表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コンビニ・ガダルカナル  作者: ほうこうおんち
第5章:絡み合う思惑
33/81

俺の健康状態も良くなかった

1942年のガダルカナル島、とある洞窟。

深夜2時55分、3人の衛生兵がそこから出て来た。

「おう、待っていた」

辻政信中佐が出迎える。

3人は敬礼を返し、すぐに2人が仏舎利を運ぶ、人だったモノを担いで「門」から出て行く。

数分後、戻って来た1人、里見衛生曹長が「仏舎利」の中から手紙を取り出した。

「確かに返事を預かって参りました」

それを辻に渡した。

辻は手紙の封を切る前に、「仏舎利」の中を見た。

「何だ?それは?」

いくつも電極のついた機械、紙の巻物。

「これは心電図を取る機械であります。

 本土には導入されていても、前線には無いだろうとの事です。

 これは血管の弾力を計る機械であります。

 これは眼圧を計る物だそうです。本格的な物は大きい為、簡易版との事です。

 これは………」

「ああ、もう良い。吾輩はそこまで説明されても判らん。

 ガンアツというと、目か? 何故そんなものまで来たのか?」

「緑内障という病気だと、目は見えなくなるし、頭痛もあるとの事です。

 緑内障の場合、眼圧の上昇が見られるので、検査するように、と」

「ふむ…」

一見しただけでは玩具(おもちゃ)にしか見えない物もあるが、

それ故に

『医大等にある機械を、ここまで小型化し、市井でも手に入るようにしているのか』

と辻は真価を見抜いた。

さらに問う。

「貴様たちは治療については学ばなかったのか?」

「ひと通りは講習を受けましたが、机で学んだだけの診察は危険な事、

 衛生兵が司令官の治療をしたりしたら、軍医の職分に踏み込んでしまう事、

 やはり本格的な治療は軍医が行った方が患者も安心な事、

 そして僅か半日では学べる事にも限度があるとの事で、

 症状が明らかになったら、それを伝えて後は軍医に任せよと言われました」

「そうか、その通りだ。職分に踏み込まれたとなれば、軍医も面白い筈がない。

 それは翻って、軍医の下で働く貴様ら衛生兵への不満にもなる。

 全く彼等はよく気がつく連中であるな」

「そう感じました」


辻は心の中で

(そこまで細かく、気遣い多き者たちなれば、吾輩の頼みも断れなかろう)

と確信していた。




現代で検査方法を学んだ衛生兵の帰りを待たずに、第17軍司令部では結論を出していた。

「高血圧ですな」

「高血圧だ」

「そりゃばったり倒れますな」

「司令官閣下もまだまだお若い。血が頭に上ってのぼせられるとは」

「年も年だし、こんな過酷な生活に加え、辻まで来たとなると血圧も上がるだろう」

検査依頼を受けて計った時に、当然周囲もその数値を見ていた為、

『ああ、血が上っただけか』とかなり楽観的になっていた。

気の緩みか、前日の「閉門」前に未来日本が渡した降圧剤も、特に飲む気配は無かった。

「軍人が一々血圧(のぼせ)の事など気にしていられるか。

 必要なら飲むが、今は問題無い」

と、現代日本人でもいる田舎の頑固爺様的な態度であった。


無線で診察結果の報告を受け、「高血圧が原因」と機材も何もないガ島と同じだった為

「未来と言っても、大した事は無いですな。

 あれだけ仰々しい検査とか言いながら、物も薬も足りん我々と同じ診断結果になるとは」

「いやいや、彼等はこちらの事を一部しか知らんのだ。

 何でも調べようとするのも無理は無い」

「それよりも、もしかしたらこちらの軍医殿が未来でも通じる程優秀なのでは?」

「なになに、この数字を見れば時代を問わず同じ診断結果になりますぞ」

こんな健康に関しては緩い空気となっていた。


これは無理からぬ事であった。

高血圧で頭がキーーーンと来て倒れる、これを「血が上った」「のぼせた」と言うだけで、

致命的な症状に繋がるとはこの当時は知られていなかった。

ガダルカナル島戦を含む第二次世界大戦が終わろうとする時、

血圧300/190mmHg という数値を叩き出したアメリカのF.D.ルーズベルト大統領の脳卒中での死が、

高血圧の研究を加速させる契機になるのだが、それは史実の百武が倒れるよりも後の話だ。

降圧剤というのも、「ほう、そんな薬があるのか。ヤワな話よな」という感じであった。


…2年後に脳出血で倒れる、その前兆が出たのかもしれない、という史実を言わず、

1942年の軍医の顔を立てる形で、「出すであろう診断結果」を言っただけ、

「門」と直接関わっていない彼等は、そこまでは読めていなかった。


「門」とここ数日接した辻政信は、この未来日本人の気遣いの多さと、慎重な物言いから

「伝えてはいけない、危機的な未来」を隠していると察知している。

その上でどう利用しようかと頭を働かせていた。


彼は受け取った手紙を読んだ。

「宛 辻中佐殿

 発 日本国防衛省

 貴官の作戦に賛成する。

 秀才と名高き貴官ゆえ、退却時の事も遺漏無く立案しているものと信じる。

 戦術は先次大戦における独逸の浸透戦術と見る。

 それゆえ一個分隊につき二挺の短機関銃と一名の擲弾兵用の装備を支給したい。

 仏舎利輸送に限度がある故、司令部の裁可あり次第、補給を始めたい」

フフフ…

辻は笑った。

(そうだ。控え目で良い。補給を始めて欲しい。

 武器を送って欲しい。

 一度送った以上、それを無駄にしないよう、吾輩が頼めばさらに多くを送らざるを得なくなろう。

 満州で石原殿が戦端を開いた時も、結局大本営は追認して兵を増援した。

 一度動き出しさえすれば、もう止まらん。

 だが、確かにあの通路には限度がある。

 数多く送るのは難しい事が分かった。

 まあ、それは未来の親切で英邁なる彼奴(きゃつ)等に解決して貰うとしよう)






-------------------------


コンビニにおける俺の役割は、完全に「深夜担当」になってしまった。

親父は面倒事は絶対に引き受けない上に「夜は10時には寝る」そうだ。

弟が唯一「流石に10連勤とかは可哀そうだから、一晩くらいは代わる」と言ってくれるが、

基本は「軍隊との折衝は全部任せた」だった。

家族の癖に、俺の疲労を何だと思ってるんだ…。


てな感じで2ヶ月、昼夜逆転の生活をしていて、どうも体調が悪くなった。

前はフルタイム起きていられたのに、最近は棚の整理とかで

立ったまま居眠りしてたりしてるらしい。

「らしい」というのは、和田君や野村さんが気づいて起こしてくれてるからだ。

そして自衛隊の方から

「散々ご迷惑をかけていますので、防衛医大病院の方に連絡入れますから、

 そちらで診察して下さい」

という申し出があった。

送迎あり、無料でやってくれるそうだ!

喜んで!



「睡眠不足です」

あっさりとした診察結果。

「いや、眠ってますよ」

「時間だけ寝てるかもしれませんが、明るい中で寝てますし、

 いつ連絡が来るか分からないからって、携帯すぐそばに置いて、

 気を張ってるようですね。

 ちょっと神経症の気も出てますよ」

との事だった。

「門」の事を聞いても、機密だから答えないだろうし、俺が医者の立場でもそうする。

一般論として聞いてみた。

「血圧とかどうです?」

「ちょっと高いですね。油っこいの控えた方がいいですよ。

 まだ今は若いからいいですが、もう10年もするとねえ」

「戦前の人、ちょっと知り合いがいるんですが、その人も高血圧なんです。

 やはり油っこいもののせいですか?」

「戦前の方は、油っこいのはほとんど食べませんよ。

 現代人と全然違います。

 代わりに、冷蔵庫とか無かったから、保存の為に塩分が多かったので、

 それですね。塩分過剰。控えるように伝えて下さい」

(伝えるのは貴方のお仲間からになるけどね)

「あとストレスとかは?」

「大いに関係あります。何か心当たりでも?」

「あ、いえ、その携帯を常に手離せないくらいには緊張状態にありまして」

「良くないですね。たまには休み取って、そういうのと切り離した生活して下さい」


というわけで、今日のシフトまで暗室を借りて、

付き添いの浜さんに電話は預け、眠らせて貰うことになった。

(デパス)も少し処方してもらった。

(「癖になってはいけないので、こちらにいらした時だけにしましょうね」)


久々にゆっくり眠れた感じがするので、そのまま浜さんに送って貰う。

…その後は勤務時間だ…。

なので、行く前に食事をしながら話を聞いてみた。

「ストレスって言われたけど、俺じゃなく百武さんでしたっけ、

 あの人はどうなんですかね?」

「凄いストレスだと思いますよ」

「軍司令官として過酷だからですかね」

「それ以上に、辻政信が来たこともあるでしょう」

「どんな人なんですか?」

「ストレスだけで言うなら、百武司令官は中将で軍の指揮権限があったんです。

 しかし中佐に過ぎない辻参謀が出しゃばって来て、勝手に攻撃命令を出し、

 多くの兵士が戦死したんです。

 参謀に命令権限は無いんですがね」

「以前広瀬三佐に聞いた、独断専行ってやつ?」

「あ、聞いてましたか。そうです。

 それに百武司令官の第17軍というのは、本来ガダルカナルとニューギニア戦線を

 管轄する筈だったんですが、いきなり上位組織の第8方面軍というのが出来て、

 その下に配属になりました。

 さらにニューギニア方面は第18軍担当となりました」

「負担が軽くなったように思えますが?」

「一度命を受けて出撃した軍司令官が、いきなり上位組織を作られ、

 勝手に担当部署を減らされるってのは屈辱だったと思いますよ。

 そして、唯一の担当であるガダルカナルで結果を出さないとならないのに、

 戦況はあんなですからねえ…。

 そこへ来て、史実には無い辻参謀の急な来訪です。

 それがどういう結果を招くのか、自分たちにも読めませんよ」

(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ