4-02 魚の樽を積み、私は車列に従う
4-02 魚の樽を積み、私は車列に従う
商会頭のベック氏は、元々は魚を捕る漁師であったという。そして、漁師たちの間で、商人にぼったくられているということが知られるにつれ、別のルートでも販売できるんじゃないかと考えた時、言い出しっぺのベック氏が商会を作り自前で販売することになったのだという。
「うちは、直販だからその分早く届くから鮮度がいい。それに、商会もさほど利ザヤを取らないから、同じ値段でもいいものが買える。だから、ブレンダンの領主様がたいそう贔屓にしてくれているんだ」
最初は苦戦したものの、ルベックでブレンダン公の縁者と知り合い、魚を献上したところ、大口の取引につながり、定期的に届ける仕事が成立しているのだという。
「うちはもうそれだけで十分なんだが、大公様は友人たちに自慢するのでな……取引量がどんどん増えて……魚が足らねぇんだよ」
思わずどことは言わないが「もげてしまえ!!」と叫びたくなる商会の状態なのである。
見た目は厳ついが、礼儀正しく一角の商人であるベック氏。
「それで、馬車はどこだ?」
と聞かれたのだが。まあ、ちょっと待って頂戴。
「今出しますね。ちょっとこちらに」
私は魔法の袋から、ぼろい荷馬車を降ろす。ベック氏は目が点になっている。大変可愛らしい。
「は。お前、いや、えーと『ラウスです』ら、ラウスさんは魔術師様なのか……でしょうか」
まあ、そういう反応もよくある。特に、船乗りさんたちは魔術師が怖い。板子一枚下は地獄で生きている人からすれば、魔術で簡単に死ぬからである。
「はい。でも、土と風の魔術なので『風吹かせて転覆とかできんだろ!!』……そうですね、敵なら容赦しません」
「あ、当たり前です。ええ、私たちはラウスさんのお味方です。間違いありません」
いや、そういうの要らないので、普通に接してくださいませんか。
ダミーの樽を何個か馬車に乗せ、本命は魔法の袋に入れる。どんどん入るよ、最近拡張している気がする。
「……どんだけ入るんだ……」
「重さが関係ないので体積だけなんです制約は。この商会の建屋くらいなら入りますね」
「……そうか。考えねぇといけねえな。ラウス様との専属契約とか……」
「いえ、私、冒険商人が本職なので、運び屋を専属でやる気はないです」
「だ、だよ……ですよねー。いや、これは、いろいろ、指名依頼とか……お願いでき、ませんでしょうか」
貴族相手の商売は太く儲かるが、注文が細かい。特に、約束の期日や
突然の注文に対応しなければならない。
ルベックからブレンダンまでの距離は凡そ250㎞。馬車で六日ほどの距離だ。これが短縮されて……三日で届けば大変なことになる。
――― 私が本気出せば一日でも届けられそうだけどね。
「細かい契約は戻ってからお願いします。あ、契約はギルド間に挟みますからね」
「も、勿論でございます。依頼料は全額前払いで依頼させて頂くでござる」
相当悩みの種だったんだろうな……貴族の注文捌くの。それは、頭皮が寂しくなるくらい。
「では、これからよろしくお願いします」
「あ、ああ。その、この出会いを神に感謝いたします」
感謝するならバネッタさんにしなよと私は思った。
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私がホイホイと樽を持ち運ぶのはビジュアル的に厳しいので、ビルに頼むことにした。この、無駄にイケメンである炎の剣の精霊であるイーフリートは、常に女性が見惚れ、男は忌々しそうな視線を集める存在だ。
「おい、そんな優男が、この魚のびっしり詰まった樽を持ちあ……げられる。それも片手で……」
「素敵……美男子で力持ちで……」
「子持ちだぞ」
「ありゃ、目も髪も色が全然違うから、従者かなんかだろ?」
従者が見ていて主人が樽運ぶとかおかしいだろ!! いや、まあ、そりゃ、私はどこから見ても小僧だけどね。でも女の子だよ本当は☆
髪もトラスブルについてからは切らずに伸ばしているから、ド=レミ村にいる時よりは短いけれど、それなりに長くなっているんだ。まとめて頭巾の中に納めているからわからないけどね。
たまに「少年」だと思って色々な思惑の人が近寄って来るのだが、「女です」というと、大概「紛らわしい」と怒って去っていく。大変理不尽な話だ。
ビルが注目を浴びている間、私はベック氏に案内された倉庫の中の魚の塩漬け樽をひょいひょいと収納していく。因みに、輸送コストは樽当たり幾らでぜひともお願いしたいというので、一樽大銀貨一枚で請け負う事にした。
「二十くらいでいいですか?」
「た、大変助かります。荷馬車なら二台は必要ですから」
「まあ、多分、百ぐらいいけます」
「途中で卸す分もあるので、その程度で十分です」
川で運ぶと途中で何度も税を掛けられるので、陸路は面倒だが安くつくということで、馬車で運ぶのだが。船と異なり、移動途中の街でも卸をするので、それはそれで都合がいいらしい。なるほど。
「ラウスさんの荷は最後まで卸しませんので」
「それは良いですね。魔法の袋の中は時間経過がかなり遅くなるので、鮮度も良いままのはずです」
「ち、因みにどの程度」
「以前は十分の一くらいでした。十日くらいものが腐りません」
「……すっげぇ……いやラウス様の魔力の効果でしょうから、その、悪いことを考えているわけではありません。魔術師としてのレベルに驚いておるのです。嘘じゃないよ、ほんとだよ!!」
いや、私から物を奪うのはほぼ不可能だから。心配してないよ。
普通に考えて、魚の塩漬けの樽を山ほど積んだ荷馬車の列を襲う盗賊や傭兵団はあんまりいないと思う。重いし、嵩張るし食べるのにも限界がある。毎日魚の塩漬けは辛いと思うんだよね。
ベックのオッサンは、そうではないという。簡単に言えば、同業者が恐らく悪さをしてくるだろうと。
「元々は仕入れ先だった漁師たちが、商売敵になって安く良い物を売る。おまけに、大公殿下との取引も始まって、周りの貴族もそれに影響を受けている。今までの取引先だった商人たちは大打撃なわけだ」
取引を切られた、若しくは切られそうな商人たちが黄金蝙蝠商会の荷駄を襲う可能性が増えており、何度か被害にもあっているのだそうだ。
「ブレンダンは東方に影響力を強く持つ家だからな。現国王との戦いで帝国騎士団が壊滅して、ルベック商人も東方への商売が先細りになっているから、海路ではなく陸路、内陸の商圏を取りたいんだろうさ」
そこで、後から出て来た漁師上がりの素人に、大物を抑えられるのは面子が立たないってところか。貴族もそうだが、商人だって面子を潰されたら黙ってれば看板に泥を塗る事になる。
「彼奴ら、そういうところにはコネがあるからよ。そりゃ、巧妙に仕掛けてくると思うんだ。今までは何とか身内で処理してたんだが、流石に本気で来られると命が危ない。けど、冒険者ギルドに頼んでも護衛が集まらねぇし、仕方ねぇから商業ギルドで護衛ができる商人を頼んだら、貴方様がいらしてくださいました。神に感謝を……」
いや、そこは私に感謝してもらいたい。
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護衛の仕事を冒険者ギルドで見ていたが、恐らく、リスクの割に依頼料が安く受ける者がいないのをギルド側が放置しているというのがあるだろう。そして、冒険者ギルド=傭兵の職安=既に襲撃の噂が回っているので誰も受けないという仮説が成り立つ。
「ビル、どう思う?」
「並の傭兵団なら三十人位でしょうか。普通の商隊護衛なら瞬殺ですね」
同じような装備、外見であっても傭兵団は一つの戦闘集団であり、尚且つ、仕掛ける場所も時間も相手が設定できる点がこちらには不利だ。
馬車の寄る先は既に粗方決まっており、また到着日も決まっている。襲撃ポイントを設定するのは訳がない。
「誰も引き受けない護衛って時点で、危険度が見て取れるよね」
ベックのおっさんは数が多い方が襲撃されにくいと考えたようだが、そうじゃない。輸送する人員と商品を一挙に失い、納品も出来なければ信用も資金も商品も人員もすべて同時に失う事になる。故に、大規模な襲撃をするということは噂にもなり、また実現されるだろう。
「問題は、日中か野営中かってことくらいかな」
「日中は人が動いているので、発見されたりするリスクがあります」
「けど、今回は街に商品を卸しながらだから野営はしないよね」
エーベ川沿いは経路が限定されているので、襲撃ポイントはある程度分かるだろう。事件が発生した時にフォローができにくい場所。目的地の直前が仕掛ける最も良い場所だと思うんだよね。連絡も伝わらないし、予定日まで日が無いわけでさ。
ということで、前半は警戒せず、ブレンダン領に入ってから警戒すればいいよね。街中で襲われることもないのだから、ゆっくりと護衛の旅を楽しむのもいいかもしれないね。




