5-08 困窮した騎士が暴れ、私は関わるかどうか決めかねる
5-08 困窮した騎士が暴れ、私は関わるかどうか決めかねる
帝国の南西部で騎士が集まり、メイン川上流域で都市や諸侯を襲うという事件が発生しているとは聞いていましたが……なんで、『トリエル』に向かって進撃しているのよ!!
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メインツで今後の相談を済ませた私たちは、トラスブルではなく、『トゥルム』経由でド=レミ村に向かう事にしていた。『トリエル』はその川下にある司教座都市なのです。
騎士集団は数年前から帝国内を徘徊し、やっている事と言えば、攻撃されたくなければ金寄越せ……という、場末の傭兵団が村を襲うのと何ら変わらない行動を帝国都市や諸侯の領都に対して行っているみたいですね。
その指導者はジギンという帝国騎士で、文武に優れ、前皇帝の時代には軍事指揮官として重用された実績を持つ者のようです。先代皇帝の死去の間隙を縫い独自の軍事行動を開始している。
「皇帝の騎士が独自に領邦都市を攻撃する理由は何なのでしょうか」
「帝国永世平和令が関係しているみたいね」
帝国内で私闘を禁止する法律なのだが、これを徹底すると、大諸侯や帝国都市の警察権が強化され、独自の領主権を持つ騎士や小貴族の権利が取り上げられる事になる。
規模が小さな領地では、常設の裁判所などあるわけがないし、今までの権利が希薄化すれば、小領主を追い出して大貴族や帝国都市の支配下に入った方が良いと考える村も増える。
「王国もその昔はそうでしたね」
「王国は、百年戦争の間に随分と淘汰されたから、小さな貴族は大概、どこかの大貴族の下に入っているか断絶しているから、この問題は起こらないのよね」
というより、王家も断絶して庶流が継いでいるからね王家。
どうやら何年か前に『トゥルム』もジギン率いる集団に「賠償金」を支払ったという話も聞いている。二万の兵で包囲し、金貨二万枚をせしめたという。
この、不良帝国騎士による帝国内への『騎行』戦術は毎年のように行われており、今年のターゲットが私たちの向かう『トリエル』であるということなのだ。
確かに、トラスブル方面から迂回することも出来るのだけれど、この騎士の集団が何者なのかちょっと興味が無いわけではない。何かあれば、埋めちゃえばいいし☆
トリエルに向かいながら、ジギン団の情報収集をした。どうやら、この夏に六百人もの騎士が帝国の南に集いジギンを頭と定めて行動を始めたのだという。その背景には、教会と対立する原神子派の思想家が付き従い、大司教座が諸侯の一角を占めることから、対決すべしという思想につなげているようだ。メインツやコロニルと比べるとトゥルムは規模も小さい都市であり、大司教座としては攻めやすいという事もあるのだろう。
と同時に、『騎行』を行っている事も見逃せない。都市に逃げ込めなかった周辺の農村は、ジギン団に根こそぎ荒されており、小さな街なども同様なのだという。幸い、対価を支払えた街は襲われず街にも入れずに済んだようだが、それとて理不尽な行動でもある。
独自の軍事力を持つ公爵家や大司教領には近寄らず、孤立した小さな領地を襲うのは……自己矛盾を感じないのだろうか。
自分が治めている領地と同じような場所を襲えば、次は大貴族や大司教座に従うように益々なるだろう。つまり……ジギン団に参加する騎士もしない騎士も先行きはかなり厳しくなり、もはや『領主』という看板を下ろさなければならない時代がやって来ることになるのだろう。
「かなり人も攫われているみたいですね」
「同じ御神子教徒を奴隷にする事は禁忌のはずなんだけどね」
「まあ、奴隷ではなく『年季奉公』であればグレーですからね」
支払う以上の経費を負担させれば、その者たちを半永久的にこき使うことが出来る。そういう奴隷制に今風の皮を被せた契約を取り結ぶのだろう。文字もかけない、読めないものが大多数なのに、そんな契約書に何の意味があるのだろうかと思わないでもない。
冒険者でも、農村出身で腕っぷしだけが自慢の初心者はその辺りで大概挫折して星二まで上がれずに故郷に帰るか土に還る事が多いのよね。
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「彼はヤン・ジェスの再来と呼ばれているみたいですね」
「……あのベーメン戦争の守護者と呼ばれた傭兵隊長の事よね」
ビルのお昼寝中に会ったベーメンでの農民を中心とする軍を率いて、ベーメン王の顧問として活躍した有名な人物だよね。ハンドキャノン……マスケットのお爺ちゃんと『ワゴンの城』と呼ばれる武装馬車で作る簡易砦を戦場で多用し、騎士の突撃を無力化した。
宗教を絡めているところ、そして、宗派の異なる相手に対して残虐に振舞う事をお互いに許容しているので、当時は都市を落せば虐殺は当たり前のように行われたし、敵対する村落を焼討したりすることも普通であったようだ。
元々、ベーメンに住む原住民と後からやって来た帝国人の間の軋轢に、宗教を絡めて戦争がはじまったという面もあるから仕方がない。
でもさ、何で帝国騎士が帝国の住民を襲っているわけ?
殺されたくなければ金払えとか……既に騎士と言えないよね。誰から守るために金を払うわけ?
「……随分と若い女性が捕まっていますね」
「傭兵と変わらない。いいえ、それ以下ね」
どの面下げて『領主』だ『騎士』だっていうつもりなのかしらね。六百人の要らない騎士……それの纏わりついている兵士共がいるから、数は一万以上いるんでしょうね。
「先を急ぎますか?」
ビルの主張はとても正しい。それに、聞くところによると、大司教猊下以下、トゥルムの街の戦力は千八百程だが、籠城し徹底抗戦を行うとしているのだと言う。
聖征紛いの騎士の暴虐に、御神子教を代表する大司教であり、また、選帝侯を兼ねるかの地の大司教は金を払う事を良しとしなかったのだろう。それと、本人は多分殺されないし、抵抗すれば帝国内においての立場が強化されるという計算もある。
「大司教猊下に会って、指名依頼を貰おうかと思うんだよね」
「ははっ、不逞騎士の暗殺でも行いますか」
「六百人は無理でも、指名してもらって首謀者を仕留めればいけるよね」
「ついでに、あの女たちも保護させましょう。その位、羊飼いでも可能でしょう」
か弱き子羊を守るのも大司教以下、教会の仕事だから当然だよね。
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包囲された城にどう忍び込むか……答えは……ビルを剣に戻し帯に吊るし、私は風魔法を用いて、壁走りをして城壁を越える……だね。
今日は幸い新月、一段と暗い夜空だ。城壁の上に見張はいるものの、篝火の数はそう多くはない。
『疾風』
いつもより、体の周りに纏わせる精霊の数を増やし、体が浮くようにする。そして、タタタタとばかりに、壁の側面を駆け上っていく。高さは10mほどだろうか。音もなく胸壁を乗り越え、着地する。姿勢を低くし周りを確認するが、巡回する兵士の姿は見られない。
そのまま、壁の反対側に飛び降り、市街の建物の屋根の上に着地。そこから、下の路地を確認して人がいないので、路地へと舞い降りる。ここで、ビルを人化させる。
「お見事でした。この後どうするのですか?」
「守備隊の責任者に会おう。その上で、大司教猊下に指名依頼を出して頂くつもりだよ」
「では、詰所に参りましょうか」
巡回している兵士とやり取りするのも面倒なので、あたりを付けておいた兵士の詰所へと向かう事にした。
当然、断然警戒中の詰所に現れた私とビルに兵士は大警戒。先ずは、冒険者証を提示し、『星三』の冒険者であることを示し、次いで、公爵家のメダルを二つ提示する。
「……なっ……ベルテンベルグ公にブレンダン公の縁者ですか」
「そんな感じ。大司教猊下に会わせていただきたい。この街を包囲する悪漢を退治する為の提案がある……という事でお会いしたい」
その場にいた責任者らしき兵士が、上の人間を呼びに行くために部下へ命令する。
暫くすると、年配の騎士と、若い騎士の二人づれが詰所に現れた。
「……あなたが猊下にお会いしたいと申し出ている冒険者か」
「オリヴィ=ラウスと申します。彼は同じパーティーの冒険者ビル。現在、トリエルが陥っている困難な状況に対して、一つの提案があります」
「……ここで聞いてもよろしいか」
「端的に言えば……斬首作戦です」
私は思うのだが、ジギン団の中心となっている説教師やら騎士を何人か処分してしまえば、後は烏合の衆になるのではないかという事だ。六百人の騎士、一万の兵士を一人で纏められる人間というのはいない。幹部というか、まとめ役を何人かチョンすれば、こんな集団は数日でバラバラになるだろう。




