レンネル島沖海戦の異変
1943年1月29日 サンクリストバル島の南方海域:
ここに護衛空母2、重巡洋艦3、軽巡洋艦3、駆逐艦8からなる第18任務部隊がいた。
司令官はロバート・C・ギフェン少将。
彼はこの前まで北アフリカで戦っていた。
カサブランカ沖海戦でヴィシー政権のフランス戦艦ジャン・バール、
軽巡洋艦プリモゲらと戦った戦歴を持った提督である。
太平洋での艦隊指揮はこれが最初になる。
「閣下、ジャップの偵察機に発見されました」
ギフェンは部下からの報告を受けた。
以降夜になるまで、接敵は続くが攻撃は受けない。
「ジャップはどういうつもりだ?」
だが、彼も彼の部下も対日戦は初めてであり、確たる事を言えない。
空襲を警戒し、護衛空母に待機命令を出していたが、一向に空襲が無い。
この護衛空母は18ノットしか出せず、空襲を警戒して連れていたが、足が遅過ぎて
かえって迷惑となっていた。
「ジャップの得意技は夜戦と聞いています。我が方が航空機を飛ばせなくなった
夜に敵の駆逐艦部隊が襲って来ると考えられます」
「有り得るな。ところで、味方駆逐艦との会合予定時刻は?」
「19時であります、サー」
「遅れそうだな。よし、空襲は無いと考え、護衛空母を分離する。
空母の護衛に駆逐艦を2隻つけよ。残った部隊は会合海域に急げ」
「イエッサー!」
時間を戻す。
第18任務部隊発見の報を受け、第二航空隊司令山本中佐は心底驚いた。
敵発見ではなく、「将官マル秘」資料内の「敵の行動記録図」が正しかった事にであった。
そして彼は、その報を受けて予定通り「待機」を命じた。
航空隊が待機している中、第二水雷戦隊、第十戦隊、第三水雷戦隊が出撃した。
彼等は「敵発見」の報を受けたらすぐに出撃する態勢で待機していたのだった。
艦隊の出撃を見送り、待機すること1時間。
薄暮及び日没後の攻撃を可能とすべく時間調整をし、第701航空隊に出撃を命じた。
この部隊は九六式陸攻22機から成っていた。
さらに遅れて、第705航空隊も出撃した。
一式陸攻16機から成るこの部隊の戦場到着は、完全に夜間になる。
輸送船もブーゲンビル島ショートランドを出撃した。
護衛の駆逐艦が対潜警備を厳にする。
今日この海域に敵潜水艦はいないと、謎の断言をされていたが、
だからと言って索敵をしないわけにはいかない。
ショートランドを出撃した部隊の上空は陸軍の一式戦闘機「隼」がカバーをしていた。
17時40分:
「敵機接近! ジャップの空襲です」
ギフェン少将は驚いた。
こんな遅い時間を狙って日本軍は飛んで来たようだ。
「日本軍は夜戦好きと聞いていたが、飛行機の方もかね?」
「いや、流石にこの時間帯に攻撃をかけるとは予想外でした。
無事に帰れるのでしょうか?」
「無事に帰れるから、この時間帯に攻めたのだろう。
ところで、『シカゴ』の新型兵器は使えるか?」
新型兵器、近接信管(VTヒューズ)のついた対空砲である。
これが重巡「シカゴ」に搭載されていた。
第18任務部隊は対空監視レーダー、射撃管制レーダーを見ながら、日本機を迎え撃とうとした。
九六式陸攻のうち17機は定石通り水面近くに高度を下げ、雷撃態勢に入っていた。
だが、残り5機は高度を維持したまま、高速で艦隊上空に差し掛かろうとしていた。
(水平爆撃? だが、そんなの当たるものではないぞ。ジャップはそれも知らんのか?)
とギフェン少将は訝った。
水平爆撃ではなかったが、もっと厄介なものを投下された。
「レーダーが乱れています。あれは何でしょうか?」
上空から何かが落ちて来る。
沈んだ太陽の余光を受けて光り輝いていた。
この物体が単なる長めに切ったアルミ箔であることをアメリカ軍が知るのは、もっと後の話である。
レーダーは乱されたが、とりあえず敵機は見えている。
艦隊は防空射撃を開始した。
日没後の射撃であり、全く当たらない。
それは日本軍も同じ条件な筈だった…。
「ウイチタに魚雷命中! しかし不発」
「シカゴに魚雷命中! 浸水した模様」
「敵機1を撃墜!」
「敵の再攻撃無し。敵は引き返していきました」
この時の戦闘は、両軍わずかな被害だけで終わった。
ギフェン少将は「シカゴ」のダメージコントロールを命じた。
また完全無灯火航行を命じた。
(まだ近くに潜水艦がいるかもしれない。火や灯は禁物だ)
ごく真っ当な指揮である。
だが
「敵1機、まだ上空に残っています」
この報にギフェンは戸惑った。
(まだ空襲があるのか? だが、こんな暗闇では我々を捕捉出来まい)
(「シカゴ」がやられたのは不運だ。近接信管で上空の敵機を撃ち落としたいとこだが…)
「シカゴ」は応急修理の真っ最中で、対空戦闘を出来る状態ではなかった。
(このまま無灯火ならば、仮に空襲があっても闇に紛れてやり過ごせる)
彼がそう考えたのは、全くもって当然の事であった。
彼等が新兵器「近接信管」を持っていたように、日本軍にも謎兵器があったことを知っていたなら
判断は違うものになっただろう。
18時35分:
日は完全に沈み、星明りが辺りを照らしている。
暗い海に艦隊は溶け込み、航跡痕がわずかに夜光虫の青い光を放っていた。
先程日本軍が落とした電波攪乱の何かの為、航行用レーダーにも支障が出て、
「日本軍の攻撃を受けた。会合に遅れる」
という電文を味方に送っていた。
しばらく前に日本軍がばら撒いた何かも消え、レーダーが回復した。
無灯火で、しかし衝突をせぬようレーダーで間隔を保って、会合場所に向かっていた。
「敵機確認。数、15」
「どっちに向かっている」
「我々の方に真っすぐにです」
ギフェンは日本軍の力量に舌を巻いた。
まさか日没後の暗闇の中、真っすぐに攻撃目標に向かって来る航法能力があるとは。
(ナチの空軍より技量は上かもしれない)
そう思い、彼は慎重な命令を出した。
「撃つな。撃てば我々の位置を敵に教えることになる。
どうせこの暗闇だ。仮に上空の機が我々の上に照明弾を落としたとしても、
闇夜の爆弾や魚雷がそんなに当たるものじゃない。
光を出さずにやり過ごせ」
「撃つな! 敵に居場所を教えるな」
(上空の機も、居場所を正確には分かっていないようで、周辺をグルグル飛行してるだけだ。
見つけることすら出来ないだろう)
その判断は結果から言って間違っていた。
どこかからもたらされた暗視装置をつけたパイロットと、暗闇でも遠くをはっきり見られる
双眼鏡を持った索敵員兼通信員兼後部銃手は、巡洋艦6、駆逐艦6の艦隊を捉えていた。
上空の九六式陸攻は、その高性能双眼鏡で第705航空隊が攻撃態勢に入ったのを見届けたら、
最寄りの基地へ帰投すべく、ビーコンに従った。
『撃って来ませんね』
『好都合だ』
水面ギリギリを飛行する一式陸攻の各機で、このような会話がなされていた。
ギフェン少将は恐れを抱いていた。
見えない、音が聞こえるだけだが、日本機の爆音は迷いなく近づいて来るものばかりだった。
(撃つなと言ったのは失敗だったか?)
そう思った時、爆音は艦上空を通過していった。
(まさか、見えていたのか?)
「魚雷接近!」
キャビテーションに驚いた夜光虫が青く輝く海を切り裂いて、日本軍の魚雷が向かって来た。
「回避せよ! 全艦、個々に敵を撃ち落とせ!」
しかし、もう遅かった。
重巡シカゴに2本、ルイビル、ウイチタに魚雷が命中し、炸裂した。
軽巡クリーブランドとモントリピアにも魚雷が命中したが、両方とも不発であった。
駆逐艦ラ・ヴァレットにも魚雷が命中し、炎上していた。
19時20分:
ギフェンは付近の味方に「深刻な被害を受けた」という報告を送った。
重巡3隻はダメージコントロールの真っ最中。
軽巡3隻と駆逐艦5隻は、こういう時に怖い潜水艦に対する警戒を行っていた。
だが日本軍の潜水艦はこの海域に居なかった。
「提督。緊急通信です。空母シェナンゴが敵潜水艦の雷撃を受けたそうです」
「なに? 被害の様子は?」
「炎上し、総員退艦命令が出た模様です。艦は炎上しつつも、沈んではいません」
「時間の問題かな…」
護衛空母シェナンゴは結局沈まなかった。
だが、これは「史実のレンネル沖海戦」では起こる筈の無い被害だった。
伊17、伊25、伊26、伊176の4隻の潜水艦は、第8艦隊司令部より
「敵巡洋艦艦隊に対する攻撃不要。分離した敵空母を狙え」
と、やはり不可解な命令を受けていた。
その中で、かつて米本土を攻撃した事もある殊勲艦・伊25が空母を発見した。
伊25は駆逐艦の警備をすり抜け、魚雷を発射した。
1本が命中し、空母は燃料に引火したのか大炎上した。
(これはまずい)
と、伊25は明るく海面を照らす炎から身を隠すべく、潜望鏡を下げ
攻撃を打ち切って潜航して逃げた。
駆逐艦2隻が急速に追撃して来たが、何とか逃げきった。
19時53分:
会合する予定だった駆逐艦4隻が、向こうから第18任務部隊に合流した。
そして、自力航行が不可能となった「シカゴ」を曳航すべく作業を始めた。
その時
「敵機接近、数11」
という思わぬ報告を受けた。
(どうして日本軍は暗闇の中、洋上攻撃が可能なんだ?)
実は、流石に新型装備をしていた第705航空隊でも、2機を夜間着陸の事故で喪失した。
訓練を重ねたが、それでもやはり難しい任務に違いはない。
第751航空隊はそんな難しい夜間離陸をしてのけ、この海域に向かっていた。
「こちらの位置はもうバレている。隠れていてもジャップは当ててくる。
だったら、撃って撃って撃ちまくれ!!」
ギフェン艦隊は花火大会のように対空砲火を撃ちまくったが、全く当たる事は無かった。
水面近くに下り過ぎた状態で対空砲火をかわそうとし、2機が魚雷投下に失敗した。
だが、残り9機は米艦を照準に入れ、魚雷を投下した。
重巡洋艦シカゴ 撃沈
重巡洋艦ルイビル、駆逐艦ラ・ヴァレット 大破
重巡洋艦ウイチタ、軽巡洋艦クリーブランド 中破
さらに別海域で
護衛空母シェナンゴ 大破
米軍は大損害を受けた。
そしてガダルカナル島には日本の輸送船「妙法丸」が強行接岸に成功していた。
(続く)
感想ありがとうございます。
その辺、67話で片付けます。
この章はほとんど、仮想戦記と「門」の最後の謎解き編です。
拡げた風呂敷を畳みに入ります。
「近代装備の日本軍TUEEE~」には遠い、中途半端な戦果拡大ですが、
半月くらいで、しかも途中から未来人が裏技封じに来ながらの武器供与ではこれでも出来過ぎかと。




