一度目的を整理することにした
20XY年1月5日 東京市ヶ谷:
会議は最初から重い空気で始まった。
政界・民間・学会等の関係者は改めてトッド軍曹の口述を元にした戦況報告書、
「門」周辺を奪還した日本兵からもたらされた新情報を読んだ。
「つまり、我々が助けた者たちは、結局犬死したというわけか!」
「いや、まだ数百名は生きているでしょう」
「憶測でも物を言わないで欲しい」
「と言っても戦場です、詳しい数値が得られるわけもないので」
「いや、そもそも最後まで助けるのが目的でなく、飢えや病で死ぬよりは戦って死ぬ、
そうさせることが目的だったわけで、これはこれで本望ではありませんかね」
「ではこの不始末の責任をどう取らせるつもりだ」
「不始末ですか? 元の歴史に戻りつつあるだけでしょ」
「だが辻政信が大本営や第8方面軍の命令を無視して、独断専行をしたわけだ。
それで我々が救った命を無駄遣いされたんじゃたまったもんじゃない」
「この上は辻でなく、やはり今村中将辺りと連絡を取れるようにして…」
意見は活発だったが、どこか俺にはしっくり来なかった。
賀名生さんが俺を突っついた。
「こういう時、思ってる事言っちゃいなよ。その為に来て貰ったんだし」
統括部長の方を見る。
難しい表情をしていて、あっち側に取り込まれてるなって気がした。
ただ、部長は俺の方を見て、それから周囲を見て、口を開いた。
「えー、彼が何か言いたそうです。
我々、のめり込み過ぎてる人間以外の意見を聞いてみたいものです」
意味があるのか?とか、本当のとこは何も知らない奴だろ、とか好き放題言われた。
「俺の親父はですね、とことん面倒事を嫌ってるんですよ。
こういう事態に陥っても『お前がやれ』で一切関わりを持ちたがらない。
たまに無責任な事を言ってくる」
それがどうした?とヤジられ、ちょっとムッとした。
「以前はそういう人間じゃなかったそうです。
バブル期って頃までは、某大手証券会社で役員に上ったそうなんですよ。
その頃は随分と羽振りが良かった。
そんなイケイケの人間が、バブル崩壊と共に面倒事の後始末を押し付けられたそうです。
自分がやった、勧誘したわけでもないのに、資金回収だと回収出来ないなら然るとこ回れだの。
それでも役員になったわけだからって、頑張ってたみたいなんですが、
ついに面倒事は自分の会社でも発生したそうです。
役員一同で謝罪会見とかしたんですが、ふと気づいたのは、責任負わされたのは中堅どころで、
役員としては下っ端の親父たちはまだしも、トップの方とかは責任負わずに逃げ切ったそうです」
会場が先ほどとは違って、俺の話を聞き入っていた。
「その時思ったそうです、組織って何だ?
どうして自分のせいでもない面倒を処理しなければならない?
責任って何だ? なんで責任者なんかにならなければならないだ、と」
「いや、それが役員ってものだろ。君の親父さんはひ弱過ぎるよ」
「そうです、それは親父自らが認めてます。自分の器に合っていない仕事だったって。
ただ金を借りて、儲けそうなとこにゲーム感覚で突っ込んで、
確実に利益を得られていたバブル期から一転、そのツケを払わなければならない時に、
自分はどれくらい責任持って資金投入とかしてたのかな、と。
だから身の程に合わない職をなげうって、祖父の経営してた赤字のドライブインテコ入れして、
今のコンビニの形式にしたそうです。自分の器はこの程度だって。
その器に合わない面倒事には一切手を出さないと決めたそうです」
「その話で何を言いたいのかね?」
「俺が見るに、皆さん何か自分の器よりデカい厄介事を背負い込んでませんか?
それが仕事だって開き直るのも結構ですけど、なんかその言葉に振り回されてるような。
そもそもこの計画、責任者は誰なんですか?
無意識に自分の器よりデカい責任は取りたくないから、
会議って形式にして、集団で物事決めて、責任分散してませんか?
何かこう、方針が有って、責任者がいて、その下で役割分担があって、
それぞれの部署ごとの責任がってそういう体制には見えないんですよね。
ただ人が集まって、意見を言い合って、妥当なとこにまとめて、それを皆で分かち合う。
そのフラフラしてるとこを、辻政信でしたっけ、その人に突かれたんじゃないでしょうか。
彼と1対1で責任持って作戦会議する人はいないんですか?
それ無しに彼に責任をって言ったって、こっちの責任が明白じゃない以上、逃げられますよ。
あと、最初は『補給して、病死や餓死より戦死を』って明確な方針だったのに、
最近はどんどん面倒な方、面倒な方に自ら突っ込んでいってませんかね。
会議会議で話題は出せど根本解決出来るわけでもなく、
枝葉末節の議論に拘っている内に、どんどん新しい状況が加わり、
それに振り回されて、最終的に誰も解決出来ない面倒事に進化してしまう。
そして責任の押し付け合いに変わる。
親父が社会人やってた晩年に、散々見て来た光景だそうです。
俺も今、それを見てるのかもしれないな、そう思ったんです」
賀名生さんがツッコミを入れる。
「彼の言うこと、まあトッチラかってますけど、言いたい事は分かりますよね。
一旦、頭をリセットしませんかね」
確かに、何言ってんだか、自分でもトッチラかってるように思った。
恥ずかしい……。
どうも俺は、煮詰まっている議論の方向性を変える為の「ド素人の意見」爆弾に
使われる為に、賀名生さんが席を用意させたんだと思った。
続いて前田警部が挙手をした。
「私も官の一員ですから、出世に響くの嫌でしてね、言えなかった事あるんですよ。
前にプロファイリングで
『技術は凄いが深く考えない子供、そういう精神の技術者』が『門』を開けた、
そう言いましたが、これは対象が1人の場合のみです。
もしも相手が、今我々がしているような会議で、しかもやりたい事は多々あれど、
責任を負いたくない、反対意見にも考慮したい、そこで最大公約数的に
どの意見にも届いているようで届いていない方針にまとめるという無能をした場合、
きっと今の『門』のような中途半端な形になります。
未来の『何者か』が集合体の意思であると、確証が無かったから言いませんでしたが、
今言っておきます。集合無能の可能性があります。
やるだけやって責任は負いたくない組織ならあり得ます、と」
会議室は静まり返った。
そんな中で賀名生さんが嫌な笑い方をしながら、皮肉った。
「僕もねえ、歴史を調べたんですよ。太平洋戦争中の事を重点的にね。
MI作戦、ミッドウェー海戦ですが、目的が複数でどれを優先させるかはっきりさせなかった。
ガダルカナル島の戦いですが、退くに退けずで、ズルズル続けていた部分もありますよね。
海軍の艦隊決戦志向ですか、あれ勝った時はともかく、負けた時にどこで
『我々は決戦に負けましたから戦争終えます』って線引きが無く、責任を認めるのが嫌で、
マリアナで負けてもレイテで負けても戦争続けたんですよね。
見事なまでに艦隊決戦で負けてる癖にねえ。
それで『もう戦える艦は無いのか?』と天皇に言われたら、
『まだ大和が残っています』って答えてしまい、
大和を使う為だけの特攻作戦を立ててしまった。
…ここの会議、それを笑えますかね?
僕は距離置いてる人間だから、大笑いしますよ。
どんどん大戦中の大本営化して来てんじゃねえのか?ってね」
会議室には嫌な空気が漂っている。
言われたくなかったんだろうな、迷走してる、責任者不在、過去の方針をダラダラ続けているが、
それ以外の目的もくっつきまくって、何が何だか分からない状態になって来た、って事を……。
物事が進み過ぎた結果、自分の想像を超えてしまい、そのまま流されていた事を……。
老人が口を開いた。
(賀名生「あの人はいつぞや強硬論を吐いてた、元政治家だな…」)
「そうだな、責任とか色々明白にさせよう。問題が明るみになった時、それだけでなく
助けようとしている先人の命についても、政治的な問題は僕がやるしかないからね」
続いて背広を着た初老の人が立った。
「防衛省の人と金と装備を動かした責任は私でないと取れないでしょう。
次官まで登りましたが、どうやらここまでのようです。
先人の事とかは彼の父上の言う『器に合わない仕事』だったようですが、
先人の事はさておき、現場の自衛官に対する責任は負わないと」
広瀬三佐が「では、現場責任者として…」と言いかけたら、
「辻政信は中佐、君はそれ以下の少佐相当の三等陸佐、
辻の階級より下の奴に責任は負わせられないな」
そう言われると、周囲も頷いていた。
そして
「責任は私たち老人が取るとして、そっちでは無い方の責任者、
つまり計画を進めるもやめるも、判断する方の責任者に広瀬君を推したいと思う」
そして、拍手が起きて、広瀬三佐が議長的な役割に納まった。
「結構でしょう。システムがすっきりしたとこで、おさらいしましょう。
我々は何を目指すんですか? 病死や餓死を戦死に替え、命日をズラすだけなら
もう目的は十分果たしましたよね?」
そう言う賀名生さんに対し、次官は言った。
「目的は果たしていない。一番の目的は、窮状にある先人たちを助ける事だ」
「それなんですがねえ…」
賀名生さんが椅子に思いっきりのけぞって座りながらツッコミを入れた。
「どうしてそんなに先人の窮状救済に拘るんすか?
あの苦しみがあったからこそ、二度と繰り返すまいと、今の日本が出来たんじゃないすか?
だったら、残酷でもスルーするのが歴史の流れ的に正しかったんじゃないすか?」
「だから、君たちは何も知らない…」
「知らないってのは、最初に開いた『門』の事っすか?」
「君っ、誰からそれを!?」
正直には答えず、
「言ったっしょ。セキュリティはローテクな部分が弱いって。
ボロっと口にした記憶も無いのに、誰からとか責めても意味ないでしょうなあ。
…教えてくれませんかね、何が有ったんですか?」
沈黙する。
一方で、やはり以前の「門」を聞かされていない人が、「何ですか、それは?」と騒ぎだす。
俺も騒いでも良かったけど、面倒を背負い込まないように沈黙していようか。
親父が言ってた、口を突っ込めば、その口の中に面倒事は入り込んで来るって。
「察するに、やっぱり日本軍の窮地の場面に『門』が開いたんでしょうなあ。
そして救援をしたけど、何も出来なかった。
それが悔しいから今度こそは…」
「違う、そんな程度の話ではない!」
「もしかして、誰かのご先祖様とか親族が関わっていたとか??」
そう言ってみて、空気を読んで軽口を止めた。
「まさか、的中ですか? この中にリアルにご先祖様なり死んだ親族に再会したとか…」
「門」の存在を最初から知っていた人の中にいるようだ。
「もう一回! 一度整理しましょうか。
そもそもこの目的は何で、どうしてここまで執着しているのか。
そして、科学的な調査とか、『何者か』への挑戦とか、そんなのがどうして入り込んだのか?
それは付随的なものなのか、本質的なものなのか。
鍵は最初の『門』にあるように思えるんですけどね。
違いますか? センセ」
政治家先生に話を振った。
老人は目を瞑っていたが、やがて
「よし、僕の責任で話をするよ」
そうして話を続けようとした時、統括部長が口を開いた。
「先生、自分から先に話します。一番最初の関係者は私なので」
え?意外。
「皆さん、『門』は今回が最初じゃありません。
今回の『門』は、多分3回目です。
多分っていうのは、把握出来ているのが3回なのと、2回目の『門』は存在が曖昧だからです。
最初の『門』は、以前私が担当していたコンビニエンスストアの前に出来ました。
そして、そこからやはり日本兵が現れたのです」
(続く)
厳しいご指摘ありがとうございます。
反省材料にいたします。
明日から新章です。
「門」の過去について書きます。
明日は17時と19時2回アップします。
この回は、その章への繋ぎの回です。
「俺」氏をやる気なさげの、組織からちょっと離れたとこに置いたのは、
ぶっちゃけこの回で使う為でした。
あと、俺氏の父親のイメージはパトレイバーの後藤隊長です。
昔はキレ者だったのに、「いーんじゃないのー? みんなでしあわせになろうよー」
てな感じになっちゃって、その内昔の姿が誰からも想像出来なくなった。
…そういうキャラだけに、どっかで使いたかったのに見せ場作れず、ここに来ちゃいました。




