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コンビニ・ガダルカナル  作者: ほうこうおんち
第5章:絡み合う思惑
35/81

クリスマス休戦

1944年12月18日 大日本帝国東京 皇居

杉山元参謀総長は昭和天皇に対し、

「ガ島の陸軍に対する海軍の輸送が甚だ困難である」と奏上した。

天皇は黙って頷いた。


20XX年の日本における「史実」ではこの日の奏上で

「ガ島の陸軍への輸送に海軍が協力しない」ともっと強い批難の奏上がされたていた。

12月11日の第四次輸送作戦でガ島に運んだ1200個のドラム缶のうち、

220個しかガ島の陸軍が回収出来なかったことを、辻政信中佐は怒り狂い、

現地からの補給物資受領失敗という電報についても杉山参謀総長まで報告された。

この辻の弾劾は、輸送作戦を指揮した田中頼三海軍少将の印象を悪くする。

輸送作戦における慎重過ぎる指揮に対し、部下の駆逐艦艦長たちからも不満が出た。

結局田中少将は12月30日に第二水雷戦隊司令官を交代される事になる。

20XX年の日本における「史実」の話である。


だが、「門」が出来た1942年世界では、補給物資を陸揚げする兵士の体力回復が

ある程度は為されていた為、第四次輸送で投下されたドラム缶も370個を回収し、

「史実」より多くの物資を得られた(空襲というタイムリミットがあり、全部は無理だった)。

「史実」で海軍を非難しまくった辻政信中佐はガ島に行っていて東京に居なく、

杉山大将にその怒りをぶつけていない。

「史実」通りの田中少将の良く言って慎重、悪く言えば消極的な指揮は

相変わらず駆逐艦艦長たちから非難囂々であったが、

それが東京での御前会議で、陸軍(辻)から天皇に伝わる事は無かった。

これがどのような結果をもたらすか…。




ガ島においては、早々と第17軍司令部の半分と、

傷病兵およそ800名がブーゲンビル島に移ることになった。

辻の意見具申が参謀本部に通り、東條首相直々の

「ガ島放棄の為、第17軍司令部は後退せよ」という命令が出た。

一方、さらっと辻が混ぜておいた「撤退に際し、予備攻勢をかけるが、その指揮を執りたい」

という要望について、東條は「辻君がやりたいと言うなら、一度やらせてみようではないか」

となって、参謀本部もそれを可とした。

撤退が本決まりとなり、先立って1000名前後の傷病兵の後送は士気を高めた。

前線においては、攻勢を控えつ体力を回復し、このまま生き抜けば帰れるとの思いが漲った。

先に帰る傷病兵に、内地への手紙を託し、健在な兵が殿(しんがり)という事で踏ん張っていた。


後退支度を始めている百武中将と参謀の半数の元に、辻政信がニヤニヤしながら訪れた。

「司令官殿はクリスマスはご存知でしょうか?」

「知っておるよ」

「かのアメリカでは甘い洋菓子(ケーキ)を食らうようです」

「それが何かね?」

「七面鳥の足を丸焼きにしたものも食らうとの事」

「中佐、何を言いたいのかはっきり言ってくれんか?」

「来週にはクリスマスだそうで、

 かの世界の者たちが、甘い洋菓子(ケーキ)と鶏の足の丸焼きを馳走してくれるとの事。

 司令官殿もおひとつ如何でしょう? ブーゲンビル島まで届けさせましょうか」

「………(怒)。

 中佐、貴官は何を言っておる?

 我々は戦争をしておるのだ! そんな物食えるか!!」

「まあまあ、司令官閣下、そう血を頭に上げなさるな。

 それではですなあ、発泡酒などは如何でしょう?」

「同じだ! 貴官、何を考えておるのか!

 前線でそのような贅沢が許される訳がなかろう!

 贅沢は貴官が最も嫌った事では無かったか!」

「後方でふんぞり返っている将校の怠慢と贅沢は許し難いですな。

 しかし、今回のは前線の兵たちにもなるべく配るとの事です」

「だから、戦争をしているのに、そのような遊びを入れる気か??」

「大正三年12月、欧州は西部戦線…」

「なんだ?」

「欧州大戦の独逸と英国はクリスマスに休戦をしたそうです。

 いやいや、風雅な事ですな」

「我が国はキリスト教では無い!」

「明治三十八年の正月、旅順要塞にて我が軍と露西亜軍は、いまだ休戦の発効する前に

 要塞や塹壕から両軍の兵士たちが出て、健闘を称え合い、酒を酌み交わしたりしましたぞ」

「それは要塞降伏の報が伝わり、勝敗が決したと分かったからであろう。

 ………しかし中佐、貴官妙な事に詳しいな?」

「いやいやいや、まあまあ。

 何だったら、米軍にも洋菓子(ケーキ)発泡酒(シャンパン)を届け、休戦を申し込みましょうか」

「ふざけるな! 貴官、かの未来の日本と触れて腑抜けたか!」

「吾輩は吾輩ですよ。

 ただ、休戦申し込みとして敵陣に使者を送る事には意味がありましてな」

「………。

 攻勢前の敵情視察か…。

 成程、クリスマス休戦を申し込めば、米国も応じるかもしれぬ。

 その時に敵陣を見て来るというのだな」

「流石は司令官閣下! ご明察でいらっしゃいます」

「…やるなら勝手にやれ。

 儂たちには必要ない。

 そうだ、海軍設営隊の者どもは洋食好きだから、彼等にもくれてやるが良い」

「ははー」

仰々しい態度で百武にクリスマス休戦の話をした辻だったが、

彼もこんな突拍子もない話にホイホイ食いついたわけではない。

最初は、それこそ百武より先に脳出血を起こしかねない程に激怒していた。




~~~(1時間程前)~~~


「休戦だと! 休戦だと! 休戦だとぉ!?

 そんな暇があったら、敵を蹴散らすべきではないか!

 未来日本人とやらが甘い連中だと思ってはおったが、

 ここまでとは吾輩も想像つかなかったわい!!」

伝令が持って来た手紙を、破り捨てこそしなかったが、

近くにあった物に当たるくらいには辻は激怒していた。


軍刀を鞘のまま振り回し、聞くに堪えない罵声を飛ばし、やっと落ち着いた。


手紙の続きを読む。

『1週間後の12月25日は西洋でいうクリスマスになります。

 その日ですが、クリスマスの商品の売れ残りが大量に発生します。

 明けて26日早暁の補給品は、それらクリスマスの物となります。

 その方が安くなりますので、大量に補給が出来ます。

 ケーキ、鶏の足の丸焼き、発泡酒等西洋かぶれの物ですが、

 この時期で無いと安く入手出来ないので、どうか受け取って下さい。

 もしも日本人の口に合わないと言うのであれば、

 休戦を申し出て、アメリカ軍にでも送って下さい。

 第一次世界大戦の西部戦線ではクリスマス休戦というのがあったので、

 同じキリスト教のアメリカも受け入れる可能性が高いと思われます』


ここまで読んで激怒したが、その次である。


『このように突拍子も無いお願いをいたしますのも理由があります。

 我々が”門”と呼ぶガ島と当地を結ぶ洞窟は、

 我々でない何者かが、何らかの意図を持って開けたものです。

 この”門”には制限が多く、そのせいで補給に難儀しております。

 我々は”門”の制限を突破し、より多くの補給を考えております。

 その為、この度はあえて”普段ではあり得ない特別な事”をして、

 ”門”を開いた何者かの意表を突き、制限解除をするつもりです。

 より多くの補給の為、現地の協力を要請します。

 埋め合わせに、出来るだけ貴官の要望に応えようと思う所存です』


最初読んで辻は要領を得なかった。

『何者かが開けた? 思惑?』

しばし考え、理解した。

『”あの世界の”日本人が開通したのではない、か。

 それはそうかもしれない。

 確かに写真機も無人偵察機も、このような物を今の時代の技術では作れない。

 だが、”理解出来ない”程隔絶した技術ではない。

 想像が追い付く技術なのだ。

 記憶が無くなったり、賞味期限とか書いてある部分を墨塗したりしてはいるが、

 彼等は我々のいる時代から、そう遠い未来の人間ではない。

 元号が変わっていたのは、彼奴らが時々消し損ねている製造年月日から分かった。

 ご今上が崩御され、皇太子殿下か、その御子かの御世であろうか。

 千年や五百年といった先の世ではない。

 であれば、その”門”程、どうやって開くのか理解が追い付かぬ技術はあるまい。

 聞いたところ、地震も津波も制御は出来なかったようだし、決して万能ではない』

そしてさらに考え込む。

『成る程、彼奴らも自分たちより未来の者の行いが理解出来ず、憤慨している、

 そういう訳なのだな。

 武器が喉から手が出る程欲しい我々も巻き込んで”門”の仕組みを調べる、

 いや、彼等より未来の存在に一泡吹かせようとしているようだ。

 吾輩が彼奴らの思惑に素直に従ってやる義理は無いのと思ったのと同様にな。

 ふふふ、同じ日本人、同じように思うものだな』

『補給をしたいというのと、”門”とやらの制限を外したいという目論見、

 2つの主従が曖昧になっておるわい。これなら付け込む余地も多そうだ』


辻は水を飲むと、第17軍の参謀を呼んだ。

第17軍は百武司令は撤退論者だが、参謀長の宮崎周一少将は玉砕を主張している。

他の参謀も継戦を望んでいる。

中には辻の信奉者もいる。

彼等は辻までも「一戦し、敵を撃砕して後の撤退」を言い出した事に少々落胆していた。


参謀の1人が来た為、手紙を見せる。

その前に「これは吾輩宛の手紙である故、激高して破らぬようにな」と釘は刺した。

怒り、戸惑い、理解不能と表情を変えて手紙を読み終えた。


辻は

「吾輩は別に感想は求めぬ。

 彼奴らがそう望むのだから、吾輩たちの及びもつかぬ何かがあるのだろう。

 だが、それに素直に従ってやる道理も無いわな。

 吾輩は、この理解困難な依頼に対し、条件をつけてやろうと思う」

「そうなさるべきですな。

 これは我々の感情を逆撫でしております。

 一丸となって米国と戦うべき時に、米国の祭りを行い、しかも休戦などと。

 して、どのような条件をつけるのですか?

 武器の補給に関してだとは思いますが」

「その通り!

 頼みを聞いてやるのだ、もっと武器を送れと言ってやる」

「流石です、辻中佐殿」

「その線で、クリスマス休戦とやらを受け入れてやろう。

 もっとも、休戦申し込みという名目で、敵陣を探り、敵を油断させる事もするがな」

「ほお、すると休戦明けにはすぐに攻勢ですか」

「そうだ。12月27日に第三次総攻撃を開始する」

辻に呼ばれた少佐参謀は戦慄した。

「陽動でもなく、予備攻勢でもなく、総攻撃ですな」

「そうだ。この事は司令官には内緒であるぞ。

 そのつもりでこのクリスマス休戦を全軍に布告したい。

 正月までには勝つぞ!

 出来るな?」

「ふふふ、司令官殿には内緒ですか。

 それゆえに、ブーゲンビル島まで後退願うのですな」

「しー。誰が聞いとるとも限らん。(はかりごと)は密なるをもって何とやらだ」

「はい、勉強になりました。では懇意の参謀たちに話を通しておきます」

「頼むぞ。吾輩は、一応司令官に裁可を求めにいく」

「辻中佐殿、安心しました」

「なんと?」

「中佐殿まで撤退撤退と言い出し、我ら忸怩たる思いがありました。

 しかし中佐殿は変わっておられませんでした。

 未来世界とやらも利用し、勝利を得るお心でしたな」

「うむ、共に励もうぞ」

「ははっ」

(続く)

要は辻ーン一人じゃ何も出来ないって話です。

辻の子孫が「中佐に過ぎないのに、そんな力があると思いますか?」と言ってますが、

それはその通りでしょう、中佐風情に国を傾ける力はありません。

各地に「命令違反しようが、独断専行しようが、勝てば全て肯定される」と思う

数多くの辻政信が居てこその結果だと思ってます。

実際第17軍司令部の参謀たちって、玉砕論者ばかりだったようですしね…。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 楽しく読んでいます [一言] かつて軍人に手を挙げろといったら手首だけ曲げたと何かで読みました。金田一晴彦だったかな。 鶏の足と言われるとモミジと思うかも知れませんね。
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