過去人の思惑、現代人の思惑、未来人の思惑…
ガダルカナルの第17軍がクリスマス休戦を受け入れたという話は、
現代世界の関係者を驚かせた。
第二、第三の手紙を用意し、何とかお願いしようと思っていたのだが…。
そして、辻政信から条件が付けられた事については、安堵した。
読み通りの行動なのだから。
某会議室にて:
「辻政信から示された要望です」
「『短機関銃を予定の倍送られよ。また、火砲に類する制圧火器も必要。
その補給が確認された後に、貴官らのクリスマス休戦も行うものなり。
貴官たちが挑む何者かへの戦いに勝利有らん事を期待す』か…。
ここまで物分かりが良いと、不気味なものを感じるが」
「条件がつくのは想定内の事でした。条件の内容も想定内。
しかし、その想定内の条件ですら『門』の制限の前には困難です」
「特に火砲がなあ…。
短機関銃ならば回転率を上げればどうにかなるかもしれないが…」
「すまないが、以前の辻政信からの申し出であった、撤退の為に
敵の追撃を阻む為の攻勢、それに手を貸す武器供与すら私は反対だった。
さらに拡大させてどうする」
「そうは言っても『足作戦』の為だ」
「日本軍に値崩れしたクリスマス商品を送る、1個送れば十分ではないか!」
「おや、学者に相応しくない発言ですな。
反復するデータが欲しい、何者かの反応を見るには何度も繰り返す必要がある、
その為の大量輸送です。準備だって時間をかけてして来たんです」
「ともかく…私は反対だったって事は覚えておいて欲しい…」
「分かりました。
ところで、『門』を通れる火器で何とかなりそうなのはあるか?」
「06式小銃てき弾が候補です。
これを九九式短小銃でも使用可能な形に簡易改造して引き渡そうと思います。
しかし、問題が…」
「何だね?」
「これはかねてから準備していた物資と違い、全て自衛隊への納入品です。
登録番号も振られた国民の所有物です。
持ち出したのが分かれば問題となります」
「そこは、情報統制、隠匿しかないだろう」
「…いよいよ我々も大本営化して来てますな」
乾いた笑いが起きた。
「あの『門』の性質が分からなかった以上、仕方ありませんよ。
本来ならば対戦車ロケットなり、無反動砲なりを支給するつもりで準備していたのだから。
『足作戦』でその辺の突破口が見つかれば良いがね」
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1942年ガダルカナル島:
百武中将他、半数の司令部要員と、800人の負傷兵が撤退する晩が来た。
「駆逐艦2隻、それも1隻は護衛用で、あとは小型舟艇か…。海軍め、ケチって来たな…」
辻政信が毒づく。
低速の輸送船を投入出来る戦況ではなく、搭載量の小さい高速駆逐艦を輸送船使用する他ない。
駆逐艦に乗り切れない兵士は、曳航する小型舟艇にしがみ着くようにして運ばれる。
負傷兵の中には、この扱いでは海に投げ出される者も出るだろう。
実際、800人のうち100人近くが海に落ちて、帰らぬ事になる。
そうはならない、確実に駆逐艦内に収容される百武中将は辻政信と挨拶を交わした。
「では頼むぞ」
「はい、責任を持って、残兵の撤退に当たります」
「くれぐれも勝手な事はするなよ」
「心得ております」
「連れて帰る通信兵の持つ機械は、かの未来世界の技術が入った高性能なものだ。
通信困難な事はないだろうから、定時連絡を怠るな」
「肝に命じます」
「大本営との調整もして欲しい」
「当然です。その為の吾輩です」
百武は、素直過ぎる辻に少々不安を持ったが、それを口には出さず、
舟艇に乗って沖合に漕ぎ出した。
そして百武晴吉陸軍中将は、しばし薬を飲むのを怠ったりはしたが、1944年まで健康を保つ。
1943年の初めには渡された薬も飲み切っていた為、無事史実通りに戻ったと言えるだろう。
「さて、ここからが正念場だぞ」
辻は残った司令部要員に言った。
「あのケチな、未来とやらの日本人を上手く利用し、勝利を得ましょうぞ」
そう言う自分のシンパの参謀を辻は窘めた。
「彼奴らを悪く言うな。
あれは相当に我々に対し敬意を示しておる。
思惑に乗る乗らんは別にして、だ」
意外な発言に、参謀たちが首を傾げる。
「もう随分と戦争をしてない世代のようだ。
戦う事よりも病死・餓死に対して敏感だ。
あの『門』は吾輩も試したが、相当な制限がある。
彼奴らはその制限を崩そうと頑張っておるのだ」
「はあ? その『門』とやらは連中が開けたものではないのですか?」
「違うようだ。もっと別な存在が開けたらしい。
彼奴らは我々に補給を出来ることを喜んでおるが、
一方で彼奴らさえ弄ぶかのような何者かに対し、憤りを感じておる。
愉快ではないかね。
吾輩はさっぱり戦いに重きを置かず、病人・餓死者を救う事ばかりの彼奴らを不満に思い、
彼奴らは自分たちを試すかのように『門』を開けた者を不快を感じておる。
大変共感を覚えた。時は変われど、我々は似た者同士なのだな、と」
「はあ…」
「そんな彼奴らを裏切る事になるが、まあ吾輩にだって言い分はある。
済まぬとは思うが、悪いとは思わん。
我らは同じ日本人だ。
彼奴らが我々を使って何かを為すなら、我々とて彼奴らを使って戦を為そうぞ。
だから諸君たちも、敬意を持って堂々と彼奴らを利用し、
勝利をもって『どうだっ!』と示してやろうぞ」
「はっ!」
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統括部長がコンビニに来た。
「お疲れ様~」
「お疲れ様です。クリスマスイベントのテコ入れっすか?
『足』作戦でしたっけ? 日本兵に鶏の足食わせて士気向上!って作戦。
…随分気合い入ってますね…」
「ムフフ」
統括部長は気色悪い笑い方をした。
後ろからデ…恰幅の良い警視庁関係者が来た。
「あれ~?聞いてない?
足作戦でアメリカ軍にもプレゼント渡すらしいよ。
現場が承知したんだって」
マジか!?
「そうゆうこと。だから、レッグだけでなくケーキやシャンパンもいっぱい来るからね」
「シャンパンじゃなくて、それを模したジュースでしょ、あれは。
ところで、警視庁の…誰さんでしたっけ?」
「あ、名乗ってなかったね。まだヒ・ミ・ツ」
「…さんと統括部長、知り合いなんですか?」
「関係者ですから」
「関係者ですから」
2人して同じ返答…。
和田君が口を挟んで来た。
「すみません、貴方は本当に警視庁関係者ですか? 自分は以前別な場所で貴方を見ています」
「へ? どこで見たの? それによって答え変える」
…どういう事だよ。返事変えたら意味無いだろ。
「経済産業省のネットワークセキュリティで講義してましたよね。
その時の肩書は情報セキュリティ政策室顧問でしたが」
和田君、戦車の時も思ったけど、細かい事覚えるの得意だな。
「あー、アレに君来てたんだ。髪短かった時でしょ。
うん、分かった。どっちも正解だよ。僕ね、元ハッカーなの。
と言っても企業に雇われて、構築したネットワークに穴が無いかテストする仕事ね。
レベル上げてる内に、官庁の方にスカウトされたんだけど、正式には所属はしてないよ。
だから警視庁サイバー犯罪捜査の外部顧問だし、経産省セキュリティ政策の顧問でもあるの」
「その辺はうちのネットワーク回線いじってたから信じますけど、
分かんないのは、その人がなんでうちの部長と知り合いで、
この計画に噛んでるの?って事です」
「そりゃーね、副店長君。
『謀は密なるを以て良しとする』って言うじゃない。
彼の経歴は明かしたことだし、今日はここまで。
その内会議で明らかになりますから、楽しみに!」
「そう、お楽しみに~!」
そう言って2人は去っていった。
釈然としない俺に、やはり釈然としない表情の和田君が
「副店長って、どれくらいのペースで会議出てるんですか?」
と質問して来た。
「この2ヶ月ちょっとで3回くらい。
会議でなく事務室に呼び出されて決定だけ伝えられる時もあるけど。
なんで?」
「いえね、自分も和田さんも浜さんもそうなんですが、伝えられてる情報が少なくて。
『門』の警備とか給仕や医療班もそうですが、状況の変化が分からないんです。
この店に来て、お互い情報交換をしています。
分からないのがこの『足作戦』とやらです。
内容は分かるのですが、やる意義が我々には下りて来ていませんので、
不測の事態があったらどうしたら良いのか…」
「それ、俺も分からない。なんで日本兵に鶏の足食わせる必要あるわけ?
しかも米兵も巻き込んで…」
「副店長、会議の出席者なんで、その辺我々の代わりに探っていただけないでしょうか。
当初の『戦って死ねるよう、満足いくまで食わせてやろう、病気を治そう』から
目的が逸脱して、どこを目指しているのか分からず、隊としても不安です。
どうかお願いします」
…俺も知りたい話なんだが、こうして他人から頭下げられると、
途端に厄介事引き受けた気分になる…。
どの道、いつかは問い質さないと。
(続く)
そろそろ僕のこの小説の裏テーマ的な部分が見えて来たと思います。
人間って生きてる以上、勝手に動くものなんです。
「門」開けた未来人からしたら、現代人勝手に抜け穴探るな、日本陸軍勝手に動くな。
現代人からしたら、未来人勝手な事しやがって、日本陸軍はせめて史実通りにしろ。
日本陸軍からしたら、未来人なんだそりゃ?、現代人の誘導には乗らんぞ。
3点でそれぞれに不満を持つでしょうが、お互い思考誘導までは出来ても、行動制御は出来ない。
そして、「自分の思ったままに動く」を象徴する人物として辻政信って外せなかったのです。
大きく見れば、未来人も現代人も過去人も歴史という釈迦の手のひらの上で暴れてるだけ。
でもそれぞれは、自分より過去の人間に対し、釈迦のような気分になっていたりします。
その勘違いが物語を動かしてるわけでして。
裏テーマの1個を明かしてみました。
裏テーマの2個目も、徐々に顕在化して来ています。




