【会議室にて】×2
自衛隊は化学戦、生物兵器戦、電子戦にも備えている。
科学的に計測を行う部隊もいる。
その部隊から報告が入った。
「『門』の開通時間が元に戻った。測定した結果120分になっている…」
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1942年12月16日。
オーストラリアに向けた輸送船に乗ったアメリカ海兵第1師団の一部は、
日本海軍駆逐艦1隻の攻撃を受けた。
ガダルカナルの最前線を視察すると強引に言い出した辻政信を乗せた駆逐艦陽炎が、
アメリカ輸送船団を見つけたのであった。
史実ならば陽炎はニュージョージア島ムンダへの鼠輸送に関わっていた。
しかし辻政信の急な前線視察を受け、ガダルカナル行きに変わり、
偶然アメリカ輸送船を攻撃することになった。
しかし、輸送船に12.7cm砲を数弾命中させたところで、
護衛のアメリカ駆逐艦2隻から反撃を受け、陽炎は退避した。
アメリカ海兵第1師団長ヴァンデグリフト少将は被害を確認した。
死者は58人であった。
ガダルカナルの戦いでは、12月上旬の日本軍の戦闘回避策により、
死者は602人と史実より少なくなっていた。
それが、同じく日本陸軍の消極的な態度を叱咤すべく、
史実とは違う行動と採った辻政信を乗せ史実とは違う位置に現れた陽炎による攻撃を受け、
史実と同じ660人の死者という結果になった…。
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20XX年 日本国東京市ヶ谷
「『門』の時間が元に戻ったというのは、どういう事だ?」
「我々の『仏舎利輸送』計画により、我々の歴史と彼らの歴史は乖離が激しくなった。
だから『門』が開いている時間は短くなる、
今迄はそういう説明では無かったのかね?」
会議室の面々はアメリカ海兵第1師団の犠牲者数が、史実通りの数字に戻った事を知らない。
「温度計、湿度計、気圧計、磁気測定全ての記録から、戻ったと言わざるを得ません」
「何が起きたのか?」
誰も確かな答えを出せずにいた。
一人が挙手をした。
「この『門』は自然に開いたのではなく、誰かが開けた、その認識でしたね?」
一同が頷く。
「では『門』を開けた何者かが、設定を元に戻したのではないでしょうか」
一同は肯定も否定も出来なかった。
別の誰かが口を開いた。
「もしそうなら、どういう事が考えられるのかな?」
「乖離していた2つの歴史が、また強引に繋ぎ直されたかと」
「そこから考えられる事は?」
「変わりつつあった歴史が、元に戻ろうとする。
ズレて来た歴史だけに、強引に戻そうとして、反動が生じるのは?」
「また仮定に仮定を重ねた予想だね。
蓋然性が高いが、そうなる根拠に乏しい」
「仕方ありません。
予想される事を述べただけで、証拠に基づいた予測をした訳ではありません」
議場がまた静まった。
「提案」
警察庁の人間が挙手した。
「誰かが『門』を開け、調整したのなら、
その誰かの性格を分析する人間にも協力を求めましょう。
警察には心当たりがあります」
「科学的な分析以外に、心理学や犯罪学の方面からも攻めようと言うのかね」
「そうなります」
「ふむ、反対の人はいるかね?」
誰もいなかった。
「よし、では手配を頼みます」
議題は移る。
「科学調査班から、『門』を通じた会話の可能性が提出された。
これについて詳しい説明をして欲しい」
科学調査班のメンバーが起立する。
「『門』を物体が通過する際、微弱な放射線が出る事は以前報告しました。
微弱な放射線は人以外、具体的には音という形で空気がぶつかる際にも
発生すると考えられます。
というより、実際に波形として記録されたものを変換すると、音声になりました」
「人が通過する時とはどう違うのかね?」
「人が通過する時は、ピークが立った波形になります。
つまり、通過と共に『ピン!』となります。
一方の音声の場合は、極めて微弱ながら正弦波となります。
先程のように言うなら『ピィ~ィ~ィィ~↑』という感じになります。
あとは実際の音が分かれば、正しい音声に変換可能です」
「そこで『仏舎利』の中にスピーカーと音源を入れて送り、ガ島で再生して貰い、
それをこちらでキャッチすれば、復元パターンが分かります」
「それも進めよう。
手紙以上に音声通話が出来るならば話が早くなる」
「間に合わない場合は、音波をぶつけてモールス信号で通信が出来ないだろうか」
「向こうの音は拾えるが、こちらの音を向こうでは拾えるだろうか?」
「こちらはどんなに大がかりな機械でも使えるが、向こうには『仏舎利』として
運べるサイズにしないとならないな」
「モールス式は増幅するだけだから、機構が簡単で済むだろう」
「だが電力が…」
議論百出した。
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20XX年の市ヶ谷で会議がされている頃、1942年のガダルカナルでも軍議が行われていた。
「病人多く、飢餓状態の兵も多い。
なれど吾輩がおった11月よりも大分快復し、戦える状態の兵が増えておる。
何ゆえ、乾坤一擲の勝負を仕掛けないのか、理解に苦しむものなり!」
威勢の良い演説をしているのは辻参謀であった。
「第17軍はこの怠慢をどう考えているのか、お聞かせ願いたい」
質問ではなく、詰問である。
瞼の辺りをピクピクさせながら百武晴吉陸軍中将が答えた。
「兵を休ませ、来るべき時に備えておる。
まるで怠惰で何もしていないかのように言われるのは心外である」
「百武司令官は来るべき時の為の休養と言う。素晴らしい!
それは一体いつ、どのような形で発現されるのであろうか?」
「いつになるか等は判らぬ。
だが『ガダルカナルの最大の失敗は兵力の逐次投入である』と言う者が居てな、
成る程その通りと今は兵の回復に専念している」
「中々素晴らしい参謀をお持ちのようだ。
逐次投入させてしまった我々参謀本部の者としては耳が痛いな。
その名参謀殿に会ってみたい。
是非とも、ガ島の戦いを勝つ名作戦をご教示願いたいものだ」
百武は罰が悪そうに言った。
「会った事など無い」
「話にならんな」
「辻参謀、その者たちから第17軍の各部隊は多大な補給を受けておる。
だが不思議な事に、士官はその者たちに会えんのだ。
下士官や兵士のみが会っておる」
「ほお?」
「下士官、兵たちはその者たちから食糧や水、医薬品の供給を受け、
風呂に入れてもらい、疫病予防の注射をして貰っている。
最近、その者たちから手紙が来るようになった。
そこに書いてあったのだ」
「飯を食わせ、風呂に入れる、ただの輜重兵風情ではないのかね?
正規の教育も受けておらん者の意見を参考にするのかね?」
「辻参謀、これを見てもそんな事が言えるかな?」
百武司令はデジカメと撮影映像を見せた。
そこにはカラー画像と、細部までボケずに写り込んだ風景があった。
「これは? こんな写真機は技術大国獨逸にも無い」
「左様」
そう言って、次はデジカメの映像を拡大して見せた。
拡大した先、相当遠方で渡河準備中の米軍が写っていた。
「な…なんという写真機だ」
「我々は貰ったこの写真機を使い索敵し、
敵の攻撃を察知したら事前に潰したりして、
無駄な戦闘を避けて力を蓄えておる。
この技術がもたらす情報は、理屈や威勢の良さよりも百倍役に立つ。
その者たちは、このように獨逸や米国にも無い技術を持っている。
おそらく情報も、我々以上のものがあるのではないか?
それでも輜重兵風情と侮るのか?」
「ううむ…」
辻は考え込んだ。
そして
「この者たちと連絡を取りたい。
是非に案内してくれんかね」
そう頭を下げた。
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再び20XX年 日本国東京市ヶ谷
「今村中将に連絡を取る件の報告を聞こう」
担当が渋い表情をする。
「申し訳ありません。全く上手くいっていません」
一同嘆息。
「戦線全体が後退し、兵力を集約しつつ防御戦主体に切り替えた為、
現地最上級司令部である第17軍司令部まで連絡がつくようにはなりました」
「司令官、百武晴吉中将だな」
「百武中将から今村中将に連絡して貰うしかあるまいな。
中将が我々の事をどこまで信用してくれるかにも依るが」
「今村中将から今度は大本営に」
「史実だとどうなる?」
「12月31日の御前会議で撤退が決まります。
それより前に撤退を決めて貰わないと、史実通りに事が運びます」
「餓死病死が減っているのは事実だし、史実通りでも大分助けられるのではないか?」
「それが悪い方を向く可能性もありますよ。
なんだ、戦力はある、食糧備蓄も十分か、ならば戦ってそこで玉砕せよ、と」
重い空気になる。
「そこまで行かずとも、我々の補給が大本営の判断を誤らせ、
撤退タイミングを遅らせてしまう危険性もあります。
そうなると折角助けた命も、史実に無い米軍の攻撃で失われる可能性があります」
「やはり、撤退の意思決定権のある者との連絡が必要だな」
「百武中将の信用を得て、今村中将への意見具申を出来るようにしよう。
これは思った以上の急務だ。
もうひと月も期限は無い。急ごう」
「門」の向こうとこちらで、意思が同じ方に向かいつつあった。
この作戦を左右できる人物が話したい、その人物と話したい、と。
(続く)
感想ありがとうございます。
バタフライ効果については、極めて限定的になるよう孤島のガダルカナル設定でして、
ここから解き放たれる時がヤバいですね。
あと、読者の皆様すみません。
明日より年度末の仕事がありまして、次回の更新は4月2日17時になります。
入稿は済んでますが、推敲して(時々直前に書き直したりして)リリースしてますので、
この間の更新はありませんが、ネタ切れ想像力切れのエター化もないです。
どうぞお見捨てなく。
(新章は辻ーンメインです(笑))




