4-13 マザコンは覚醒し、私はバドの成長に驚嘆する
4-13 マザコンは覚醒し、私はバドの成長に驚嘆する
「それは……嬉しいことだ。感謝の心が……バルドの騎士としての覚醒をもたらすとは。そなたに預けた甲斐があったというものだ」
「畏れ多い事でございます。役目を果たすことが出来、安堵しております」
「……マジ、お前誰なんだよ……」
バド覚醒の報をバドママから伝えられた公爵閣下が、わざわざ時間をとり、バドと私たちに会いに来られたのは、翌日の昼前の事である。簡単に、お祝いをしたいという事で、我々は本館のダイニングにランチに招待される事になる。このままだと……もう一泊コースかも知れない。
「しかし、商人としてだけでなく冒険者としても一流とは。先が楽しみな若者だなオリヴィは」
「本当に。バルドも成長して、世の中の苦しんでいる人、弱い者を守れる騎士となってくれるのであれば、この修行の旅も必要なことなのかもしれませんね」
「そうだ。必要なのだ。それが、今まで思い切ることが出来なかったのは……父親としての余の甘さでもあった。バルドには遠回りをさせたかもしれぬ。悔やんでも悔やみきれぬな」
いや、優しい両親がいてそれをない物ねだりする、糞甘ったれなガキがバルドンだから、それは筋違いだと思うよ。
「確かに……馬小屋で寝たり、ドロドロになって魔物と戦ったり……俺は世間知らずだった、恵まれていたことに感謝する気持ちが全然なかったってことに気が付かせてもらった」
「「おお、バルド……」」
いや、イラっとして虐めただけです。だって、修行ってもっと大変だよね。最初から、VIP待遇で周りが意地悪した程度で親の所為だって拗ねて捻くれるのはどうかと思うよバド君。虐められて当然だよ、教会でも私たちにも。
そして、本館の女主人もわざわざ挨拶に来てくれる。まあ、同席はしない積もりだけどね。
「この度は、バルドの騎士としての覚醒、ブレンダン公爵家として慶賀の至りですわ。冒険者とは言え、魔術を使われるオリヴィ・ラウス師には敬意を表させてもらいます」
「これはご丁寧なご挨拶。私たちは今後もバルド様の為に、尽力する事を誓う所存でございます奥様」
「よろしく頼みます、ラウス師。では、折角でございますので……」
「ああ、バルドも一人前の騎士への道程が見えた所で、我が公爵家の主だった騎士達にも紹介できるというものだ。この後、庭で少し腕前を見せてもらおうか」
マジっすか……覚醒したばっかりだと、制御できないかもだから、相手が危険だと思いますよ公爵様。
私が魔力の制御の危険性を指摘すると「公爵家の騎士で腕も確かな者が相手をするので心配無用」と断られてしまう。稽古程度であれば、問題なく立ち会えるのだろと、私は心配を手放すことにした。知らん。
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修練場として使われている場所なのか、中庭の一角には硬い地面の場所がしつらえられていた。そこには、鎧下だけを身に着けた騎士らしき一団が揃っている。皆さん、ヤル気みたいですね。
「紹介しよう。我、公爵家の騎士団の幹部たちだ。腕は間違いなく帝国でも有数の者たちだ。バルドも腕前を見せるに十分だろう。さあ、お前の成長した姿を見せてもらおうか」
いや、だから、覚醒したばっかりで成長はこれからなんです公爵様。私の心の叫びを察したのか、バドが近寄ってくる。
「おい、俺、どうすればいいんだ?」
「最初は様子見。魔力を体に巡らせながら、騎士の剣で受け太刀をする。それに慣れてきたら、緩急をつけて冒険者の剣で騎士の裏をかく。できそうなら……急所を狙いなさい。首か四股の付け根よ」
「あ、ああ。やってみる」
「焦らず、じっくりと。負けない剣を心掛けなさい」
それが冒険者の剣だからだ。バドは「了解」と去っていく。
10m程離れて向かい合う。最初は、バドより五歳くらい上だろうか、二十代半ばのしなやかな体つきの騎士だ。優男然としているところが怖い。
「始め!!」
騎士団長らしき、年配の騎士の号令で試合が開始される。まあ、一対一で集中しているならば一方的にやられることは多分ない。それは、散々、ビルを相手に打ちのめされているから。ビルより剛腕はそうそういないからね。
「はあっ!!」
「……せい!」
剣を上下左右と様々な角度から斬り払い突きを放つ騎士の切っ先を、余裕をもってバドは受け流していく。魔力が活性化し、体の周りをその『水』の加護が巡っていくのが見えるようだ。
「早いですね……魔力を上手に扱い始めています」
「引っ掛かりが無くなった途端に才能が目覚めたとかいうんじゃないでしょうね。そういうの、マザコンっぽくないわよ。カッコいいじゃない」
「……俺はマザコンじゃねぇ!!」
対戦相手がびっくりする。なに、余計な話聞こえてるの。集中しなさいよ!!と私は思う。
数度、数十度の剣戟をことごとく躱し息も切らさないバドの姿に、相手の騎士は段々顔が強張り始める。冒険者は一対多数でも死なない剣を考えるから、こんな試合形式なら、半日でも生きるだけなら生き残ることが出来る。
最初の勢いが失速し、受けに回り続けたバドがフェイントを掛けながら、斬り込み始める。足に、手首に、そして首元に鋭い斬撃を送り始めると、疲れが見え始めた騎士が、防戦一方になるように見える。
「誘ってますね」
「ええ、まあでも、引っかかからないわよ。散々、私たちにやられているもの」
バドの剣速は、未だ身体強化を行った速度ではないし、行っていない最高速でもない。あと二段三段上があるのを私とビルは知っている。
剣圧に押され、後退したかに見せた相手の騎士が剣を跳ね上げカウンターを狙うのだが……
「がはっ……」
「……そ、それまで!!!」
切っ先を切り返し、そのまま首元に撃ち込んだ。最後は身体強化で強引に剣を相手にねじ込んだ。技ではなく力、理屈ではなくひらめきの剣。そこに、相手のチャンスがあれば、踏みつぶしてでも打撃を与える。理不尽な切り返しを散々、バドは私とビルに与えられている。
つまりは、私たちのしごきをそのまま試合で相手に返したという事だ。
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その後、更にベテランの騎士二人と対峙し、徐々に身体強化が体に馴染んでくるのと並行し、柔と剛を組み合わせた剣が相手を翻弄しつつ一撃を与えて行くようになる。目に見えて、成長していることが分かる。
「なんか、覚醒してるねバド」
「ええ、これは、手加減するのはこれからは難しいかもしれませんね」
ビルは、正統の騎士の剣を『剣』として叩き込まれているので、その辺りで稽古相手になればいいし、私は『魔剣士』として魔力頼りの強引な戦闘を見せようかと思う。『水』の加護持ちは空飛んだり、地面に穴掘るのは出来ないから!! まだまだ私の方が有利だから!! オリヴィ負けない!!
そのくらい、バドの剣技は私たちが思う以上に磨かれていた。
「はあ、はあ、ど、どうでしょうか閣下」
「……そこはパパで良いのではないかバルドよ」
何言ってるのこのおっちゃんは。バドママが癒しをバドと対戦した騎士たちに与え、騎士達が跪いて感謝の祈りをささげる。恐らく、戦場にもバドママは付き従い、多くの騎士や兵士を救ったことがあるのだろうと見える。
公爵夫人も、バドママの公爵家への貢献を考えると、否定するような態度を取れば、女主人として騎士達に反感を買うと理解しているのだろう。バドママ、やっぱりちょっと、凄い人なんだろうな。
最後に、騎士団長が「受け太刀をさせてもらいたい」と願い出る。つまり、バドが騎士団長に一方的に打ちこむということで、腕を直接見たいということなのだろう。
「魔力の遣い方が隔絶しているでしょう。それを、バドに見せたいのでしょうね」
長い間、騎士として体の魔力を練り込んできた騎士団長の魔力操作の修練具合を体感させることが目的の稽古のようだ。
「どこからでもどうぞ」
「……はあああぁぁ!!」
全身を使い、今までの対戦で練り上げた魔力を体に纏わせ、最初の頃とは格段に異なる、身体能力、剣の速度で騎士団長に木剣を叩きつけ、急所を狙うバド。
そのバドの剣先を、小枝を払うようにいなし、隙あらば首や足を狙いカウンターを放つ騎士団長。あれ、受け太刀じゃないんですっけ。
「カウンターも受け太刀のうち!!」
すっかり、戦場の剣に互いになっていく。攻撃を受ければカウンターを狙う、そして、身体強化で受け流し……これは、バドの魔力が足らないな。ガス欠だ。
「閣下、バルドの魔力が切れかかっています」
「そ、そうだな……双方!! これまで!!」
先ほどまでの息の乱れなど比較にならないほどの全身からの汗と、息も絶え絶えのバドと対照的に、騎士団長は「粗削りですが、光るものがありますな」と涼しい笑顔で、受け取った布で汗をぬぐっていた。




