未来の物体を巡る日本とアメリカのあれやこれや
1942年12月31日 東京 御前会議:
天皇臨席の会議でガダルカナル島撤退が決まった。
辻政信のいない席で決められてしまった。
史実では昭和帝は
「ただガ島を止めただけではいかぬ。何処かで攻勢に出なければならない」
という意思を伝えられたという。
しかし、この世界においてはガ島における一大攻勢をかけ、失敗が報告されていた為
「ガ島撤退は遺憾であるがガ島作戦まで今日まで随分苦戦奮闘したので、
朕より勅をやろうと思っている」
とのみ発言された。
そして連合艦隊司令長官とラバウルの第8方面軍司令官に、「ガ島撤退の勅」が発令された。
ブーゲンビル島エレベンタ 第17軍臨時司令部:
「辻め、またしても!勝手な事をしおって!!」
百武中将は激怒し、再度倒れてしまった。
急いで「未来の日本」とやらから渡された薬を飲ませ、安静にして貰った。
この地では、第二陣で引き上げて来た比較的軽傷の兵士を使って、
ガ島から撤退して来る兵士たちの為の一時的な陣地が造られていた。
その第二陣撤退者から、百武司令は
「残った全兵力を投入した第三次総攻撃」の話を聞かされた。
無線で怒鳴りつけるが応答なし。
やがて東京→ラバウル→ブーゲンビル島という順で「負けている」と情報が入った。
(こんな事なら第一陣で撤退等するのでは無かった。健康が何だと言われても残るべきだった)
そう後悔していた。
12月31日に、第8方面軍から「ガ島撤退の勅」が下された事を知らされた。
第8方面軍の今村将軍からは「撤退して来た兵士受け容れの準備を整えること」と命じられた。
百武中将はラバウルに参謀を派遣し、ガ島の具体的な停泊地等の情報を知らせた。
海軍では人事異動があり、第二水雷戦隊司令官が
田中頼三少将から小柳冨次少将に交代することになったが、
「それはガ島撤退作戦終了後とする」とも言われた。
明けて、1943年1月3日
ガダルカナル島 第17軍司令部:
辻政信は意気消沈していた。
作戦はかつてない程上手くいった筈だった。
12月27日4時までの戦闘は実に上手く運んでいた。
敵を倒すよりも敵を動けなくする、その為の短機関銃乱射や小銃擲弾での制圧。
敵に与えた被害こそ小さいが、それでも浸透戦術と、
それを囮にした戦車による急襲は上手くいった。
(やはり狙いはルンガ飛行場(ヘンダーソン飛行場)にし、
敵の航空攻撃を先に防ぐべきだったか…)
そう後悔するも、過去守りの固いヘンダーソン飛行場を狙っては撃退され続けていた。
(どうすれば良かったんだ。完全では無いにしても、揃えるだけの兵器と戦力を整えたんだぞ…)
近くにはドローンが着陸している。
何機かはもう電池切れで飛ばすことが出来ない。
発電設備、変電設備は空襲を受けて破壊されてしまった。
「未来の日本」から持ち込んだ高性能な機械は、今現在の電池が切れた時点で無用の長物と化す。
(こんな物があったゆえに惑わされてしまったか…)
と後悔するも、いや確かにこの機械があれば、暗闇でも昼間のように戦え、
敵の知らない間道すら探し出し、敵陣の奥深くまで偵察が出来て上手く戦えたのだ。
(これだけの「質」があってもなお、この戦場では通じないのか?)
砲声がする。
第17軍司令部のある場所までは、まだ敵軍も殺到して来ていない。
だが、時間の問題かもしれない。
兵たちの目に光が無い。
唯一の希望だった「門」からの補給だが、そこはアメリカ軍に奪われてしまった。
日独伊三国同盟戦車隊という「希望」も、アメリカの新型戦車を見た者によって
「あの戦車によって全滅したに違いない」という噂が広がった。
元々そんな戦車隊等存在していないのだが、それが士気を削いだ事に変わりはない。
要はあの厳しい10月のガダルカナル戦線に戻ってしまったのだ。
(否、吾輩が戻してしまったのだ…)
島村曹長が報告に来る。
「無人偵察機、また1機が動かなくなりました。残りは3機のみ」
無気力に頷く辻。
「意見具申します。この無人偵察機に爆弾を仕掛け、敵陣に突入させましょう」
そう山崎軍曹が言う。うん、悪くないね。
ここでふと、辻は思い当たった。
(もしもその無人機が、爆発せずに敵の手に落ちてしまったらどうなる?)
もしも、暗闇でも遠くても写る、自動で焦点距離を合わせる写真機や、
画質にやや難があるが無線誘導で上空を偵察する小型無人機、
解読困難な暗号に変換する無線機等をアメリカが持ち帰り、理解してしまったなら?
技術の細かい事までは分からないが、写真機であり無線機でありと「想像が及ぶ機械」な以上、
何年か時間をかければ量産出来てしまうかもしれない。
そうなると我が軍の優位は?
先日の戦闘とは真逆の、全くの暗闇の中で一方的に狩られる日本兵の姿が脳裏に浮かんだ。
どんなに隠れて進軍しても、常に無人機がついて回り、待ち伏せされる皇軍の姿が予想された。
(あれらの技術は敵に渡してはならない)
辻はそう思った。
もしも渡してしまえば、ただの敗戦、一孤島を失っただけでは済まない。
今後の日本の戦局に影響を与える大失態ということになる。
辻は無人機を爆装する案を却下すると、島村曹長に
「残った機体を万全な状態にしておくように」
と気力の戻った声で命じた。
ガダルカナル島 「門」付近元日本軍陣地
トッド軍曹が行方不明になった事で、捜索隊が出された。
脱走とは考えていない、日本軍の伏兵の可能性を考えての事だった。
不思議な事に、彼の装備であるM1ガーランド小銃にコルトM1911自動拳銃、
そして手榴弾とナイフはすぐに見つかった。
近くの洞窟の中に落ちていたのだ。
本人が見つからない為、「武器を捨てて逃げた?」「逃げるならむしろ武器を持っていくだろ」
「敵兵にやられ身ぐるみ剥がれた?」「その場合むしろ武器を持っていくだろ」と疑問が残った。
捜索隊はしばらく密林の中を歩いていて、何か光を見つけた。
人が倒れていた。
服装からいって日本軍兵士だった。
近づいて見ると、無事なのは下半身で、上半身は戦車に轢かれ、ズタボロになっていた。
だが…
「おい、随分と頑丈な腕時計だな。下は泥だったとはいえ、戦車に轢かれたのに動いてるぜ」
「どれ? おお!ジャップはこんな時計作ってたのか」
「ジャップじゃねえな。英語だらけだ。おい、このキャッシォってメーカー知ってるか?」
「シラネ」
「イギリスのかな? スイスか? まあ、いいさ。これは土産として貰っとく」
「ずりぃな。次にジャップの死体のアクセサリー見つけたら、俺が貰うよ」
「OKだ。じゃあ、トッドの野郎の捜索続けるぞ」
こうして「未来」技術の1個はアメリカの手に渡った。
…全くその価値を理解されないまま、戦利品として。
「大尉、戦利品です」
「何だ?」
「ジャップのおかしなボトルです。ガラスじゃないのに透明で、柔らかいんです」
「よし、見せてみろ」
兵士が鞄の中を探したが、
「あれ? 落としたかな?」
「間抜けが。そんな物どうでもいいから、持ち場に戻れ」
「いや、あれ水とか入れておけば随分役立つと思ったんですけどね。
割れる心配が無い素材だったから。おかしいなあ? どこに行った?」
「おい、そこに積んであったジャップの食糧、誰か捨てたのか?」
「いいえ、誰も触っていませんよ」
「腐り始めてたから捨てたんだろ?」
「いや、やっていませんね」
「おかしいなあ…」
元日本軍の陣地に放棄されていたものが、何故か無くなっていた。
ここの指揮官は常識的に物事を考えた。
「気を着けろよ。ジャップはまだこの辺に潜んでいるぞ。
物が無くなるのは奴らが持ち出したんだろう。
トッドがいなくなったのもそのせいかもしれない。
元々は奴らの陣地なんだから、警戒しろよ」
1943年1月3日16時 第17軍司令部:
辻政信は参謀を集め、まだ気力がある兵士を500人程集めた。
「諸君!」
声を張り上げた後、彼は泣いた。
「不甲斐ない吾輩の指揮の為に、折角耐え忍んで維持して来た兵力を損耗させてしまった。
真に、真に申し訳ない…」
無口な兵士たちに、泣き終わった辻は話した。
「真に申し訳ないが、あと1戦しなければならない。
あの未来に通じる『門』を奪還せねばならんのだ。
あの『門』有ればこそ、皇軍は病に打ち勝ち、飢えからも解放されたのだ。
あの『門』さえ維持出来れば、撤退まで生き延びる事が出来る。
頼む! もう御国の勝利の為とか考えないで良い!
この島を脱出する為に、あの『門』を取り戻そう。
食糧があれば、医薬品があれば、逃げた兵士たちもまた戻って来る。
生き残る為だ。是非とも奪い返そう」
体力気力ともにあるが、戦意は失われかけていた兵士に、士気が戻った。
確かに、あの『門』があればこそ、この緑の地獄を生き延びられたのだ。
追撃が厳しく、つい放棄して逃げ出してしまったが、今なら奪い返せるかもしれない。
奪い返し、事情を話して未来の日本からより強力な武器を支給して貰い、
あとは撤退まで生き残れば…
撤退?
そう言えば、いつ我々は撤退出来るのだ?
市岡曹長が皆を代表して質問した。
「本当に我々は撤退する事が出来るのでしょうか?
それはいつになるのでしょうか?」
辻に代わって通信機の前にいた参謀が答えた。
「大本営はガ島撤退を決めたようだ。
1月中、長引いたとしても2月頭までには全軍ガ島より転進する。
これは決定事項だ」
兵士たちの顔に希望が蘇った。
辻が叫んだ。
「今夜半、夜襲をかけて『門』を奪還する!」
(続く)
感想ありがとうございます。
「作戦の神様」についてツッコミがありましたが、
マレーもフィリピンも
「他人にやらせて失敗した後、大軍を用意し、十分な物資を持たせて叩き潰す」
をやっていたから成功したので、他の戦績見たらこんなもんじゃないですかね。
辻ーンにはかわいそう(笑)ですが、奴が居ない方が物事は早く決まるものでした(笑)。
奴が来たからガ島は悲惨な運命に戻ったのですが、
奴が居なくなった東京の方はサクサク話が進み、大局的には多くが救われる方に動きます。
以前辻を「因子」と書いた所以です。




