5-11 騎士は潰走し、私は女たちを救い出す
5-11 騎士は潰走し、私は女たちを救い出す
「……その条件で良いのか?」
「猊下、首謀者たちを本拠地まで追い詰める為に、周囲の領主たちとの調整を行い、討伐軍を発するべきだと思います」
「なるほど。彼奴等の領地からこれまでの損害を回収せねばならない……ということか」
「御意にございます」
私の「追撃しない」という約定を「後日改めて貸した金は回収させてもらう」という言葉に変換した騎士団長と大司教猊下です。
「今夜も女たちに差し入れをしたいので、パンを焼いていただきたいのですが」
「もちろんだ。健康な方が、故郷に帰すまでの時間が短くて済むからな」
そういう現金な理由でも、女の子たちが少しでも楽になるなら結果OKです☆
「女性の数は四百から五百のあいだです」
「……市内の教会堂を全て借り上げて、暫くは宿としよう。毛布や食材も余分があるはずじゃ」
「ありがとうございます猊下」
「いや、利子を付けて南部の騎士どもから回収するので、礼には及ばない」
猊下ぁ……流石選帝侯、転んでもただでは起きません。
その日、城壁から眺める包囲陣の野営地は喧騒に包まれていた。勝手に離脱する者、咎める者、諍いと争い、空腹と絶望、来た道を戻るということは、行きに為した報復を帰りに受ける……という事でもある。
『騎行』ですらなく、敗残兵が落ちのびる姿を見た農民たちが、黙って見送るとも思えない。街に近づけば逮捕され投獄、裁判、そして……である。人の住処を避け、道なき道を落ちていくしかないのだが、その途中でどれだけ死ぬかは知った事ではない。
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案の定、夕方までにまた一段と数を減らした兵士たちは疲労困憊の中、空腹を抱え城を包囲するどころではなくなっていた。
私は、改めてパンを受け取り、革袋に水で薄めたワインを入れ、夜陰に乗じて檻馬車に向かう。無理やり動かそう、女の子たちを引きずり出そうとしない訳ではなかったようだが、実際、それどころではない様子でさっさと野営地を離れる兵士がほとんどだったという。
私は、明日の昼過ぎくらいまで頑張ってと伝え、パンと革袋を渡していく。昨日よりは幾分顔つきがましになったのは希望が見えているからかもね。
「ヴィー 肩車まだですか……」
「そうそう、だって、魔術使ってるの見られたくないじゃない?」
「……」
壕の中でビルに肩車をしてもらい何とかパンと革袋を渡しています。
昨日と同様、戦線離脱者は見受けられ、数はさらに半分になっている事でしょう。一通り、配り終えた私は……
「このままお戻りですか?」
「夜の元気なご挨拶をしておこうかと思うの」
「ほどほどにお願いします」
「大丈夫。明日消えてくれるようにお願いするだけだから」
ジギン卿の天幕へと足を向ける。既に篝火も警戒する兵士もおらず、いないのかな? と思うのだけど、人の気配がする。中には、憔悴著しいジギン卿御本人と側仕えの者が数人だけみたいね。
「こんばんは」
気配を消していたので、中の者たちは大いに驚いた様子。
「誰だ貴様!!」
「……昼間の使者か」
「ええ、陣中見舞いに来ました」
「ふざけるな!!」
「静かにしろ。それで、何が言いたい」
『静寂』
天幕内に消音の結界。これで声は外に出ない。
「ビル、ちょっと卿以外仕留めちゃって」
「承知!」
ビルは、バスタード・ソードを取り出し、次々に従僕や従士を突き殺して行く。断末魔の絶叫も外に漏れる事はない。
「な、な、な」
「何してくれてるのはあんたたちの方じゃない。騎士だろうが異教徒だろうが、この辺荒し回って女襲って農民から食べ物奪ってりゃ同じでしょ」
私は思い切り、なまくらの剣で胴を打ちのめす。鎧はひしゃげ剣がひん曲がる。
「あんたたちの立場とかどうでもいいのよ。小領主が困窮してる? なら、騎士やめればいいじゃない。だからって、他所の農民から略奪するのかって問題よ。宗派が違うから、何やっても無罪とか、頭の軽い事言ってんじゃないわよ」
私は、護拳でジギンの顔面を殴る 殴る 殴る。 歯が折れ、顎が砕ける。もう二度と固い物は食べられないだろうね。朝がゆは健康にいいから、是非三食麦がゆにすればいい。
「食べられないなら、問題ないように食べられないようにして差し上げたわ。これこそ、神の慈悲?」
『!!!!!!』
煩いので、ジギン卿の周りに再度、消音の魔術を施す。
「ではごきげんようジギン卿。個人的にアハト刑を執行させてもらいました。今度領地から出てきたら……個人的に処刑してやるから。死にたくなければこのまま大人しくお家に帰りなさい」
という事で、騎士としてお仕事しないのだから、手も不要でしょうと思い、右手をへし折って差し上げました。痛いの痛いのいやなら、遠い故郷へ飛んでいけ~ という感じです。
え、何で殺さないかって? 殺すより、撤退命令を出させて、このめちゃくちゃにされた姿をさらす方が明日は早く引き揚げいてくれるかなって思っただけです。
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お陰様で、私の願いは天に通じたと思われ、ジギン団はその日の午前中から逍遥と撤退を開始しました。朝、なんだか騒がしい一角があったような気もしますが気にしない。
「猊下!! 追撃を!!」
「いや、守りを固め時期を見てあ奴らの本領を叩く方が良い」
「しかし!!」
なんて守備隊のおじさんたちが弱い者いじめの機会にいきり立ちますが、帰りの落ち武者狩りをする農民の皆さんの気持ちも考えて欲しいものです。
「それより、囚われていた者たちの解放が先であろう。ラウス殿」
「はい。お約束違えずにいただき感謝いたします」
大司教猊下は呵々と笑い「そなたに寝首を搔かれるのは恐ろしいからな」とおっしゃられました。いや、ほら、多分しないよ。多分ね。
「この礼をしたいのだが……何か希望はあるか?」
保護した人達が無事生まれ故郷に戻れるようにしてもらえれば十分なのだけれど、え、どうしてもお礼がしたいの? しょうがないな~
「大司教猊下の庇護を頂ければと思います」
「既に、公爵家の庇護を受けているのにか」
教会関係者は精々ゲイン修道会だけだからね。何かお願い事をする際に、ちょっと弱いから。
「そうか。では……この『バラの冠』を進呈しよう」
それは、修道女が祈りをささげる際に身に着けている「ロザリウム」と言われる幾つかの珠が繋がれたものに十字架が付いている装身具です。いや、初めての装身具のプレゼントが大司教猊下とはぁ……まあ嬉しいです。
「十字架の裏を見よ」
そこには古代語で「私の娘」と彫られていた。
「その十字架は我が大聖堂の十字架。故に、そなたはトリエル大司教の娘同然と、とらえられるであろう」
えーなんか後々、面倒ごとに巻き込まれる気しかしないのですが、でも、くれるというものをお断りする事も不敬でしょうかね。
「お気持ちありがたく存じます」
「ふむ、娘と思って気安くしてもらいたいものだな」
それは無理!! と心の中で叫びながら、この街にも足を運ぶことが増えるのかもしれないと思う。まあ、商人としては色々なところに縁を結ぶってことも大切だよねと思う事にします。
トリエルを旅立ち、私たちはトゥルムへ到着する。この街はド=レミ村から一番近い都市であり、最初にここで冒険者登録をしようと思った場所でもある。以前は、公爵家の領都であったんだけど、公爵の男系が断絶して女領主は帝国の皇帝と結婚したので、今は帝国自由都市の一つになっているんだ。
けれど、以前の公爵家がかなりの脳筋で、この街は断絶の際の戦争による破壊や、その後、枯黒病の流行などでかなり人口も減っていて、ジギン団の包囲にもお金を払って去ってもらうしかなかった……ということでとても寂れています。
一泊するとともにここで10日間ほど馬を預けてド=レミ村に向かうことにしました。え、だって、先生の家に馬が繋がれていれば「お客が来ている。誰?」って話になるじゃないですか。田舎ってのは、近所の噂話くらいしか話題がないので、押し掛けてくる可能性だってあります。
一応、追放された身ですから、先生に迷惑はかけられないのです。




