4-07 バルドは愛に気が付き、私は何故か奴隷にする
4-07 バルドは愛に気が付き、私は何故か奴隷にする
それまでの、村での人生をダイジェストでバルドンに説明してやった。誰よりも働き、村の為に必死で色々なことをした。お年寄りの家の水くみ薪割り、畑仕事だって誰よりも頑張って色々な家を手伝った。
猟師の手伝いだってして、肉をたくさん村に持ち帰ったし、薬師の勉強をして薬で病気だって治してあげた。将来、騎士になって村を治める婚約者の為にできることは何でもした。何でもだよ。
「でも、王女様が私の義兄を気に入ったから、婚約は無くなって王女様が私を邪魔者だと思えば殺しに来るかもしれないから……村を追い出された」
「……お前、女なのか……」
まあ、そっちが驚くよね。散々嬲られた相手が『女』だもんね。
「あんた恵まれすぎ。庶子なのに、見捨てられることもなく捨て駒にされる事もなく、愛情注いでもらえる父親も母親も揃っている。衣食住だって庶民では考えられないくらい恵まれている。将来の事だって、騎士になりたいって希望を尊重してもらって。そんな豪華な鎧を身につけて、その有難みすら感じない、当たり前だと思っている……あんたは幸せに甘えている。親の愛情に甘えている。ない物ねだりをしている、卑しいクソガキ。それがあんた」
私は親の愛というものを感じたことがない。村の人達は「仲間」としての信愛だし、義父母は将来の「嫁」としての愛情であって、そこに打算がなかったとは今となっては思えない。知らなかったし、気が付かなかった、気が付かないふりをしていたのかもしれない。
村を出て、アンナさん、師匠と先生、シスター・テレジア、ビータとその家族と接して……やっぱ本物の愛情って違うんだなって気が付いた。
「あんたが、聖騎士達に疎まれていたのはね、あんたが受けている愛情を素直に感謝していない卑しさを感じていたからだよ」
聖騎士といっても、所謂末端の騎士だ。自前の鎧と馬を維持するために、四苦八苦し代々の務めを果たしているはずなのだ。聖征の頃は余分な収入もあっただろうが、今はそれも無いから苦しくなる一方だ。
それが、選帝侯の庶子が高位貴族と見紛うばかりの高価な鎧を着用し、馬だって一級品の馬を公爵から頂いているわけでしょ。教育だって立派な家庭教師から受けている。それを、公爵の嫡子や正室の子供たちと比べて多少劣っているからと言って、並の騎士や下級貴族からすればとんでもないお宝装備なんだよ。そんなことも分からないから、酒場でカモにされる。
それも、見え見えの相槌うたれて、理解者だと勘違いしてついていく……みたいな展開が目に浮かぶ。
「世間知らず、親の愛情を無条件に与えられすぎていて勘違いしている馬鹿。この世には、親のいない子供、なりたくてもなれない職業に憧れている子供なんて掃いて捨てるほどいるんだよ。騎士になれてるじゃん、ピカピカの鎧に、立派な乗馬まで与えてもらって、大司教座に所属していて……親の庇護まで受けていて、何が不満なの?」
さっぱりわからないので、もう一発、鎧越しにボディーを入れる。顔は駄目、ボディーにしな!! って言われたから。
何かを口から吐き出す駄目な男バルド。
「さあ、これであんたは私の奴隷確定。まあ、根性が治ったら帰してやる。それに、世間知らずすぎ。馬鹿は死ななきゃ治らないらしいけれど、あんたは一度死んで生まれ変わったつもりで社会の底辺を経験する」
「……社会の底辺……」
「冒険者になるんだよ☆ 雑用をこなし、くたくたになるまで働いて雀の涙程の手間賃を貰い、風呂もないような小屋みたいな宿に泊まり、薄い麦がゆで飢えを凌ぐ。風呂、死ぬまで一度も入った事がない。そういう世界だね」
「……」
駆け出し冒険者ってそんな感じだよね。宿? 別にとるに決まってるじゃん。
「その鎧も馬も閣下にお返しすることね。自分自身の力で生きてから、頭を下げて許しを請うなら、まあ、奴隷から解放してあげてもいいかもくらいは……考えないでもないわね」
「……奴隷か……今までどれだけ恵まれていたか……思い知った……」
孤児が世間に出されてちょっと騙されて借金をする。その借金を膨らませて年季奉公という名の奴隷に落とされるのは割とよくある事だったりする。
なんなら、孤児院の運営者がグルの事もある。それと比べれば、全然問題ないじゃんね。
「閣下、ということで依頼を達成しようかと思いますが、如何でしょうか?」
愛する息子が叩きのめされるのを見て、一瞬殺気を感じたが、為政者としての矜持だろうか冷静な顔を見せている。
「それでお願いしよう。できれば……定期的に文を貰えないだろうか」
「承知しました。本人が希望するなら、バルドの物も同封します」
「……感謝する、ラウス殿」
ということで、この話は決着したんだけど、なんだか重き荷を背負って遠き道を歩むが如しとなった気がする。
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さて、汗をかいた……バルドンは、着替えをする事になったのだが、私は一つの注文を出すことにした。それは、「館に仕える従僕の中で似た背格好の一番襤褸衣服をバルドに与え着替えさせるように」ということである。
今、彼に与えられた衣服は公爵家の男子としてはいささか質が下がるが、下位貴族の当主辺りでも着れない上質なものである。飾りが少ないとか、そんな程度の差でしかない。
「これではダメか」
「庶民に混ざり、最底辺を経験するには相応しくありません。庶民は古着か自ら紡いだ糸で織った服を着ます。このようなしなやかで手触りの良い真新しい服を着ている者は、富裕な商人などしかおりません」
「……左様か。では、その旨用意させよう」
私たちは着替えを済ませた後、とある場所へと赴くつもりであった。
バルド君は庶子乍ら、同じ敷地の別邸を母と共に与えられ住んでいた。彼が大司教座に行ったのちは、母親と何人かの使用人がいるだけではあったのだが……
「デカい。立派……豪邸だね」
「そ、そうなのか……」
おバカなバルド君は、公爵家の本邸と比較して「小さい」「質素」と言っていたようだが、コロニアなら大司教が住む居宅位立派な作りだ。実は住んでないけど。
公爵閣下と私とビル、そしてバルド君。公爵閣下は侍従を一人連れているだけである。中に入ると、使用人がずらりと並び、先触れのあったおかげか、ドレス姿の女性が出迎えてくれている。
「公爵様ようこそお越しくださいました」
「急に訪れて申し訳ないな」
挨拶が住むと、公爵閣下は私とビルを紹介し「バルドの後見人である」と伝える。え、いつの間にか後見人にされてるんですけど。殴ったの根に持ってるのでしょうか公爵様。
奥のサロンに通される。お茶が出される間、簡単に自己紹介をし、冒険者である事を伝えるとドレス姿の私を見て「まあ、こんなに可愛らしいお嬢さんが」とバルド母が口にする。
――― すんません、さっきまで、あなたの息子を嬲ってました。ごめんなさい。
いやほら、仕事だからしょうがないんです。ちょっと、恵まれている癖に拗ねている馬鹿にイラっときてやり過ぎたわけじゃありません。二発しか殴ってないし。手加減してるからまだ生きてるんだよ☆
お茶が出され、皆が口をつけたのち、公爵がバルドについての話を母親にし始める。曰く、聖騎士として許されない罪を犯したバルドは、暫くの間、私に預けられ、冒険者として庶民の生活を経験し、騎士として力無きものを助けることのできる心を持つための旅に出る……という事である。
実際は、私の奴隷なんですけど、そう聞くとカッコいいのは不思議だ。
「それで、そのような衣装を身に着けているのですね」
色があせた上着、膝の抜けかけたズボン、黄ばんだ元は白いはずのシャツを身に着けたいつもよりだいぶ草臥れた衣装の愛息子を目にしたバルド母は、何もかも悟ったようであった。
「可愛い子には旅をさせよと昔から言いますが、私は貴方にとって良い母親では無かったのかもしれませんね。足らないことを嘆くのではなく、与えられたものに感謝する生き方を願って聖職者の道を選んでほしかったのですが。思いは伝わらなかったのですね」
とても悲しそうな顔、目には薄っすらと涙も浮かんでいる。バルドは……号泣。自分の不足を、思い違いを、増長を思い返し、声を上げて泣き母と、そして公爵閣下に許しを乞う。
「今生の分かれでもあるまい。何年か……会えないだけではないか。聖職者となれば、同じことであったろうよ」
「で、ですが……」
聖職者は旅先でいきなり殺されることは……多分ない。冒険者はそうではないのだ。一瞬の油断が死につながる。それは母も公爵閣下も分かっているが言葉にする事はない。
「母に、無事の知らせを送ってください……」
「……しょ、承知しました……」
これは、公爵閣下との約束なので、安否確認の手紙は同封する。私は公爵閣下当て、バルドンは母親あてにしたためればいい。どの道、二人で一緒に読む事になるだろうから、それでいい。
「ラウス様、どうか息子をよろしくお願いいたします」
「奥様、オリヴィとお呼びください。子息バルドを必ず生きて再びまみえるように致します」
「ありがとう、オリヴィ。あなたとあなたの仲間に神の祝福がありますように」
バルド母が祈ると、そこには聖別されたような神聖な空気が漂う。もしかすると、バルド母は、加護を持っている女性なのかもしれない。
後に、『水蓮の聖騎士』と呼ばれるバルド君との出会いはこんな感じでした。母親の加護同様、彼にも加護があり、それは『水』の精霊に関わるもの。やがて、彼は『水』の精霊と仲良くなり、癒しの系統の魔術を中心に聖魔騎士として帝国の弱き者の守護者として活躍するようになるのは……随分と先の話なんだよね。




