クリスマスの奇跡
20XX年12月26日02時45分 某コンビニエンスストア親会社 〇〇ホールディングス サーバルーム
「15分前ですね」
この部屋にいるのは統括部長と警視庁サイバー犯罪担当の数人。
「この部屋、ジュース飲んじゃダメ?」
「ダメです。サーバルームの外出たら、そこに自販機あるんで」
匿名顧問氏があちこち機械をいじりながら喋っていた。
「んじゃちょっと行ってくる。2時間ジュース無しだと頭がぼーーっとなるからね」
「あんた、糖分摂り過ぎだから、気をつけて下さいね!」
20XX年12月26日02時53分 某コンビニ前「門」
「開いたようです」
「通信送れ」
最近では、開いたと分かったら通信を送って知らせるようだ。
通信手段が無かった時は、ぴったり午前3時開門とした為、
早く開いた時は数分を無駄にしていた。
食事をしに来た兵が2名と、物資を運搬に来た兵が1名。
俺は物資担当の方に手渡す。
あれ? 俺である必要あったか?
(浜・和田・野村「副店長だけでなく、私たちも交代交代でやります」)
一番緊張の瞬間。
この箱は本来は5円なんかじゃない。
チキン1本で700円くらいするんだ。
それが10本入ってるのに5円だよ、おい!
「門」を通過出来ない可能性だって高い。
その場合は即座に統括部長に連絡入れることになっている。
果たして…
・
・
・
「通った!!!」
成功だ!
観測していた自衛官や学者らしい人も拍手。
釣られて食事中の日本兵も、訳分からんながらに拍手…。
この「門」の仕組み、本当に訳分かんないや…。
まあ良い。
成功したら成功したで連絡入れる事になっている。
「ほう・れん・そう」は社会人の基本だそうだからね。
メールは一行「成功」として送る。
すぐに返事が来た。
笑顔の顔文字一個………あのオヤジ………。
合計で3人にしか持ち出し物資は渡せない。
交代で入れ替わり物資を持ち出し続ける。
今日は2000円÷5円だから2時間で400往復だ。
休んでる暇は無いぞ!!
…と言いつつ、注意が必要な瞬間も来た。
「えー、この瓶なんですが、開ける時に『ポンッ』とでかい音しますんで、
注意して開けて下さい! 戦場ですから、休戦中といえ場所がバレます」
「ではどのように開ければよろしいのでしょうか?」
「布巾で包んで蓋が飛ばないようにする。ゆっくり捩じりながら炭酸を抜きながら開ける。
蓋が飛んでも音が漏れない場所で開ける、です」
「了解しました! 渡す際に伝えます」
一番注意する時間を過ぎて、俺は店の方に戻って良くなった。
今日のこの日はこんなウルトラ値引きがあったから、「門」も大目に見たのかな。
何にせよ、クリスマスの奇跡だ。
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1942年12月26日 3時50分頃
白旗とライトを持った数人の日本兵が、場違いな「Merry X'mas!!」と書いた箱や、
銀ピカパッケージの瓶を持ってアメリカ軍との会合地点にいた。
数人のアメリカ軍兵士も現れた。
両者の背後には、それぞれ狙撃兵がいて、不測の事態に備えていた。
「Is it?(それか?)」
何となく通じたようで
「そうだ」
と日本語で答える。
これも何故か通じたようで、アメリカ兵は頷くとプレゼントを受け取った。
去ろうとする日本兵に
「Wait.(待て)」
と声をかける。
そのままアメリカ兵も日本兵に手渡した。
食料品、スパムと桃の缶詰、角砂糖、チョコレート、ガムが入っていた。
それに加えてタバコとバーボンウィスキーの瓶もだった。
「Give you back(お返しだよ)」
と言われ、何となく通じた。
両軍の兵士は敬礼を交わし、それぞれの陣のある密林に消えていった。
同様の会合が何ヶ所かで行われた。
12月26日6時過ぎ。
「諸君、おはよう」
師団長コリンズ少将以下が起きて、指揮テントに来た。
「それか? ジャップのクリスマスプレゼントは」
「はい。兵士が受け取ったものです」
「…随分多いな。奴らは補給を断たれて飢えているんじゃなかったか?」
「そう聞いています」
「ふむ……」
コリンズ少将は別な幕僚に聞いた。
「毒見はさせたか?」
「は! ジャップの捕虜数名に、ランダムにチキンを与えましたが、何も起きません。
ただ、このシャンパンの方には重大な問題がありました」
「毒が入っていたのか?」
「いえ、アルコールが入ってないんです」
一同が大笑いした。
「そうか(笑)。しまったな、バーボンくれてやるんじゃなかった」
再び司令部一同爆笑。
「安全なら良い。チキンとケーキと、ジャップはこれをシャンパンと言うらしいが、
その馬の小便を兵たちに振る舞ってやれ」
「イエッサー!」
そう言ってからしばしコリンズ少将は考え込んだ。
思った以上に日本軍は弱っていない。
おそらくは27日に仕掛けられる攻撃は、細心の注意で迎撃せねば、と。
米兵たちもジョークを飛ばし合った。
「なんだい、ジャップはクリスマスに七面鳥を食わないのか? 鶏かよ」
「でも、冷めてるけど結構イケる味だぜ。魚食いのジャップにしたら上出来だ」
「俺は米でも食えってプレゼントされるかと思ってたぜ。
その時は鉛弾をお返しにくれてやったぜ」
「ケーキはまあまあだな。もっと甘くていいと思うが」
「いや、それは糖分摂り過ぎだろ」
「こんなカットされたケーキじゃなく、ホールケーキ丸ごとでも…」
「それは食い過ぎだ」
「ブッ。なんだこのシャンパンは? アルコール抜けてるぞ」
「おいおい、シャンパンじゃねーぞ。シャ〇メリーって書いてるぞ。贋物だな」
「やはり猿真似ジャップか」
「酒くらいきちんと真似してくれよな。アルコール無しなんて、嫌がらせだぜ」
「でもよお、ジュースとして飲めばそこそこいけるぜ」
「いや、ジュースとしてももっと甘くないと…」
「だから糖分摂り過ぎだってんだ! このカブトムシ野郎が!」
「しかし、殺し合ってる連中とこうしてクリスマスを楽しめるってのは、奇跡だな」
「…クリスマスからは、もう1日過ぎてるけどな」
「ヤボな事言うな」
島の別な場所、日本軍陣地では
「誰かこの缶詰の開け方知らないか?」
「これは、こう、クルクル撒いて外すんだ」
「肉か…。何の肉だ?」
「おい!缶詰は日持ちするから開けるんじゃない。鳥食え、鳥!」
「もう食った!」
「速いな…」
「洋菓子もあるぞ」
「食い過ぎだろ」
「これ食い終わったら、またアメ公との殺し合いに戻るわけだな」
「ああ、そうだ。しかしまあ、空襲も無く、クソ暑い中だが平和に飯が食える。
今この時間ってのはまったく奇跡だな」
こんな感じで兵たちが食事をしていた。
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時間を戻して(?)20XX年3時17分:
「これだな。掴んだ」
匿名顧問氏が呟いた。
「キャッシュに取られてもいいように、先月から作った甲斐がありましたよ。
担当者から『こんな規則聞いた事ないです』と不審がられながらも、
この規定部分は必ず見に来ると踏んでたよ。
苦労が報われた…」
担当部長がそう言った。
「何者かは知らんが、ローテクに引っ掛かった。
確かにアクセスログに残らない、アクセス有った瞬間の記録が残らない、
電気信号的には完璧に足跡が残らないようになっている。
だが…」
「アクセスされた瞬間に、一瞬だけ規約ページが表示された。
まさか、サーバ外のカメラで録画してるなんて、目で見ているなんて、
そんなローテクは頭に無かっただろうな」
「3時0分32秒、日本兵がチキンを持って『門』を潜った時間、
金額データベース、特別規定画面に一瞬だけアクセスがあった。
目にはノイズが走ったようにしか見えなかったが、カメラをスローにしたら
バッチリ映っていた」
「奇跡は起きた。会議の方に知らせよう。
『足作戦成功、何者かの”足跡”を掴んだ』と」
(続く)
感想ありがとうございます。
ファンタジー回、続きます。
…こんな休戦が通る戦場だったらどんなに良かったか…。
(日本軍もですが、米軍だって飢えてたくらいですからね)
以前、裏テーマで「人間は生きている以上、勝手に動く」と書きました。
米軍出て来てから、脳内のこいつらは勝手には動きませんが、
好き勝手に喋ってはくれるので、話が書きやすくなりました(笑)。
自分の本性なのか、米軍のイメージがそうなのか、毒舌です。
あと桃の缶詰は史実ではガ島には無かったと思いましたが、
かのスプルーアンス提督の好物という事でネタ的に混ぜ込んでみました。
これくらいの考証無視は許して下され(笑)。
史実では日本海軍設営隊が放棄した製氷機を使って、米海兵隊は
「トージョー・アイスクリーム・カンパニー」と称した氷菓製造をやってたそうです。




