5-02 吸血鬼を連れてきて、私は公爵家に驚かれる
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5-02 吸血鬼を連れてきて、私は公爵家に驚かれる
旅に出たと思われた矢先、いきなり戻って来たと思えば……
「……相変わらずの出鱈目っぷりだぜお前ら」
「そう? 冒険者として当たり前の事をしただけだよ。調査して、魔物を討伐して、囚われている人を助けてギルドに報告した」
「でも、吸血鬼の存在は報告してねぇんだよな」
「それは当然よバルド。既に討伐を終えたものを、敢えて知らせて不安感を持たせる必要は無いもの。ねぇヴィーちゃん」
流石『聖女』バドママ。よくわかってらっしゃる。
騎士団の幹部、そして公爵ご本人に、『聖女』『元聖騎士』を加えて現在、吸血鬼が近隣に存在しており、周辺から人を攫い配下のオーガ共々餌にしていたという報告と、吸血鬼を捕えたので可能であれば騎士団で情報を聞き出してもらえないかという相談に赴いたわけですと説明中。
「……何故、我が公爵家に」
「冒険者ギルドは依頼以上の事は関わらないでしょうし、『ハベル』の街は自治以上の機能を持ちえません。周辺のブレンダン領の領民や、吸血鬼の潜伏していた城を領内に持つ領主に働きかけるには公爵様にご報告する事が最も良い選択だと考えました」
「そうだな。適切な判断だと思う。礼を言うぞオリヴィ=ラウス」
私とビルは頭を軽く下げる。
「吸血鬼ねぇー 実物は初めて見たわー」
「対応などは聖騎士として教育されているが、これが……でも、目を潰し、手足も斬り落とされているのは何でだ?」
周囲の騎士達も頷き促すので、私は一言「危険だから」と伝える。
「オーガ並みの力、尚且つ目は魔眼で魅了します。更に、血を吸えば『グール』として人間を手勢に簡単に変えることも出来ます。勿論、魅了で同士討ちさせることも可能です。それが、この状態にしている理由です」
ビルはそう説明し、さらに「この女は魔術師でもあるので、対策が更に必要です」と付け加えた。全員が蒼白となる。
「殺すのも捕えるのも簡単なんですが、尋問は難しいので、専門家に任せるつもりで連れてきました」
「教会に連絡し、秘密裏に人を派遣させよう」
公爵は侍従に命ずると、教会への依頼の手紙をしたためる。退魔師と呼ばれる専門家がいるはずなんだよね。
「拷問なら可能ですけれど、死なない程度に虐めて心を折っておくというのも悪くないと思います」
「……例えば?」
「額の上に聖水をぽたぽたと水滴にして落すのです。それほど難しくはありませんが、定期的に苦痛を与え続けるというのは、効果的……と聞き及んでいます」
え、何でみんなそんな目で私を見るの。教わっただけだよ、やったことないよ。
「確かに、眠らせない為の拷問としてそのようなものを聞いたことがある。人間相手ではあるが……怖ろしい事を提案するのだなラウス殿は」
騎士団長、そんなドン引きした目で見ないでくださいね!! だって、危険じゃない? 反抗する気あったらさ。
「手足と目は焼いてあるので、再生しません。他の部位に関しては傷つけても時間がたてば回復するので、死なない程度に傷つけるのはありだと思います。ただし、噛みつかれれば危険なことは変わりませんし、オーガと変わらない力があるので、扱いは要注意です」
私としては、椅子の上に固定し、尚且つ首の部分を壁に鉄の鎖で固定して頭を動かせなくして不意の噛みつき攻撃を避けるのが良いと思う。
「……」
「……そ、そうだな……その位しなければ……」
「あなた方がグールになりますよ」
騎士達に尋問するにも、相手をするにも危険がつきものであることをはっきりと伝える。因みに、吸血鬼に血を吸われ殺されればグール、その前に、吸血鬼に自らの血を与えられれば従属する吸血鬼として生まれ変わる。
「無暗に仲間を増やす吸血鬼はいません」
「……なぜだ?」
「人間が増えすぎて動物の数が減った結果、肉は贅沢品になりました。つまり、そういうことです」
吸血鬼の数が増えれば、餌の数が足らなくなる。そんなことを上位の吸血鬼がするはずがない。
「例えば、こいつの餌は何がいいんだ」
「豚や鶏の血でも問題ありません。が、一年位はそのままで生きていると思いますので、ここではその心配は無用です」
ビルはそう釘を刺した。
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バドは「俺も行きたかった」とぼやいていたが、ビルに一言「死んでますよ」と切り返され沈黙していた。まあ、その通りだろうね。
「こんな近くに吸血鬼がいるなんてぇー」
「人の住む場所の傍にしか吸血鬼はいませんよ。同じ場所にいると、その存在がバレやすいので、普通は移動しています。遍歴商人や吟遊詩人など昔は姿をやつしている者も多かったようです」
「ビルは詳しいな。やっぱ、昔聖騎士だったとか?」
バドはビルが吸血鬼博士なのが気になったようだ。めちゃ強いしね。
「いいえ。以前師事した方に、退魔を行う方がいたのでその受け売りです」
「そうなのねー でも、正しい事を言っていたから、優秀な退魔師さんだったのでしょうねー」
バドママは回復専門なので、吸血鬼退治をしたことは無いという。
「たまに、吸血鬼化した人の親族から回復を依頼されたけど、無理なの」
バドママ曰く、知らぬ間に吸血鬼に魅了され引き込まれる者がいるのだという。その場合、吸血鬼化するのに何日かかかるので、病気かと思い治療を願う者がいるのだという。
「ほら、イモムシがサナギになって蝶になるじゃない? あれと同じことなの。人間としての死、そして吸血鬼としての再生。その途上で猛烈に苦しむから家族が連れてくるの。でも、既に人間としては死んでいるから、回復させることはできないのよね」
家族には、「聖水」で浄化するしか対応方法が無いと伝える。
「目の前にいる愛する者は既に人間として死んでいて、吸血鬼の下僕になるだけの存在だって伝えると、それはみな驚き嘆き悲しむわ。でも、最後には『人として死なせてください』って……頼まれるの……」
首を切り落とし、聖水で清めた後、聖油でくるんだ布で巻いて『焼く』のだという。浄化の炎で肉体を破壊する必要がある為だ。
「罪人みたいだけれど、仕方ないのよ。それでも、魂は救われるのだから、納得してもらうしかないわね」
魂を捕えるための牢獄である肉体が不死になるという事は、魂は永遠に救済されない存在になる……と考えると、死ねない吸血鬼の魂は永遠の牢獄に囚われているということになる。まあ、確かに、死ねないのも罰なのだろう。
聖典にはその昔、人間にも定命が無かったとされている。それが、定命があるようになり、やがて百年と生きられない存在となったわけで……それを考えると、永遠の生命に憧れないでもない。
「吸血鬼が定期的に長期の眠りにつくのは、狂気に侵されない為でもあるんです」
「どういう意味?」
ビル曰く、自分だけが生き続けていることに耐えられるものは少ないという。親しくしている者が老いさらばえ死んでいくのに自分だけは永遠に生き続けることが、やがて苦痛になるのだと。
「ずっと続けば、幸せもやがて幸せではなくなるものね。甘い物ばかり口にしていれば、その内、見ただけで気持ち悪くなるしね」
「健康を失って初めて健康の有難みを知るということもありますから。死なないという事は、生きる喜びを奪う行為なのかもしれませんね」
なんだか、今日はとても哲学者だねビルは。
バドママ邸で、私とビル、バドママとバドの四人で、吸血鬼についての情報交換を……主にバドママとビルを中心に行った。ビルは三百年の時差の修正と、知りえないこともあるだろうし、バドママは教会の見解や主な過去の事例を聖職者サイドから話してくれた。実働部隊のマニュアルはバドが解説。私は、錬金術・魔術のサイドから吸血鬼対策の一般論を説明した。
「魔術が無いとかなり不利というのは分かった」
「バドは早く加護のレベルを高めて教会に戻る事ね。その方が多くの人を守ることが出来ると思うわ」
「……公爵閣下がお前たちに指名依頼をする可能性もあるぞ」
そういえば、星三から指名依頼あるんだよね。だがしかし……断る!!
「吸血鬼は星四レベルの対応。それに、今回は討伐も済んでいるから、依頼を受けるも何もないじゃない」
「そうですね。調査と言われても雲をつかむようなお話ですし、ヴィーには商人としての修行もありますから」
「……御用達商人の看板をもらえばいいじゃなーい!」
バドママ、何やら不穏な発言。要するに、吸血鬼に対するリサーチの常時依頼を指名で出すので、その対価として『御用達』の商会であると『ラウス商会』と『オリヴィ=ラウス』を公爵家で指名するというのである。
――― いや、そういうのホント困るんですけど。私は貴族に絡まれるの嫌なのよホント。
「身に余る光栄ですが、依頼を達成した後にご検討いただく内容です。不遜だと思われます」
バドママは「そうかしらー」とおっしゃっていますがその通りだと思う。それに、バドは私たちにくっついて独自に吸血鬼退治をしようとか考えてるっぽいし、それで公爵にアピールする気なのかもね。そういう、私を利用しようとするの本当に迷惑だから。




