2回目の「門」(?)の話
2011年8月に開いた「門」だが、その後しばらく何も起こらなかった。
数年後…
横須賀市防衛大学校:
理工学研究科に属する広瀬二等陸尉は不思議な侵入者を見た。
「すみませんが、ここは一般人立ち入り禁止ですよ」
(一般人??だよな。なんか戦時中みたいな恰好だな)
防空頭巾を被った年配の女性と娘とぐったりしている幼女。
「あの、どうかされましたか?」
女性たちはガタガタ震えていた。
広瀬はすぐに守衛に声をかけた。
軍服を見た女性たちは、安心した笑顔になった。
(普通逆だろ? 軍服は怖がると思ったよ)
そう心の中でツッコミ入れていた広瀬に、意外な言葉が聞こえて来た。
「こちらは日本陸軍の基地でいらっしゃいますか?」
「は? 我々は陸上自衛隊ですが?」
「細かい部隊名は分かりません。ここは日本軍ですか? ここで私らを助けてくれますか?」
警務員と広瀬は顔を見合わせた。
『まあ、日本軍と言ったら日本軍だよな』
と思いつつも、
『あの悲惨な戦をした日本陸軍とは違うぞ』
とも思っていた。
「はい、こちらで身柄は保証させていただきます。
ところでお嬢さん方は一体どちらからいらしたのですか?」
「宜野湾」
「は?」
「宜野湾村です」
「沖縄の?」
女性たちは頷いた。
彼女たちを落ち着かせて話を聞こうとしたが、数日はダメだった。
年配の女性が背負って連れて来た幼女は、内臓に衝撃を受けていたせいでその日の内に亡くなった。
女性たちは泣き叫び、数日は様子を見ることに決まった。
広瀬は『面倒事に巻き込まれるより、研究研究!』と、関わらないようにしていた。
彼は宇宙航行理論について、大学院生的な形で研究し直していた。
宇宙航行理論とは聞こえは良いが、基本的には
『アメリカに頼らない独自のGPS衛星の新軌道』と
『衛星測量、測地』について研究していたのだが……。
その研究と沖縄から来た女性たちは結び付かない筈であった。
彼は研究に没頭して、もうその女性たちの事は忘れかけていた。
なのに、何故か呼び出されてしまった。
「件の女性たちの事は覚えているね?」
「はい、覚えてはいます」
「面白い話をしていてね」
彼女たちは昭和二十年、1945年4月の沖縄からタイムスリップしたという。
日本軍から避難するよう言われ、村単位で逃げていた。
しかし米軍の戦闘機から機銃掃射を受け、背負っていた子を落としてしまった。
その子がぐったりした為、夜間の集団移動でついついその子にばかり気を取られ、
はぐれてしまったという。
睡眠を取る為に立ち寄った洞窟で、何かおかしな感じがしたという。
奥の方に行ってみたら、知らない町に出た。
こちらの町は明るく、肌寒く、ただ戦争の臭いはしなかった。
その晩は公園のような場所で野宿をしたという。
翌日、視線を感じて目が覚める。
一様に自分たちを不審な目で見ていた。
明るくなって町を見ると、沖縄の村のどことも違っていた。
うろうろしていたら、アメリカ人の集団を見かけた。
それで怖くなって、場所も分からないまま駆け回っていたら、
日本軍らしい兵隊が守っている場所を見つけた。
そして入口付近にいた広瀬と守衛に見つかったというのだ。
「タイムスリップですか。SFですね。面白い話でした」
「面白いだろ。興味深いだろ?」
「興味深くはありません。フィクションとして面白いだけです」
「フィクションじゃないとしたら?」
「万に一つ、本物だったとします。再現出来ない以上、科学ではありません。
偶然起こったタイムスリップを研究しても、何も得られません」
「では再現されたとしたら?」
「仮定についてお答えする必要がありますか?」
「仮定じゃないんですよ。これ、2回目なんですよ」
「何ですって? 初耳です」
広瀬を呼び出した官僚は、数年前の出来事を話した。
千葉の某基地の近くの洞窟から、1945年8月の広島からの避難者が現れたこと、
その洞窟は当時の都合上総理命令で爆破されたこと、
タイムスリップを確認した関係者で、次回同じ事が起きた場合の研究会が立ち上がっていたこと。
「すみませんが、自分には関係の無い話です」
「いやいや、君には別な角度から、タイムスリップについて調べて貰いたくてね」
「興味ありませんって!」
「それが宇宙飛行に繋がる話でもか?」
「話を聞きましょう!」
……彼はGPSだ測地学だと研究しつつも、根っこに「有人宇宙とかいいなあ」というのが在った。
つまりは、X軸、Y軸、Z軸と時間軸で見た場合、異なる時空同士が繋がっていて、
そこに瞬時に人が転送されている事になる。
この理論が解析出来たら、ロケットで打ち上げ、推進剤を使って軌道に乗せるような
まだるっこしい宇宙航行等しなくて良くなる。
軍事上でも有意義である。
例えば孤島防衛において、船や飛行機で届けるまでもなく、荷物を転送すれば良い。
逆に奪還作戦において、敵の死角に兵員を転送すれば簡単に奇襲攻撃が出来る。
補給や輸送という概念そのものが変わる。
得たい技術であるが、人員がいない。
「というわけで、君に白羽の矢が立ったわけです」
「興味深いですが、本当に迷惑な話です。本業の方に専念させて下さい」
「どこまで出来るか分からない、調査的な意味もあるんです。
やって難しそうならば放棄します。その判断だけで良いので、やって貰えませんかね」
結局「やれる、やれないの判断材料を調べるだけですよ」という事で、
広瀬二尉はこの事案の担当となった。
聞き取り調査は難航した。
当の女性たちが、どこをどう歩いたか覚えていないのである。
ここが「2回目に開いたのが『門』なのかどうか分からない」とされる所以である。
「門」の場所が不明のまま、彼女たち3人がタイムスリップし、この時代で1人死んだ。
残り2人も、戸籍上は死人なのだ。
聞き取り調査をする関係で、広瀬は残る2人とよく接する事になる。
彼は次第に、沖縄戦について調べるようになり、
(もしもタイムスリップではなく、タイムトラベルが可能となり、
我々が持っている近代兵器を渡せたならば…)
と不穏な考えを持つようになる。
(いかん、いかん、そんな事をしたら歴史が変わってしまう)
そう自制していたが、時々どうしても妄想してしまう。
(戦艦大和と9隻の護衛艦にイージスシステムを付加し、沖縄に向かわせてやったなら…)
(桜花の代わりに17式艦対艦誘導弾を一式陸攻に搭載出来たなら…)
彼女たちは、日本の敗戦を知って大泣きした。
時間が経つにつれ、過度の外国人恐怖症は薄れていった。
横須賀側の洞窟が分からなかった為、彼は沖縄に彼女たちを連れて行った。
そして「多分ここです」という場所に案内されたが、そこはもう洞窟とかもなく、
完全に開発済みの区域となっていた。
広瀬は、沖縄が知らない町になって気落ちしている祖母・孫を、
本島の北にある超巨大水族館に案内した。
こんなに大きな施設が沖縄にあることに彼女たちは驚き、固まっていた。
(なんか上手く色んな事をどうでも良く思わせるには、
想像を超えるスケールのものを見せてやればいいのかな)
と広瀬は変な経験則を持ってしまった。
結局色々調べたが、彼女たちが存在している以外の証拠は無し。
「この研究は続行不可能」という判断を添えて報告書を提出した。
これでタイムスリップ案件は広瀬の手を一回離れた。
彼はやる気が無さそうな割に真面目だった。
報告書には、インタビューしたそっち方面の専門家の論文(ワープは不可能とかそんなの)、
可能性について言及した科学雑誌の記事と反論、自分で組んだシミュレーション結果等、
最終的には「不可能」に誘導されるにしても、大量の文献や学者リストが添えられていた。
上から見たら
「何かあったらこいつに任せよう」
となるのも仕方ないだろう。
そのまままた数年が過ぎた。
広瀬は一等陸尉から、博士号を取って三等陸佐に昇進した。
研究所勤めになり、軍服でなくスーツや白衣姿の方が多くなった。
この間、彼の外観だけでなく内面もまた変化した。
新しい家族を作り、一方で年老いた家族を失ったりした。
時に死に目に間に合い、時に公務で葬儀にも参加出来ずに後から遺された言葉を聞いたり、
様々な形で老人の最期に関わった。
そんな中、件の官僚に再び呼ばれた。
要件は
「あのタイムトラベラーの祖母の方が危篤状態で、最後に会って挨拶したいと言っている」
ということだった。
彼女たちは仮の戸籍を与えられ、現代で生活していたが、
祖母の方は苦労もあって寿命を迎えたようだ。
広瀬は病室を訪れる。
祖母の方が彼を傍に呼んで、感謝の言葉を伝えた。
しばらく何気ない世間話をし、彼が帰ろうとした時の事だった。
「死ぬならやっぱり、沖縄の空の下が良かったなあ。
うんにゃ、今の沖縄じゃなくて、戦争で大変だったけど、あの時の沖縄で…」
顧みると、祖母は涙をボロボロと流していた。
孫の方、数年経ってもう少女でなく立派な女性となっていたが、彼女が礼をした。
「私は今の日本で暮らせて満足しています。でも、お祖母ちゃんはやっぱり沖縄が良いみたい。
あの時の私たち、どうして横須賀側の出入り口を見失ったんだろう。
分かっていたら、帰れたのかな…」
今に満足してると言いながら、彼女もまた寂しそうだった。
こっちの時代に、彼女の友達も親戚もいないのだから…。
数日後、祖母の方の死を知らされた広瀬三佐は
「もし次があったなら、絶対にメカニズムを解析してやる。
それが出来なくても、迷い込んだ人間に満足な死に方をさせてやろう。
来たければくれば良い。だが、帰りたいのに帰れないのは、悲劇だ」
そう決意し、次の機会を待つことになった。
(続く)
沖縄は行った事何回かありますが、
詳しくは知らないので(洞窟も観光用しか入ってない)、
宜野湾からどこをどう歩いたかは不明とします。




