辻政信、現代への「門」前にアリ
ガダルカナルの密林は厳しい場所だ。
日本軍だけでなくアメリカ軍もこの自然には苦戦している。
辻政信はそんな中を、時には随伴する兵士の荷物を
代わって持ってやったりしながら移動していた。
こういうとこが兵に人気だったりする。
敵機に出くわすことはなかったが、それでも半日かかって、
謎の補給基地に通じる洞窟の周辺の陣地に到着した。
夜間の移動は危険だから夕方に到着したが、その通路は深夜にしか開かないという。
「ほう、これは…」
その一帯の陣地は半地下だったり、洞窟を利用したり、
岩肌をくりぬいたりして作られていたが、
「部分的だがベトン(コンクリート)で防御され、
泥水や雨水が溜まって腐らないよう排水がしっかりなされ、
全体的に深緑色の布に草木を被せて覆い、偽装している。
工具が充実しているな。随分と造りが良い」
辻の想像以上に、上手く隠蔽され、かつ堅牢で快適に過ごせる兵営になっていた。
まあ、あくまでも「日本軍としてはマシ」「ガ島にしてはマシ」なレベルではあるが。
軍服も、ところどころ縫ったりとボロくなってはいたが、清潔に保たれていた。
水場には石鹸が置かれていた。
【無用ナ病ニナラヌヨウ、手洗イヲシ、包帯ハ清潔ナモノニ取リ換ヘルベシ】
と貼り紙がしてあった。
ここの兵はキビキビと動き、士気も高いようだ。
敵に近い方には、やはりコンクリートで固められたトーチカと、
高度に偽装された見張り台があり、兵は緊張感を持って監視を行っていた。
夜になると、随分と仰々しい双眼鏡で空と敵のいる側を監視していた。
なんでもその双眼鏡は、暗闇での僅かな光を電気的に増幅するから、
昼間のようによく見えるものだとか。
監視台の兵士を残し、辻は他の兵たちを集めて話を聞いた。
「前線に近い位置にありながら、諸君たちは実に健康である。
また、陣地もすこぶる堅牢である。
これは我が軍の秘匿補給基地の恩恵に依るものや?」
「はい、参謀殿。お陰さまで我ら病気や飢えから立ち直りました。
命令一下、ただちに出動出来ます」
「ふふ、士気が高く誠に結構!
何か足りんものはあるか? 兵士以外なら用意しよう」
兵士たちが笑う。
「食糧、医薬品、水、工具等は大分揃いました。
足りないものは…」
「うむ?」
「重機関銃の弾や敵戦車を倒す砲、あと対空砲です」
「現在の我が軍の兵器では敵の戦車を撃ち抜けません」
「敵の空襲に対しては、退避壕に逃げる以外の手がありません」
「武器が足らんか…」
他の戦線ではもっと苦労している、と言い掛けて辻はその言葉を呑んだ。
彼自身、11月の攻勢で痛い目に遭っているので、武器不足は感じていたからだ。
「何でも揃っている補給基地ですが、武器だけは運び込めないので難儀しております」
「そうか、ではこの辻がその基地を叱りつけてやらんとな!
おい!早く武器を運べるようにせんか!と」
兵士たちがまた笑う。
ひと月前とまるで違う…
辻はそう感じた。
辻がガダルカナルから駆逐艦に乗って逃げ出した時、
ここはまさに地獄であった。
虚ろな目の、飢えと病魔にむしばまれた兵たち。
マラリアの高熱で、見るもの全てぼやけていた。
兵たちに士気なく、動ける者は動けない者を捨てて密林を逃げ回っていた。
寝るに陣地無く、野営をしていると血の臭いにハエやアリが集る。
この状態が完全に改善されたわけではない。
やはりそれに近い状態の兵士たちもいる。
兵士たちと呼ぶのは、彼等は最早部隊に所属していると言えないからだ。
密林の中を、指揮系統を失ってただ彷徨っている。
ここの部隊のように、元気になった兵が捜索に出ているが、
まだ多くが見つけられていない。
ガダルカナルの日本軍は全部で3万はいる筈であった。
既に5000人が戦死を遂げていたが、ほぼ同数が指揮から外れた
逃散状態となり密林に潜んでいる。
約5000人が病気や飢餓に苦しんでいるが、野戦病院と医薬品と治療環境の改善で
500人程は戦線復帰し、2000人程は快方に向かっている。
使える兵力は1万5000人前後と推測。
うち2000人程は精鋭部隊のように士気も高く、「超」近代の機械の恩恵もある。
僅かに2000人程ではあるが、
いける。
辻はそう確信していた。
ただ、士気が高く健康な兵たちも、口を揃えて「武器が欲しい」と言っている。
また、ガダルカナルではない、違う戦場を欲してもいる。
辻は「他の戦線に比べて甘えている」と思っているものの、彼にしても
「敵より優勢な兵力で、敵より優秀な装備で、圧倒して勝つ」
事をよく知っていた。
マレーやフィリピンでの勝利はそうやって為したものであり、
その勝利が彼の名を「作戦の神様」と高めているのだ。
何としても、件の補給基地から武器を得なければなるまい。
その意思と共に、辻は楽しみでもあった。
独逸や米国にも無い高性能なカメラに、上空より敵情を瞬時に送る無人小型偵察機、
暗闇でも見える双眼鏡に、よく聞こえる通信機。
確かにそこは高い技術を持っている。
では、どれだけ優れた武器があるのだろう?
おそらく優れ過ぎていて出し惜しみをしているのであろう。
全部持ちだしてやる。
この辻政信の作戦で、有効に使い切ってやろう!
野望に胸を焦がしていた。
まさに深夜、兵たちが兵営から水筒やら飯盒やら持って待機し始めた。
辻はいよいよだな、と見ていた。
伝令が小走りに来た。
「0330時より補給を許可する。各員速やかに食事・給水・治療投薬を済ませて戻る事」
「非生活物資調達は本日は割り当て無し」
「戦えなくなるから、満腹にならぬよう、腹八分目を心掛けるべし」
最後の伝達で兵たちはクスリと笑った。
最後のだけは冗談なのである。
冗談で毎回伝え歩く慣習となっていた。
星明かりだけで兵たちは密林を疾走する。
樹木の間の獣道になっている小路を通り、水の染み出ている岩肌を見る。
岩肌の下の方に、なる程、2人も入るときついくらいの穴がある。
入口付近は草木が切り払われ、水で滑らないよう砂がまかれている。
そこから兵がすれ違いざまに敬礼を交わしながら、1人出ては1人入っていっている。
出て来る兵の水筒、何個もぶら下げている者もいるが、そこからタプタプ水音がする。
「よし、吾輩も行ってみよう」
そう言って辻は兵に割り込んで洞窟に入ってみたが、
「なんだ、行き止まりではないか」
「参謀殿、何故か兵士か下士官しか通れないのであります」
「では、貴様の軍服を貸せ。これで小官は辻政信軍曹である」
「参謀殿…、それはもう試しました」
「そうか…」
「では本省に連絡し、一時階級を下げて貰おうかな」
「実はそれももう試したのです。軍司令部に言って、尉官から下士官に降格、
辞令を出し、階級章まで交換したのですが、ダメでした」
「なんと。それはおかしいな。
階級章や人事名簿とは違うものを見て、彼等は通行を判断しているのか?」
「そこまでは分かりません」
(はて? この通路は何を基準に通す通さぬを調べているのであろう?)
辻は図らずも20XX年の世界の担当者と同じ疑問を持った。
4時20分になるか、ならないかの頃、兵たちの食事は切り上げられた。
そして
「あれは何だ?」
「あれは向こうから最新の機材を持ち込む袋です」
「人の死骸では無いか!」
「そうです」
「なんという罰当たりな事をしている……」
「ですが、人体で無いと持ち帰れない物があるのです」
「信じがたいな」
「他はどうやっても無理でした。通路が開いてからふた月目でやっと見つけた方法です」
「………」
「向こうの連中は仏舎利輸送と呼んでおります」
「仏舎利…、仏の体内から出でたる釈迦仏の骨、転じて貴重な物か。
小洒落た名前をつけおって…。
だがこれで確信出来た。通路の向こうにおるのも日本人だ」
「そうですが? 信じてなかったのですか?」
「貴様らと違って、吾輩は彼等を直接見て話す事が出来ぬのだ。
こういう事から量る以外あるまい」
「失礼しました。その通りであります」
4時45分頃、不思議な物が通路に設置された。
この時間には兵士たちは帰営し、士官と下士官が何人か残っているだけだった。
「それは何か?」
「はっ、通信機であります」
「今まで通信も出来なかったのか?」
「出来ませんでした。つい数日前に開通したばかりです」
「…ここは一体どのようになっているのか…」
辻は呆れていた。
あまりに不便だった。
ピピピと、通常使っている電信とは違う音ながら、どうやらモールス信号が聞こえて来た。
来年1月・米軍・陸軍5万人・第2海兵師団・攻勢盛んになる…
そのような情報が、モールスを知る者には聞き取れた。
さらに
決断・上位指揮官・早期判断が必要
そのような事も聞き取れた。
辻は思わず大声を出した。
「吾輩はここにおる!
伝えよ!
『ワレ・ツジマサノブ・チュウサ・ナリ。
ワレ・キカンノ・モンゼンニ・アリ。
サンボウホンブサンボウノ・ワレガ・ガダルカナルノイッサイヲ・ハンダンスル』
とな!」
(続く)
いよいよ皆様大好きな(笑)、辻ーンが暗躍を始めます。
休んでた分、明日も2話投稿します!




