個の軍隊を整備できる武器弾薬が帳簿を誤魔化し、違法に準備されていた」為、
じっくり攻めれば防衛省や警察庁などを追い詰め、官から政府の監督責任を問えた筈だった。
帳簿を誤魔化した、それにハンコを押した、それを見過ごしていた、
攻め口はいくらでもあった筈だった。
だが調べも不十分なまま、パフォーマンスに走って「総理が!」としたのが失敗だった。
総理は上手くこの件にタッチしない、気づかれても「声をかけた」程度で済むよう、
組織立ち上げの前から布石していたのだ。
そこを無理して突っついた為、証拠らしい証拠も出ず、いつものグダグダが始まった。
しかし、そこに唐突に証拠が現れた。
『総理大臣が勝手に自衛隊を動かし、某洞窟を爆破した。ここに命令書類がある』
というものだった。
日時が墨塗りされた怪文書を元に野党は攻めたが、与党はそれに覚えが全く無かった。
やがてその怪文書の元書類が見つかり、「2011年8月12日」のもので
「その時期、総理は選挙で負けて野党だったろ」
「その時期の総理は、今の野党からだったろ」
となって、攻守逆転してしまった。
「総理を証人喚問!」とか騒いだが裏目に出て、「元総理を証人喚問」となり、
与党の賛成多数で可決された(笑)。
「元総理」も、流石に公の場で本当の事は言えなかった。
言えば「正気じゃない、妄想と現実の区別がついていない」として政治家生命は断たれる。
そして証人喚問を要求したのは野党だった為、質問も何とも生ぬるい。
「おいおい、与党攻める時はあんなに勇ましいのに、身内には何だよ、これは」
と世論は野党不利になった。
それでもマスコミは、この件での総理の関与について調べまくった。
そして出て来たのは、野党の引退した「ハト派、反米反中の引退した議員」であり、
そこから総理に追及の手が伸びず、尻すぼみとなった。
国民は野党の自爆に飽き飽きし、確定申告〆切までの1ヶ月半の間に
「まだその話してるの? 野党がやらかしただけじゃないか」
という反応になってしまった。
マスコミ、野党とは別に検察は色々動いてはいるが、記事にはならない。
ここまでは俺もニュースで知っていた。
統括部長が持って来た情報は、もっと詳しく、関係者ならではのものだった。
まず、防衛省の次官が辞表を提出し、装備調達関係者が依願退職となった。
警察でも警視庁のこの方面担当の人間がけん責と半年間の減俸処分になった。
兵器調達で企業側は、会長クラスが辞任して責任を取り、
「防衛関連の受注が減った為、技術と雇用の維持の為の水増し生産と不正備蓄」
でひと段落とする。
それ以外の官・民に影響は出なかった。
一方政府だが、先日野党の中でも話が分かる議員を集め、「門」の説明会が密かに行われた。
例の政治家先生も、元総理もその会に参加した。
4ヶ月もの間の記録、データがこれでもかって程存在し、このSFを受け容れざるを得なくなった。
人道支援として様々な支援物資や、脱出時に味方を守る為の最低限の武器送った結果、
歴史が自分たちへの流れから乖離し、破局した。
歴史は乖離しただけで、現代の世界には何も影響を与えていなかった。
ゆえに先人ではあるが、ある種「途上国への援助」のようなものである。
「政治家」として参加した議員は、納得は出来なかったが、行為について理解はした。
一方で、2011年に現代の都民を守る為に「門」を爆破した元総理も同情をされた。
あの時期に呑気に過去の支援とかしていられない。
それに比べたら、今回の独断専行は大いに問題ではあった。
だが、それに関連した政治家先生の発言、
「今回3度目の『門』が出来たのですが、4度目、5度目だってあると思います。
その時どうしたら良いのか、どうすれば良かったのか、与野党の枠を超えて
今から話し合っていただきたい。
僕はこのやり方しか出来なかった。
だって、この時代で戦争で死んだ筈の兄さんと会ったりしたら、誰だって無念に思うでしょう」
その発言で、与党の中で反発していた者も追及はしないことに決めた。
野党側は、かつての自党の議員のやった事で、迂闊に追及すると危険な事が分かり、
万が一自分が政権に居た時(別に野党が勝たずとも、離党や転属は政界の常)に
この「門」が出来たならどうするか、という事も考え、秘密の研究会参加を受け容れた。
検察もこの説明会に参加し、本当の事情と防衛省、警察庁からの資料提供を受け、
責任者としてある程度を起訴するに留め、
捜査は「必要十分な証拠を得た」為に打ち切られた。
マスコミからも一部招かれ、とても記事には出来ないものの、今後の取材許可を得て矛を収めた。
ここに呼ばれなかった活動家的議員や煽動型マスコミらがしばらく騒ぎ続ける事になる。
科学チームは大忙しだった。
得られたのは主に重力に関するデータ、物質の生成消滅に関するデータ、
自然界で存在が確認されないライスナー・ノルドシュトルム・ブラックホールの
特異点・事象の地平面・エルゴ領域・ペンローズ過程・消滅エネルギーについて等等。
各研究室に戻り、莫大なデータを解析し、再現可能かどうか検証していた。
これには「会議」に対し離脱を申し出た大学関係者たちも、協力というか
「自分たちにデータを渡せ! これが見たくて渋々参加してたんだ!」
という要望を出した。
この「欲」ゆえに、「門」についての秘密は決定的に守られることになる。
学者先生たちは、歴史を変える事に反対だったが、歴史を変える「門」を作る研究は
乗り気であり、データが得られた今、雑音に耳を貸している時間は無かった。
むしろ困ったのは、地球の反対側や、本来宇宙を見ている外国の宇宙放射線観測機が、
日本発のこのエネルギー奔流を捉えた為、
「日本で何が起きたのか?」
という問い合わせにどう答えるか、だった。
アメリカとロシアが何か掴んでる気配があるが、表立って何も聞いて来ないのは怖いとこだ。
分析だけでなく、現在の日本へのフィードバックも既に始まっている。
某研究所では、「門」の仕組みを活かした量子通信、量子テレポート通信を考え、
一部はもう成功したという。
半導体の先の「通す場合と通さない場合がある」「別な階層に情報が転送される」
タイプの新型回路が考案され、新しい概念のコンピュータが作られそうだという。
さらに加速器を使った新しい実験も行われる、その予算がついたということだ。
話は変わって、島村曹長らこの時代に取り残された3人の日本兵のその後である。
3人とも戸籍上は既に死人、史実ではガ島かその後のビルマ戦線で戦死していた。
死人が死なずに、この世界に転送して帰れなくなった。
そこで彼等に仮の戸籍を与えると共に、生家を探した。
1人は限界集落に、妹が1人生き残っていた。
戦死したとされるいまだ青年の兄と、年老いた妹は再会し、涙を流した。
そこはもう後継ぎがいない農家だった為、「妹の養子」という事に戸籍を改変し、
生家に戻る事になった。
もう1人も同じようなものだった。
農家で、弟の一家が継続していた。
密かに事情を伝えられたその一家と再会し、そこで暮らす事になった。
相続等で問題になりそうだったが、子世代、孫世代、ひ孫世代は農地を継ぐ気はなく、
むしろ相続税がかかる方が嫌だった為、国のはからいで
「農地はその兵士に、あとは子孫たちが相続し、相続税は特例で免除、むしろ恩給支給」
とした為、「大伯父さんは我が家の救いの神だ」と歓迎された。
もう故郷に帰って、宮仕えをする気が無い兵士階級の2人と違い、島村曹長は帰郷を拒み、
「可能ならば、この東京で職を与えて欲しい。出来れば知的な、かつてやりたくとも
出来なかった事をやってみたい。大学にも行ってみたい」
と言って来た。
協議の結果、防衛省の史料編纂室特別顧問という身分と、三等陸尉の階級が与えられた。
このまま昇進せずとも引退時には二等陸尉となり、恩給はその身分で出すとの事だが、
それはずっと先になる。
曹長改め島村三尉は史料を読み、纏めるだけが仕事では無かった。
戦争の生きた資料である為、近隣諸国の言ってくる歴史問題について、情報提供を行った。
なんせ、つい最近まで居た世界の話であり、説得力が違う。
この曹長は記憶力が良く、さらに視野が広い「軍人軍人してない人」だった為、
防衛省や政府は有り難がった。
「で、その島村三尉なんですが、今度結婚します」
「へ? この時代に来たばかりなのに?」
俺は間抜けな声を出してしまった。
「この時代の人ではない女性が居たのを覚えているでしょう?」
「あ! あの沖縄から『門』を通って逃げて来た女性ですか」
「そう。その人も政府から補助金で生活していました。
その女性から、独立して家庭を持ちたいという希望が出て、先日政府の関係者が
お見合い相手として、経歴を全部明かした上で島村三尉を紹介したら、
是非にお願いします、ということでした」
「え? その女性、それで問題無いのかな?」
「その女性、むしろ今の男性の方が嫌だそうです。耳が痛いですよねえ」
「耳っつーか、心の方が痛いっすよ」
「6月に例の政治家先生が媒酌人で、結婚式を挙げるそうですが、
君にも是非参加して欲しいと、三尉が言ってましたので」
「ま、断る必要も無いですね。行かせていただきます」
そして防衛省の研究部門にて。
広瀬二等陸佐はスタッフを集めて会議を開いた。
「諸君、知っての通りこのセクションは秘密の事案を扱う。
基本的に月に一度の会合になるだろう。
書類を読んで、次はどの時期のどこに『門』が開通するか、予想をして欲しい。
書類は室外持ち出し禁止とする」
そこには「門崩壊時の各種エネルギー」や「門の裏技的通過法」「プロファイリング結果」
「パケット通信との類似点」「過去の補給量と実績」
「マイクロブラックホールの制御方式」
「ホーキング輻射を利用した新兵器の可能性」
等の分厚い資料が積み上げられていた。
(続く)
感想ありがとうございます。
おかげさまで、ついに最終章突入しました。
他の章に比べ、エピソード紹介なんで4話で終わります。
最終話までよろしくお願いいたします。
あと、今まで散々「自衛隊はこんな無能じゃない。話の都合だろうけど、もっと設定しっかり」
と指摘されて来ましたが、この回の政治家の無能は、言われても直しません!
こんなもんです!
あと、こっちの世界のアメリカやその他がどこまで知ってたかは、あえて書きません。
ご想像にお任せします。
過去・現代・未来、歴史とSF、ガダルカナル近辺で留まっていた歴史のズレと、
開き直った事でガダルカナルの外まで波及した改変効果まで考えていて、
この辺で1人の頭脳ではいっぱいいっぱいです。
これ以上要素を増やすには、考証専のスタッフでも欲しいとこです。




