4-04 魚の樽を破壊され、私は怒りの鉄拳を振り下ろす
4-04 魚の樽を破壊され、私は怒りの鉄拳を振り下ろす
翌日、私たちはいよいよ目的地『ブレンダン』に到着する予定である。何事も無ければね。商会のおっちゃんたちは完全に「もう着いたみたいなもんだ」という雰囲気を醸し出しており、ゆるゆるである。
「荷物をお届けして受け取って頂くまではまだわかりませんよ」
と一応声をかけておいたのだが、「もうでぇじょぶだろ」とか「心配すんな」といった回答が返ってくるのでとても心配です。というより、心配しかない。いや、襲われるのは前提なんだけど、油断してパニック起こされると怪我したり死んだりすると困るじゃない? 依頼達成的にね。
「今日あたり、襲撃あるかも知れません」
「そんときゃ、お前ら頼んだぞ!!」
「了解です。もし、賊が出た時には私たちの命令に必ず従ってください。でないと、死にますよ」
と、真顔で伝えると、おっちゃんたちのテンションが一気に下がり「わ、わかった」と返事が返ってきた。お化けが怖いくせに「そんなもんいねぇ!!」って言い張る子供の心理だね。
実際、少し聞いたんだけど、やっぱり元卸先の商会から、遠回しに警告というか、脅しを受けている事はおっちゃんたちも聞いているらしい。
「それで、護衛依頼を冒険者ギルドに依頼したらしいんだが……」
誰も受けてはくれなかったという。そりゃそうだ、命あっての物種だからね。仕方なく、今回は荷も多いという事で護衛も出来る荷駄・馭者の依頼をしたので来たのが……私たち凸凹コンビだってことなんだね。
「でも、大丈夫なのか、たった二人で……」
「大丈夫ですよ、二人とも星三の冒険者で、私は魔術師ですから」
「「「「……え……」」」」
なんで、馭者とかやってるんだと聞かれたので、『冒険商人』になるために、商人ギルドのランクを上げている最中だからと伝えるとおっちゃんたちは納得してくれた。
「だから、襲撃されたら荷馬車の中に隠れてじっとしていてくださいね。下手にパニック起こして馬車から逃げたりすると、守り切れませんから。普通に、殺しに来ると思うのでよろしくです」
「「「……お、おう……」」」
『普通に殺しに来る』という言葉にビビるおっちゃん。だって、そのくらいするよ、公爵家の取引先切られたんだよ。公爵家御用達の看板外れたら、他の取引先や取引条件も影響受けるじゃない。死活問題だよ。面子もあるし。
だから、黄金蝙蝠商会が二度と商売できなくなるくらいの手を打つはずなんだ。そうすると、おっちゃんたち荷駄の人間を皆殺しにして、配達できないように馬車も奪うか破壊する。その上で、未納となるわけで、取引も切られて賠償金も発生するかもしれない。吹けば飛ぶような新興商会じゃあ、終わりだよね。元は漁師の副業みたいな商会なんだから。
ということで、いい気分が吹っ飛んだわけだけど、死ぬよりはいいと私は思うんだよね。
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背後から付けてくる騎馬の足音が聞こえる。そして、どうやら、この先の細い道から広がった森と野原の境目辺りに通せんぼする傭兵が待伏せしているようなんだ。風の魔術で音を拾ったから、大体わかる感じかな。
「数は、後ろからの騎馬が五人、前方に十五人くらいかな」
「まあまあの数です。背後の騎兵から処分しましょう」
「任せるね、私は、前の傭兵を捕まえる。一番偉そうなのは生かしておいて貰えると助かる。あと、馬も生かしておいて。売るから」
「承知しました」
輸送のお代より、馬の方が金になるかも知れないね。超ラッキー☆
もう少しで狭い街道から広がった野原に入る手前で車列は停止する。
「馬車から両手を上げて降りてこい!!」
先頭の馬車が止まったのは、明らかに武装している奴らが前方で道を塞いでいるからだ。
「ビル、後ろ宜しく」
「お気を付けて」
私は風の魔法を身に纏う。
「風の精霊シルフよ我働きかけの応え、我の欲する力を与え給え……『疾風』」
馬車の横を駆け抜け、車列の前方に立ちふさがる傭兵であろう、武装した一団を目にする。街道を封鎖するように馬車を置き、その上で弓をつがえた兵士が数人、ワゴン戦術? そして、前に出て大声を出している小頭っぽい髭もじゃで変なスリットの沢山入った左右非対称の衣装を着ているおっさんがいたので、ちょん、と首の後ろを刎ねてやる。
一瞬、私と目が合ったんだけど、何か分からなかったみたいだね。
前に倒れ、自分の首を受け取るように両手の上にそれが落ち、前に倒れる。背後の傭兵たちがざわめく。そして、弓を放つのだが……
「風の精霊シルフよ我働きかけの応え、我の欲する防壁を与え給え……『風壁』」
矢は、車列の前で弾き飛ばされるように明後日の方向に飛んでいく。『魔術師がいるぞ!!』と誰かが叫ぶが、それじゃ、おそーい。
「土の精霊ノームよ我働きかけの応え、我の欲す槍を与え給え……『土槍』」
前方の傭兵たちの周りを囲むように、密集した土の槍が並び立つ。さらに……
『堅牢』
土の槍は石のように堅固となる。これで、斧で叩いたぐらいでは折れなくなる。
背後では、ビルが剣戟を振るい、騎乗の兵士たちを倒しているようで、断末魔の叫び声が一つ、二つと聞こえてくる。どうやら、燃えている匂いがするので、やっちゃったらしい。まあ、一人二人なら燃えても構わないかな。
これは、盗賊ではないので殺しても賞金は恐らくもらえない。傭兵団に依頼した人間も特定されてもなお、上級貴族が絡めば裁判さえ開かれない可能性が高い。傭兵の場合、各地で悪さをし訴えられている可能性もあるので、生きている奴らは一応回収して『ブレンダン』で引き渡すつもりではある。
いらなきゃ、犯罪奴隷として売却することも可能だろう。死罪以外の罪であればそれで現金化できる。まさに、人的資源。それも、リサイクル系。
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「おい、ここから出せ!!」
「てめぇ、ここから出たら覚えてろよ!!」
威勢がいい皆さんです。とりあえず、街道上を移動できないので、土魔術で整地して街道を迂回、馬車を先行させることにした。見られたら、不味い事もあるしね。
「ま、まじで魔術師様じゃねぇか」
「こんなに、立て続けに連発できるとか、流石星三の冒険者だな」
おっちゃんたちの声に、傭兵たちがざわめき始める。既に時遅しだけどね。
「よ、よう。俺たちも、その、冒険者なんだよ」
「……だからなに? 盗賊だろうが傭兵だろうがどうでもいいよ。あんたたちは依頼を誰から受けたのかも知らない下っ端でしょ。話す意味無いから」
「ど、どういう意味だよ。お、俺達同業者じゃねぇか」
確かに、冒険者ギルドに登録しているという点では同じだが、追剥強盗の類いの片手間に冒険者ギルドの依頼を受けるようなゴミと混ぜて欲しくない。
「いいえ、知らないねそんなことは。事実は……私の護衛対象に手を出して捕まった身の程知らずの賊って事。まあ、半分は許してやるけど」
「……まじか……」
「でも、何で半分?」
「殺し合いなさい。私が皆殺しにするのも手間だし、あんまりそういうことしたくない。だから、一人殺せば、残りは生かしておいてあげる。私はその人を殺さないという約束はしよう。で、どうする?」
柵の中に閉じ込められた十人ほどの傭兵が騒ぎ出す。そして……
「があぁ」
「やった、やったぞ!! 俺はたすかあぁぁぁぁ!!!」
はい、椅子取りゲームが始まりました。
暫く見ている時間が無駄なので、馬車の後列に向かう。すると、既に、ビルが二人を縛り上げていた。まあ、ほら、二人は燃えちゃってるし、一人は確実に死んでいる。だって首が無いもん。デュラハン以外なら確実に死んでる。
――― デュラハン、死霊だった……駄目じゃん。
「どう、何か話した?」
「いいえ。まあ、全滅させる方が早いので、特に話はしていません」
一人は三十過ぎのベテラン風の騎士、今一人は、二十歳前後の荒んだ感じのイケメンと言えばイケメンの騎士。多分、こいつは貴族の庶子とかそんなのだろう。
「生かしておいて得なのはどっち?」
二人は「え」という顔をする。
「えーとね、 いま、前の方では一人殺した奴だけ助けるって人減らしの最中なの。この襲撃は、何度でも起こるだろうから、引き受けるやつがいなくなるまで全滅させる護衛の仕事だと私は理解しているのね。だから、襲撃の依頼人なんかには興味はないの。馬はお金になるから生かしておくけれど、あなた達はお金になるなら生かして突き出すつもり。ならないなら、ここで殺すわ。で、どうなのか、自分でプレゼンしてもらっていい?」
こうして、車列前方では生き残りをかけた椅子取りゲーム、後方では、プレゼン大会が始まるのでした。まあ、面倒なら殺して埋めてもいいんだけどね。




