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コンビニ・ガダルカナル  作者: ほうこうおんち
第4章:辻政信という因子
30/81

辻政信の思惑

20XX年 東京市ヶ谷:

深夜、会議室に集まった面々はホッと息をついた。

難物・辻政信との時空を超えた会談は成功した。

なんだ、意外に話の分かる人物ではないか、

一戦してからってのは分からない話でもない、

元々餓死や病死よりは戦死という意見だったし、

多少の要望はかなえても良いのでは?という楽観的な空気になっていた。

それでも「負けるという言葉は出さないように」と締めて、その日は解散した。


彼等はまだ辻政信の本当のところを知らない。




1942年 ガダルカナル島:

交渉を終えた辻政信は、半野営の歩兵陣地で睡眠を摂った。

心に秘するものがあり、それが頭の中で整理されたせいか、実に豪快な睡眠であった。

まあ「門」近くの陣地は、持ち込まれた小型扇風機(電池式)とか、

湿気取り(据え置き型)とかゴキブリ誘導家屋(ホイホイ)とか、防虫蚊帳とか、

風通しや水はけを良くした構造とかで、他に比べれば快適なのだ。


それでも長時間寝ていられる程、涼しい島ではない。

陽が中天に届く遙か前に辻は目覚め、兵から渡された手ぬぐいで寝汗を拭いた。

実に清潔な、下ろしたての手ぬぐいではないか。


辻は、「門」の向こうに行った下士官、兵士に話を聞いて回った。

特に島村曹長という者は、脱走覚悟で「あちら側の世界」に行って情報を集め、

新型の写真機や無人偵察機等を購入して来たという。

彼や、脱走兵を追いかけていった山崎軍曹、市岡曹長と話してみた。


「吾輩は今暁、(くだん)の世界の日本人と話をした。

 いや、実に協力的な連中ではないか。気に入った」

3人は頷いた。

ホッとした表情にもなった。

上に容赦の無い毒舌を吐くこの参謀と、補給を請け負ってくれる連中が喧嘩でもしたら

色々拙いことになることは、下士官級でも容易に想像できたからだ。

「彼等はガ島における攻勢に手を貸すと言ってくれたぞ」

「おお!」「やりますか」の声とは裏腹に、3人とも微妙に表情が固い。

(こいつらはこの戦線を捨てたがっているな)

辻はニヤリと笑い

「諸君ら、そうやる気を出すではない。

 吾輩はこのガ島、今もだがかつては本当に飢餓の島だったここから、

 諸君らをどう撤退させるか、その為に来たのだぞ」

3人の表情が明るくなった。

辻は続ける。

「だから、敵に追撃をさせぬ為にも、一度攻勢をかけて敵を萎縮させ、

 その隙に我らは悠々と撤退する。

 その一撃は、犠牲を防ぐ為にもどうしても必要だ」

3人は感心する、流石は「作戦の神様」だ。

さらに、ニューギニア戦線も徐々に撤退、兵力を集中し、米軍との決戦を…

と続けながら辻は3人の顔色を窺った。

2人は顔を紅潮させながら聞いているが、1人は表情に出さぬが、

故に興奮していないのも判る。

(この男が色々知っているな)

威勢の良い演説に、次第に周囲の兵たちも巻き込まれていき、

辻の周辺は次第に熱を帯びていった。

撤退出来ると分かった為、士気が上がった。

そして「だったら、あと一戦くらい」

「それさえ乗り切れば」という感覚に誘導されていった。




「さあ、もうお喋りの時間は終わりだ。任務に就き給え」

そう言って解散させたが

「島村曹長はもう少し情報を聞きたい、残ってくれ」

と引き留めた。


辻は声を潜め

『どこまで知っておる?』

と聞いた。

島村は青くなっていた。

そして

「…言えません。覚えておりません」

そう答えた。

「貴官は…、見所がある。無暗に未来の事など語るものではない。

 それがもしも皇国の敗北という未来ならな」

島村は血の気が引いた思いをしたが、それでもやはり知っている事を言わなかった。

「さて? 参謀殿ともあろう方が、お国の敗戦などと言われますか?

 彼等は我々の運命について、何も言わなかったのですが」

表情を読み取りながら、辻は納得した。

基本、この男は上に対する傲岸さと違い、部下の面倒見は良い。

「知らんと言うならそれで良い。

 敗戦などと、仮にも参謀飾緒を吊った吾輩が口にしたことすら恥ずかしい。

 誠に汗顔の至りである。曹長、よくぞ注意してくれた」

「はあ…」

「では違う話を聞きたい。未来の事を話せ」

「その前に参謀殿」

「む?」

「あの洞窟の先にあるのが、本当に未来の日本だと信じるのですか?」

「実際のところ、いまだに信じられん。だが、写真機にせよそこの扇風機にせよ、

 物を見るだけで、この時代の物ではないと分かる」

「はい」

「だから話せ、貴様の妄想っていう事でも良いぞ」

「では…」


島村曹長は語った。

弾丸列車が実現した、自分はそれに乗り2時間で東京から仙台に行ったこと。

巨大な建物が乱立し、そこには写真機の他にも様々な機械が溢れ、売られていたこと。

写真機においては独逸を凌ぎ、世界の9割が日本製であること。

道には自動車が溢れ、渋滞という現象が起きていること。

帝都には高架式の自動車専用道路が巡らされ、そこは噂に聞く

独逸のアウトバーンのように時速100km以上で自動車が走ること。

自動車においても日本は米国、独逸と並ぶ生産大国となり、

世界中の街角で日本車を見るようになったということ。

科学小説の人工衛星が既に打ち上げられ、自分が持ち込んだ無人小型偵察機も、

人工衛星の助力があればもっと精密な操作が可能であること。

人工衛星からは常に地上が監視され、敵が奇襲をかけようと準備をしたならば

宇宙からの報告がなされて迎撃が出来ること。

人工衛星は軍事だけでなく、天気予報や自動車の道案内にも使用されている。

兎に角万能に見える技術力があるが、その一方で

「自分の故郷宮城を大きな地震が襲ったそうであります。

 その地震に対し、未来の日本は技術力で立ち向かい、建物の崩落や火災は防ぎました。

 かの大正の関東大震災の如くにはならなかったそうです。

 しかし、その力も津波の前には無力で、多くの人命が損なわれたそうです」

「ふむ、未来の日本と言えど、万能ではないのだな、やはりな」

「は?」

「人はどうだ? 未来の日本人とはどのような者たちだった?」

「妙に冷めたとこがありました。感情を表に出さないようにしている感じです。

 非常に親切で、礼儀正しく、我々への治療や給食も丁寧です。

 しかし、どこか距離を置いている部分も感じました。

 なるべく我々に詳しい歴史を教えたくないようで、秘匿も多いと見ました」

「であろうなあ…」

「ですが、それは彼等なりの気遣いかもしれません。

 この洞窟の先に一軒の店舗があります。

 そこの主人は、一応軍属で少尉相当ということではありますが、

 実のところ一般人に過ぎません。

 その男は自分たちの為に様々な便宜を図ってくれますが、

 面倒を嫌う感じはしますが、それでも協力する際は義務以上に献身的です。

 この時計、10mの高さから落としても壊れず、

 10mの深さの水に沈めても大丈夫なものですが、

 これを自分に薦めてくれたのは、彼であります」

「貴様は他の者よりも深くあちらの世界の者を知っているようだ。

 実はここを聞きたい。

 奴らは何を望んでおる?

 何故ここまで我々にしてくれる?

 我々が先人だから、それで無償の協力をしている、その程度の者たちなのか?

 何か裏は無いのか?」

「基本的には親切心、先人への礼儀があると思います。

 しかし…」

「しかし?」

「自分が最初に行った時、様々な事を試されました。

 補給の為、何が通れて何が通れないのかの確認ではありますが、

 それ以上にまだ何かを調べています。

 今でもまだ、あの洞窟の向こうには様々な機械が並び、こちらを監視しています」

「それが気に食わぬ」

「は?」

「いや、何でもない。

 良い話を聞けた。感謝するぞ」

辻は一介の下士官に丁寧な敬礼をし、別れた。


歩兵陣地から小隊指揮所に戻りながら、独り言を呟いていた。

『そうだ。未来の者は過去の者に何かをさせようとしておる。

 未来の者とて万能ではない。

 万能ならば、直接こちらに来て目的を果たせば良いのだ。

 彼等と吾輩の違うところは、知識の量と質に過ぎぬ。

 あの洞窟で通信して感じたものは、”人間としては大して変わらん”ということだ。

 その同じ人間が、優れた写真機だろうが無人偵察機だろうが、

 無償でこれを与えよう、これはダメである、等と選別しておる。

 ギリシャ神話の神々が人に対し”食事は与えるが火は与えない”等とやったそうだが、

 それと同じような上からの選別を感じる。

 見ていよ、吾輩は決して奴らの思惑通りには動かん。

 吾輩が火の解放者(プロメテウス)とならん。

 もしかしたら奴らの思惑通りに動いた方が幸せな未来なのかも知れぬが、

 それでは今を生きる我々の矜持はどうなる?

 

 吾輩はあの者たちを上手く利用してやる。

 向こうは吾輩を上手く操った気になっているだろうが、

 こちらも操られたふりをして、逆に向こうを上手く利用してやるのだ。

 同じ日本人ではないか!

 吾輩の方が優秀な筈だ!

 戦局を動かすのは吾輩であり、奴らでは無い。

 決して思惑通りには動かぬぞ…』


小隊指揮所に戻った辻に、意外な通信が待ち構えていた。

「辻中佐、至急第17軍司令部にお戻り下さい。

 百武司令官が倒れられたようです」

(続く)

感想ありがとうございます。

辻の方は、もう結末決まってますので(笑)。


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― 新着の感想 ―
[一言] プロメテウスを自称するのはいいけど人の身でそれやろうとすると死に様が相当悲惨な事になりそうやな。
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