「門」の向こう側に立っている男
俺は、勤めるコンビニの前に出来た「門」の先にあるガダルカナル島をよく知らない。
ひと通り、太平洋戦争の転換点となった戦いの1つ、
日本軍が大損害を出して撤退した戦いってのは学んだ。
「門」と関わるようになって、より詳しく調べてみた。
…戦況を理解しない上層部によって、兵を小出しに送り出し、
補給を断たれ、兵は戦って死なずに飢えて死んだ。
”立つことの出来る人間は、寿命30日間。
身体を起して座れる人間は、3週間。
寝たきり起きれない人間は、1週間。
寝たまま小便をするものは、3日間。
もの言わなくなったものは、2日間。
まばたきしなくなったものは、明日。”
こんな戦場だった。
海軍は補給をしようとしたが、南太平洋海戦で勝つものの行動可能な空母がいなくなり、
第三次ソロモン海戦で戦艦を沈められて制海権を失い、
ラバウルからの長距離飛行はゼロ戦パイロットを疲れさせ、次第に戦力を低下されていった。
アメリカ軍は占領した飛行場にどんどん補充し、やがて制空権も怪しくなった。
制海権、制空権を失った為、足の遅い輸送船では物資を届ける前に沈められてしまう。
そこで駆逐艦や潜水艦を使い、ドラム缶に物資を詰め、海岸に放り出す輸送を行った。
しかし病気や飢えに苦しむ日本兵は、浜に打ち上げられたドラム缶を引き上げられず、
翌朝の空襲でドラム缶を銃撃で沈められたりもした。
何となく秘密の会議で
「飢えて死ぬより、戦って死ねるよう助けてあげたい」
というのが分かった。
脱走兵が出る理由も分かった。
戦車を見て、涙を流して喜んでいたのも分かった。
では、この状況を作り出したのは?
辻政信という名が挙がった。
俺はこの人をよく知らない。
話を聞くと、評判が良くない人のようだ。
独断専行が過ぎる。
捕虜や現地人を処刑したりで戦後日本陸軍の悪評の一端を担う。
「負けたと思った方が負けなのだ」と言って後退を認めなかったりした。
その一方で、島村曹長とかの話だと、信頼しているようだった。
「作戦の神様」なんて言っていた。
この辺どうなんだろう?
俺は報告ついでに広瀬三佐から話を聞いてみた。
「辻政信は、後方でふんぞり返ってる参謀と違い、
前線まで来るから兵士には人気があったんです。
人情にも厚く、自ら兵士の荷物を代わりに背負ってやったりもしました。
戦後、衆議院議員に選挙で当選してるので、
人気って面では記録からは分からない何かがあったんでしょうね」
そういう回答を得た。
「作戦の神様っていうのは?」
「東洋一の要塞と呼ばれたシンガポールを、
たった2ヶ月で落としてそう言われたんです」
シンガポールって、そんな要塞だったんだ…。
「戦車を使い、電撃的に侵攻しました。優秀なのは確かです。
それに、いわゆる精神主義者でもなく、現実主義者です」
「確かに、敵より多くの数を揃えて、敵より優秀な武器で、敵より速く動いたら勝てますね。
この辺は俺も勉強しましたよ」
「辻政信もその辺は分かっている、少数で敵に勝とうとかしない。
優秀な事は優秀なんですが…」
「なんですが?」
「彼の場合、まず最初に他人にやらせるんですね。
少ない兵力と乏しい物資で。
それで失敗する。
そこに彼が準備万端整えてやって来て、手柄を立てるんです。
そりゃあ作戦は上手くいくし、兵士から見たら優秀な指揮官ですよ。
まあ、彼が指揮官ってのがそもそも変でして」
「優秀な指揮官ならそれでいいのでは?」
「彼は参謀です。指揮権は無いんですよ」
「え? 参謀って軍隊指揮出来ないんですか?
『三国志』とかで諸葛孔明とか軍隊指揮してますよね」
「近代軍の参謀と古代の軍師を一緒に考えないで下さいね。
それに諸葛孔明で言うなら、彼は左だったか右だったかの将軍も兼任してますよ。
あと古代の宰相は王に代わって軍を指揮出来ますから。
でも近代軍の参謀ってのはそうじゃなくて、あくまでも指揮官の為のスタッフです」
「スタッフ」
「英語でもミリタリー・スタッフ。
指揮官たる将軍のスタッフであって、指揮する人じゃないんです。
辻政信は大本営から派遣されて来たスタッフで、
現地指揮官に大本営の意思を伝え、現場の状況を大本営に知らせ、
両者の調整をすることが仕事なのに、自分が現場指揮官を無視して指揮しちゃうんですよ」
「それが独断専行って言われる理由ですか?」
「そうなりますねえ」
何となく分かって来た。
ただこの人は
「1942年の11月7日にガダルカナル島でマラリアに罹って後送。
その後はずっと東京にいた筈です」
との事だった。
東京でもガダルカナルについて
「大丈夫やれる」
と言い放ち、
「海軍は輸送に非協力的である!」
と批判しまくっていたそうだ。
俺も強制参加させられてる秘密の「ガダルカナル救援」作戦だが、方針として
・大きく歴史は変えない
・出来るだけ飢え死にや病死を減らそう(戦死に関しては仕方ない)
・可能な限り多くを撤退させよう
となっている。
「大きく歴史を変えない」というのが曖昧ではある。
ガダルカナルで負ける歴史は変えないが、帰って来る人数は増やしたいと言う。
死ぬ筈の人が生きて帰ったら、それで歴史が色々変わってくるだろうとは思う。
この辺、どう始末するんだろうか。
どうも「武器」の輸送は慎重にした方が良いという意見も出ていると聞く。
先日は武器も持ち出す事が出来る方法を見つけたが、
それは本来関わるべきでない「戦闘」に踏み込む事であると慎重論が出ている。
今、デジカメとかドローンとかの21世紀の道具を持ち込んでいるが、
「これも撤退時に自主的に返却、または破棄して貰う」
と曖昧なものになっている。
「仏舎利輸送」で様々な物の持ち込みが可能となった今、
戦局を逆転可能な兵器も持ち込めるという。
カプセルに封入した生物兵器や、原料で運ぶ化学兵器だとか。
「現代」に来られる日本軍には予防接種やマスク支給等の対策をして、
攻勢をかける際に大量に使用すれば、米軍は対策する間も無く壊滅するだろう。
そして勝利を収め、ヘンダーソン飛行場と航空機を破壊した上で、
増援が来る前に撤退してしまおう、そんな危険な案も出たが却下されたようだ。
「歴史を変えられる」のだから、一体どこまでやって良いのか、会議でも揉めているっぽい。
以前は「所詮1日に一人2000円で3人までなんだから、
必死に補給しても歴史に与える影響は小さい」
と安心していたようだが、ここに来て抜け穴が多数見つかり、会議でも持て余している模様。
「よー」
数日前の話を思い出していたら、昨日のデ…恰幅の良い、パソコン使ってる人が声をかけて来た。
「君さー、『計画』の関係者だよねー」
とコーラ2リットルボトルを2本レジに出しながら言う。
「さて? 何の話ですか?」
守秘義務もあるし、とりあえずとぼけてみた。
「いやいや、ここの店長が関わってるって知ってるし」
「申し訳ございません。自分、『副店長』なものでして。
『店長』が何かを申しましたか?」
「ふーーん…」
納得したんだかしてないんだか。
「まあ何でもいいや。この店とさ、隣の休憩所、WiFiが入ってるよね。
こんな山奥なのにネットが軽くて気分いいよ」
「ありがとうございます」
「なんで?」
「ここはよく長距離トラックが立ち寄りますが、
休憩したり仮眠したりした後、スマホをよく触られています。
道路状況とか、元請けからのメールとか、家族に連絡とか色々しています。
山奥は通じづらく、ここに来るとちょっと開けて電波が入るのですが、
それでも回線が細いとかアンテナ1本しか立たなかったようです。
そこで頼まれて、高速回線を入れたんです」
これは本当の話。
作りじゃないから普通に答えられる。
「それはいーんだけど、セキュリティ大丈夫?」
「さて? 自分は詳しくないので、業者に頼んでます」
「多分、甘々だよね」
「どうなんでしょう? お客様は詳しいんですか?」
「素性は明かせないけど、君も関係者だってもう分かってるんで言うね。
『門』が過去と通信出来るから、会議室の方に直で繋ぎたいんだけど、
山奥だし、回線どうすっかな?って思ってたら、ここが使えるわけ。
使う以上、セキュリティ固くないとダメっしょ?
まあ重要な部分は専用通信とか、直接話すとかでさらに気を付けるけど、
使えるならここの回線使いたいってこと。
で、どう?」
「正直、本当にそこまで詳しくないんで、分かりませんよ」
「じゃー、自分が手ぇつけちゃっていい?」
「さて、何の関係か分かりませんが、そういうのは書類と上長のサインが必要ですね」
この人の正体が分からない以上、迂闊な事も言えない。
「君、個人としてはセキュリティレベル高いね。
ボロっと口に出す人って多いからさぁ。
じゃあ、面倒だけど書類取って来るわ」
そう言っているとこに、自衛官が入って来た。
恰幅良い人は自衛官と話しながら、コーラ持って出ていった。
「門」が開いたから特別営業時間の開始だ。
その日、日本兵の買い出しも普通に終わり、特に何も問題無く終わる、
そう思えた。
さっきのデ…恰幅の良い人がまた来た。
「すまんが、明日ちゃんと書類持って来るんで、ルーターとかいじらせて。
あと電源とかに盗聴器入ってないか調べるわ。
ネット回線に一個、特別な回路噛ませてもらう。
これ使えば会議の情報は特別な暗号化されて、簡単には解読出来なくなる」
「ちゃんと書類持って来るなら異存ないですけど、何なんですか?」
「自分の素性は置いといて、君、辻政信って知ってる?」
「歴史上の人物ですね。それがどうかしましたか?」
「奴さんが『門』の前に来ている。
こっちの司令部との交信を求めている。
自分は関係者だが、自衛隊の関係者ではない。
軍の作戦とかについては仕事外だから、会議室に直接飛ばしたい。
今日はもう閉門時間だから、明日改めて交信する約束にした。
だから、ここの回線使わせて貰うんで、よろしく!」
(続く)
感想ありがとうございます。
今日も2話投稿します。
次話はまた2時間後です。




