5-10 騎士は混乱し、私は成果を確認する
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5-10 騎士は混乱し、私は成果を確認する
「ふふ、派手に燃えてるし、あちらこちらで同士討ちが始まっているわね」
城壁の上から、野営地を一望にしています。はは、人が蟻のようです。
既に複数の天幕が炎上。ついでに資材にも放火しておいたので、きたっきりの騎士・兵士・傭兵一万の軍勢となるでしょう。一日二日ほったらかしておけば、良い感じに干上がるでしょう。けれど、それは連れ去られてきた女たちも同じ。水もろくにもらえなくなるとすれば、二日と経たずに死んでしまいかねない。
それをどうするか……だよね……多分、数百人はいると思うんだよ。全員助けたいんだよね。
「先ずは、あの檻馬車にあいつらが近寄れなくすることかな……」
すまんが、垂れ流しは大目に見て欲しい。飲まず食わずなら、出ないかも知れないし、量がそもそも少ないから、隅っこにでもしておいてちょうだい。何がって……乙女に言わせんな!!
「周りを大きく掘り下げて、馬車が動かせなくするというのはどうでしょう」
「採用! それに、革袋に水を入れて、回し飲みできる程度の用意して、明日にでも昼の間に進めておきましょうか」
この効果を利用するには、明日即行動するよりも、一両日様子を見ながら女たちの確保をした方が良いね。
という事で、明るくなるまで眠る事にします。因みに、城壁には多くの守備兵たちが上がってきており、時折、歓声が上がっていました。城内の士気も上がったようで、何よりです。
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翌日、和平の使者を送りたい……という手紙を兵士に扮した私が届け、その後、傭兵に混ざって、人攫いワゴン・檻馬車を囲む壕を作る活動を始めることにした。
当然、同士討ちで傷ついて転がされている兵士や傭兵、煤で汚れズタボロの騎士達が多数散見され、手紙を届けた際には、憎々しげに睨まれたりしましたが、流石にその場で殺されることはありませんでした。だって、こいつら金を脅し取るのが目的だから。使者を殺したら、そこで交渉終了だってことくらいは理解できているようで何よりです。
「こちらから返事を出すので、明日、改めて交渉の席を設ける……という事でよろしいか」
「その旨伝えます。矢文で大丈夫です」
「承知した」
相手をしてくれたのはジギン本人ではなく、側近の男だった。本来は、このやり取りも矢文でいいんだけどね。帰りに一仕事するので、そうもいかない。
使者の衣装から薄汚れた傭兵のなりに早変わり☆ 私は、檻馬車に足を向ける。
いくつもの檻馬車の中には、数人ずつの若い女性たち。見た感じは、農婦か街娘であるようだ。
「な、何か食べる物をちょうだい……」
やつれた顔の目の死んでいる女性が私に声を掛ける。
「すまない、今はこれしかない。水だ……」
奪い取るように革袋をひったくる。
「皆で分け合ってくれるか。あと一日で決着がつくはずだから」
「……なっ、これは……」
ワインの水割りだ。多少は栄養になるだろうと思って用意しました。
「大司教様が故郷に帰してくれると約束してくれた。だから……もう少しだけ我慢して欲しい」
「う、うん」
「ほんとうに……かえ……れる……の?」
私は黙って頷く。
「今逃がしても捕まってしまえば下手すると殺されるから。ここの中が安全。ちょっと驚かないでね。声をあげないように」
私は魔術を発動させる。
「土の精霊ノームよ我が働きかけに応え、我の欲する土の牢で敵を捕えよ……『土牢』」
檻馬車の周りが幅2m、深さ2mほど壕のように地面がえぐり取られる。
「「ま、魔術師様……」」
「静かにいい子にしていてちょうだい」
「「「……はい……」」」
女たちは目に涙を浮かべ、お互いに抱き合いながら励まし合い始めた。生き残る気力が湧いてきたようだ。
こうして、私はこっそりと数十の檻馬車に同じことを行い、最後の方は大騒ぎになっていた。けれど、それ以前に、水は川から汲めるが、食料もそれを調理する資材もかなり不足しており、何より、戦道具も揃わなくなっていた。機を見るに敏な傭兵達は既に一部が離脱し始めており、報酬も期待
出来なくなったと考えた兵士たちも、三々五々に立ち去りつつある。
何より、気が付かない間に火を放たれ、同士討ち、対策が立てられない中で野営地内に女を入れた檻馬車の周りに魔術で作られた壕が急に現れたという事で、強力な魔術師が敵に存在していると認識できたことが大きい。
夜になれば、また夜陰に紛れて何かされるのではないか、殺されるのではないかという不安が野営地に広まっていく。
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その夜は、檻馬車にパンを届け、時折すれ違う、コソコソ逃げ出す傭兵や兵士を横目に、明日は更に人がいなくなっていそうだとほくそ笑んでいた。前日と同じ事をしなくても、既に警戒する為に食料も装備もない兵士たちが警戒しているので、十分に疲労させることが出来ると考え、余計なことはせずパンを配って寝ることにした。
パンは、大司教猊下経由で好きなだけ買わせてもらった。一応定価で。大聖堂のパン焼き窯フル稼働で焼いて貰ったんだけどね。
魔法の袋の中では焼き立ての暖かさが保たれる時間が長いので、檻の中の女の子たちは、白い暖かなパンを口にし、再び涙していた。
翌朝、白い旗を掲げ、騎士風の衣装に身を包んだ私とビルがジギン団の本営に向かっていた。夜通し警戒していたのか、地面に座り込み正体を失くしている兵士が多数。食事も装備もほぼ失い、士気は最低レベルまで低下している様子だ。もう、攻城戦以前の問題だ。
戦力も半数以下になっているようで、まともな傭兵や兵士はとっとと昨夜のうちに逃げ出したようだ。五千弱の空腹を抱えた装備もない寄せ集めと、トリエルの市民兵・聖騎士千八百なら十分勝負となるだろう。
所詮は、数を頼んだ破落戸にすぎないのだから。
「交渉内容はどうされるのですか」
「一任されているから。どの道……生かして帰す気はないしね」
その場で斬り殺すより、顔を覚えて、後ほど夜陰に乗じて処分し、一夜明けて全面攻勢の方が良いと思います。その方が……勝利を誇れるしね。
本部の天幕に案内され、正面には鷲のような尖った顔の大柄な騎士、左右にはズラリと十数人の偉丈夫が並ぶ。恐らくは幹部級の騎士だが、装備を身に着けていない者、一部焼損している装備を身に付けている者など焼討の効果が発揮されている。
「使者殿か」
「初めましてジギン卿。トリエル大司教猊下の使者を務めます、オリヴィ=ラウスと申します。星三の冒険者です」
「……で、開城の条件は……」
はは、周りの騎士の手前、開城の条件の話をするつもりなんだね。
まあ、それは仕方ないか。
「どうやら認識に齟齬があるようですね。既に装備も糧秣も失い、逃亡者も多数出ている様子ですね。ここに攫ってきた婦女子を教会に保護させるつもりがあるのなら、トリエルから追撃の兵を出さない……ということで、どうぞ皆様お引き取り下さい」
「……それは……できぬ……相談だ!!」
ジギンは断ったものの、周りの騎士達は目線を同僚に向け、しきりにアイコンタクト中である。怖いよ、こわもてのアイコンタクト大会。
「この場で返答をして頂かなくても結構です。明日以降、皆さんが撤退する際に、荷駄を放置して後退する分には追撃しない……とだけ伝えておきましょう」
ついでに釘もさしておくか。
「……腹立ちまぎれに、捕えた女たちを拷問したり殺したりしたら……」
一瞬でジギンの前に移動し、首元に剣を突きつける。
「個人的に、お前ら皆殺しに行く。依頼してくれる大貴族の心当たりはいくつかあるから。野営地で殺さなかったのは、後片付けが面倒だからしていないだけなんだよ。昨日一日で半減しただろ? 明日の朝、何人ここにいる奴らが生き残っているか……想像してみなさい」
という事で。
『静寂』
「土の精霊ノームよ我が働きかけに応え、我の欲する土の鎖で敵を捕えよ……『土縄』」
ジギン団の幹部の顔も覚えたし、この場で仲たがいさせることで、今後の武装蜂起の再発防止にもなるかと思い、そのままスタコラサッサすることにしました。
幹部同士、ヘイトを高めて欲しい!! 仲間割れって……美味しいよね☆




