「破局(カタストロフ)」と「完遂(コンプリート)」
前に進むか、後ろに戻るか。それは一次元の運動である。
前後左右四方八方いずれに進むか。それは二次元の運動である。
それに上下を加えた移動が三次元の運動であるが、人は重力に逆らう方へは自由に進めない。
ゆえに人は三次元移動能力では一部不自由と言える。
三次元に時間を加えた概念が四次元と一般的に解釈される。
人は同じペースで時間を「先に」進むだけで、戻れないしペースを速めることもできない。
四次元という概念の中に存在するが、移動においてはその中全てを自由に行き来できない。
自由に過去に戻れるならば?
機械使用でもそれができたならば、人は四次元をモノにしたと言えよう。
では、過去に戻り過去を改ざんしたならば?
ある程度の範囲内ならば、その者が移動した時空点往復2点は固定され、
そこに至る経緯やペースが調整されるだけで大きく変化はしない。
しかし、そこに居る自分が、自分を産む筈の親を過去の世界で抹殺したならば?
どうやら自分が同時に2つ存在する事は出来ないようだ。
だが、自分が居ない世界で、自分の親は殺し得る。
するとその後の時間で「自分」は産まれない事になる。
自分は存在している、その自分を否定したら「自分によって抹殺される自分」という
出来事自体が発生しない。
しかし「自分が存在しなくなった世界」もまた真である。
ここに「平行世界」が生まれる。
しかし「平行世界」は何によって隔てられているのか、説明が出来ない。
「自分のいる世界」から「自分の居ない世界」はどう渡り歩くのか?
この2つの世界を渡り歩くのが「5番目の軸」かもしれない。
四次元を克服したとしても、五次元となると「その向かう軸の正体」を悟らねば
往復する機械を作る事も出来ない。
「門」は四次元を克服したが、五次元となると無理だった。
可能性、パターン、それらは次元が1個増える毎に「べき乗」で増えるのだから。
もし「分岐した平行世界」でなく「異世界」なら、移動するのは「6番目の軸」かもしれない。
そうなると多元世界から目的の一点を見つける演算は更に難しくなるだろう。
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20XY年2月1日、会議は行われなかった。
「門」が急速に閉じられた事は緊急報告に上がったが、情報収集に忙しく、翌日に延期された。
もしかしたら2月1日が閉じられただけで、2月2日になれば再開通する可能性もあった。
それは虚しい希望で終わった。「門」はついに開かれなかった。
科学班は2月2日の会議にも、代表1人を出しただけで多くは欠席した。
今までに無い質と量のデータがあちこちで得られたのだった。
「事象の地平面」の中に留まっていたデータが解放されたのだ。
これまで過去の人間に解析を許さなかった完璧なシステムは、
「破局」によって膨大な科学的なデータを晒してしまった。
状況をまとめた広瀬三佐は会議冒頭、
「『門』は完全に壊れたものと判断します。
2日連続で開通しなかった事に加え、今まで堰き止められていたデータの嵐。
装置そのものが壊れてしまい、何者かも接続不可能になったのではないでしょうか」
そう切り出した。
計画は2月7日まである為、様子は見るとされたものの、基本会議は「破局」を受け容れた。
数日前からそれあるを前提に話し合っていたからだった。
「残された3名の日本兵はどうするのかね?」
「こちらの世界で面倒を見るしかないでしょう。
もっとも2月7日までに復旧し、戻る事を選択したなら話は変わりますが」
それもその線で落ち着いた。
あとは後始末をするだけである。
彼等は現代と1943年との「破局」のみを問題にしていたが、気づかぬ内に
「『門』を開いた世界」と「現代」との断絶を起こし得る潜在能力を得ていた。
事象の地平面から漏れた大量のデータを得て、独自の技術を開発してしまったなら、
それによる歴史改変で「『門』を開いた世界」とは違う未来に辿り着くのかもしれない。
すると「何者か」の世界から見て、現在が向かう未来は「平行世界」となり、
二度と「門」は開けないかもしれない。
……それは今後の彼等の行動次第だろう。
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1943年2月1日5時30分 ガダルカナル島「門」付近:
「島村曹長には脱走の過去があったようだが?」
辻政信が戦友たちに聞く。
「確かに脱走という形にはなりましたが、逃げたのではありません。
より未来の世界を知ろうとしたものであり、本人は戻って来ました。
また、その時にこの無人偵察機をもたらし、功罪相殺となって現職に留まりました。
その後も戦って死ぬことに臆してはおりませんでした」
「他の2名もそうだろうか?」
「散々向こうの世界に行って来たものです。撤退が決まっている今、
逃げて立場を悪くするとも考えられません。
先ほどの異常といい、この通路が壊れて戻れなくなったものと考えます」
「直ったなら、戻って来ると思うか?」
「きっと戻って来ます」
「それは……困るな……」
辻はしばし考え込んだ。
彼は兵士や顔見知りは見捨てない。
もしも戻って来るのならば、捨て置くわけにもいかない。
しかし、より多くの兵士の脱出を成功させなければならない。
彼自身の運命もかかっている。
第三次総攻撃を勝手にやって失敗した彼は、ガ島に米軍を足止めしたまま、
1万将兵を無事に脱出させないと、功罪相殺というわけにもいかない。
考えた挙句、彼は陣地に戻ると、貼り紙に伝言を残した。
「我々ハ撤退スル。
モシ戻ッタナラバ米軍ヘノ投降ヲ許ス。
命在ラバ再ビ見エン。
サラバ 辻政信」
そして命令を出した。
「未来から得た機械は全て斧で破壊し、土に埋めよ。
火は使ってはならない、敵に感づかれる」
「この無人偵察機もですか?」
「それは持ち帰る。未来に返すつもりだったが、『門』が壊れた以上仕方ない。
本国に持ち帰り、有効に利用させて貰うだけだ。
あと発電機や無線機も持ち帰るぞ」
(そして、それがこのガ島戦最大の吾輩の功績となるだろう)
「『仏舎利』輸送に使われたモノは如何しましょう?」
「………埋めてやれ。よくぞ死してまで皇国の為に働いてくれた。
荼毘にも伏せないが、せめて感謝して葬ろうじゃないか」
後日の事になるが、この墓は掘り起こされることになる。
UFO基地と目されていたこの一帯で、米軍は遺物探しに躍起となった。
その点、物資の破壊を命じた辻政信の命は的確であった。
辻は、本人の希望を聞いて、重症入院者には3つの薬を渡した。
撤退に同行する事を希望した者には、ヒロポンを投与した。
「現代」の日本人は、この事を予想していたが、「門」の破局によって
追認すらもせず、麻薬に関与した不名誉から免れた。
全くの偶然であったが…。
2つ目の選択肢、足手まといにならぬよう自殺を選択した者には、毒薬や手榴弾を渡した。
3つ目の選択肢、米軍に投降を選択した者には、数日分の抗生剤と栄養剤を渡した。
野戦病院に残る2と3の選択者に対し、辻は礼と謝罪の言葉をかけ、去って行った。
米軍が新型戦車を引き連れ、侵攻して来たのはそれから3日後の2月5日の事だった。
2つ目の選択者は、さっさと毒を飲んで死んだ者もいたが、
結局毒を飲めず、死にきれず降伏となった者も出ることになる。
辻政信と殿部隊は、帰国を望んだ重症者を背負ったりしながら、
一路脱出地点のカミンボを目指した。
辻は大声で
「密林に潜む帝国陸軍兵士諸君! 今宵脱出の為の駆逐艦が来る!
助かりたくば二○○○(フタマルマルマル)時までにエスペランスに向かえ!」
と叫びながら走り抜けた。
最後尾の山崎軍曹は、辻の叫んでいる事を書いた紙を、目立つ樹に貼り付けながら追い掛けた。
1943年2月2日20時 ガダルカナル島カミンボ:
辻は無線でエスペランスの様子も聞いて、状況確認をした。
カミンボには約1千人が集まった。
辻が到着した18時過ぎの点呼では885人だった為、100人近くが叫び声や貼り紙を見て
ぞろぞろと集まって来たようだ。
一方、エスペランスの方も海軍60名、陸軍2000名近くが集まった。
百武中将と共に撤退した(体よく追い払った)兵士が約1800名。
その第二陣として撤退した傷病兵約600名。
第1回撤退で約1万人。
今度の第2回撤退で約3千人。
合計でおよそ1万5千人以上が撤退出来る。
辻は知る由も無いが、「門」の先の未来世界での史実より3千人近く多い。
史実では3万人以上を上陸させ、2万人以上の戦死・病死・餓死者と捕虜を出したが、
この世界では死者は1万5千人に届いていない。
そして、いまだ1000人近くが軍に戻らず、あるいは戻れずにガ島を彷徨っている。
22時、海軍の撤収部隊が沖合に現れた。
「2時間も遅れおって」
と辻は不満を口にしたが、海軍の方もこの日は後に「イサベル島沖海戦」と呼ばれる
海対空の戦いをしながらガ島までやって来たのだった。
米軍航空隊は、ガ島撤退(米軍は救援と錯覚していた)の為に出撃した日本艦隊を空襲したが、
エアカバーをしていた海軍の零戦及び陸軍の隼に迎撃され、苛烈な空戦となった。
日本艦隊は駆逐艦「巻雲」が被弾し、脱落した。
田中頼三少将はそれでも作戦中止をせず、時間をかけながらもガ島に到着した。
「あれは何をやっているのか?」
辻は撤退作戦に参加している水兵に、沖合で停泊した駆逐艦の事を聞いた。
「さあ? 釣りでもしてるんじゃないですかね」
ぶっきらぼうに返す水兵に、辻は重ねて質問した。
「釣りだと?」
「ええ、短艇が下りてるでしょ? 前もでしたけど、魚でも釣ってんじゃないかって、
我ら皆で言っていたものです」
「けしからんな。一体何という艦だ?」
「駆逐艦『長波』、この撤収作戦の旗艦です」
「なんと……、司令官がそんなんだと??」
帰国後、辻は田中弾劾を行い、田中はこの後第一線に返り咲くことなく戦争を終える。
「長波」は釣りは釣りでも、潜水艦を釣ろうとしていた。
短艇に装備されたソナーを使い、潜水艦を探知していた。
「イサベル島沖海戦」で日本軍接近を知った米軍は、ただちに迎撃をするだろう。
そしてソナーの感で敵潜水艦の位置を割り出した「長波」は、麾下の駆逐艦に司令を出し、
爆雷攻撃を命じたが、自身はそれでも動こうとしなかった。
停泊か低速航行でないと、今の形式ではソナーを無事に操作できないからだ。
「なんでジャップがこんな高性能なソナーを使ってるんだ?」
と3隻の米潜水艦艦長は冷や汗をかき、それでも日本駆逐艦の爆雷投下精度が悪いとみると、
上手く操艦して撤退していった。
(一度停止し、短艇を下ろしてそこの魚群探知機を使わないと、深度が詳しくは分からない)
田中少将の動かない判断は正解だった。
「長波」の水上レーダーは、島伝いに接近する2隻の小型艦艇を捉えた。
田中は「雪風」に命じ、その2隻を迎撃させた。
まさかの居場所露呈に慌てたアメリカ軍の魚雷艇(PT)は、
1隻が「雪風」の体当たりを受けて沈み、もう1隻は全力で逃走した。
かくして第二次撤退も表面上は何事もなく、成功した。
史実と違う2度の作戦で、駆逐艦1喪失、1隻損傷だけでガ島撤退作戦は任務完遂された。
密林奥深くに逃げ、日本軍の呼び掛けにも応じず、あるいは声が届かず、
いまだガ島に残された千名余りの物語は、また別の話である。
(続く)
感想ありがとうございます。
3機の行方は後の話で。
「なろう」は異世界、平行世界好きで、自分もいつかそっち小説書きたいと思ってます。
…性格的に主人公に制限加えるのが好きなドSだから難しいのですが。
そこで、異世界、平行世界と過去の世界はどう違うか、って考えたわけです。
過去に行くには時間を遡れば良い、それは分かります。
異世界に行くには?
一個の方法として、現在の世界と異世界(逆から見ればこちらこそ異世界)が分岐した時間に
遡って、分岐ルートの方にちょっと時間的に移動し、そこから未来に進む。
もう一個は、5番目の軸に移動する、でしょうか。
僕は、分岐で生まれた「平行世界」へ移動する軸は「虚時間」と考えてます。
一方、物理法則が違う、魔法が使える、エルフやドワーフが人と並んでいる世界「異世界」は、また違う軸で移動しないとならない、六次元の違いと考えてます。
あくまでも僕のみの設定ですので、悪しからず。




