3-17 ビータは大いに勘違いし、私はそれもありかと思う
3-17 ビータは大いに勘違いし、私はそれもありかと思う
ヴィゲンで「野盗を捕まえた」と伝えたところ、「メインツまで移送ヨロ」といわれてしまった。報告関係はヴィゲンで行ったが、移送の書類含めて、こちらでメインツに持っていかねばならないらしい。まあ、襲撃はないだろうから問題ないかとは思う。
「では、私とビルが馬車で先導しますね」
「了解した」
アルノーも微妙な空気を醸し出しつつ、護衛の仕事を進めている。夫人とは挨拶を交わす程度には馴染んできたし、パルドゥルには頭を下げられた。いいんだよ、貧乏くじを引いたのは護衛の騎士二人だから。私は小遣いが稼げてラッキーだったから。
ヴィゲンからメインツまでは半日程度で到着する。距離近である。午後早くに到着し、馬車は宿へ、私とビルは入口で野盗を捕えた旨を伝え、ヴィゲンで作成された調書の写しを渡している。
「……こちらで預かってもいいのだろうか」
「はい。取調べが終わったら処刑か奴隷にして野盗の財産をこちらで回収できれば構いません」
「では、冒険者ギルド経由で報奨金含めて渡せるように手配する。受け手は……」
「オリヴィでお願いします」
冒険者証を提示し、星二つであることに少々驚かれる。
「その年で星二つの冒険者か……やはり、腕が立つのだな。納得だ」
門衛の隊長さんには褒められて、ちょっと嬉しい。
という事で、久々のメインツに戻ってきた私は、ビータの家に顔を出す前に、修道会を訪ねてみる事にした。
一月もたっていないのだが、随分とここを離れていたような気がする。こんばんは、定宿の蛙亭を予約してある。
シスター・エリカは今回も不在で、ビータも午前中に来たのでもういないという。プルと二人で薬草畑の世話をしていると聞き、畑の様子を見ると、とてもよく手入れされているように見える。まあ、そうだよね。一人でやると「今日はやめとこ」って思えるけど、二人でやるとなかなか手が抜けない。
でも、二人で手を抜き始めると際限なくて抜きになるのでそれも困る。
蛙亭で私は鎧姿から平服に着替え、ビルもそれなりの装いに着替える。
「この街は帝国第一位の司教座のある街だから、落ち着いた服の扱いも多いと思うの。仕立てるのもありね」
「……確かに、礼服の古着を買うのも難しいでしょうから」
そうです。貴族の服ってのは、古いものは使用人にリフォームして与える事が多いので、古着で出回らないんだよね。商人にしても、古着を売るような場合、それほど揃わない。都市に住む商人の上位の者は貴族同然の生活だし、使用人も多い。反対に、使用人もいないような小規模事業者なら商人然とした恰好は冒険者と変わらなかったりする。
ドレスは私のものがあるけど、礼服が無いんだよね。ビータパパに紹介してもらおうかな。
∬∬∬∬∬∬∬∬
さて、取り敢えずビルとの関係をどう説明するか、事前に打ち合わせしないといけないと思うけど……どうするか。
「私たちの出会いをそのまま説明するわけにはいかないじゃない? 何か提案はあるかな」
「……そうですね……私は戦士として斥候や魔術・錬金術が使える冒険者を相棒として探していた。エッセの魔銀鉱山で偶然出会い、互いに力量を認め会い、パーティーを組む事にした……というのはどうでしょう」
「……採用!!」
ビルがイーフリートで剣の魔神であることを伏せているのは、嘘ではなく情報が足らないだけだから問題ない。パーティーを組む理由としては互いに不足する面を補うという側面も存在するのだから、これも嘘ではない。事実に限りなく近いが真実ではないということでしょうか。
「それでいきましょう。上手く紹介できると良いのだけれど」
ビルは黙ってニコニコしていれば婦人受けはいいはずなので……というか、修道院でも街中でも宿でも女性受けは良かったよ。髭禿じゃなくって金髪碧眼の理想の男性だからだろうね。だって、バルバロッサ似だよ! 女性が見惚れるのも理解できるよね。
私は、失礼にならないように宿でお奨めしてもらったメインツの御遣い物を買い求め、ビータの実家である『メイヤー商会』に向かった。
初めに、商会の店頭で店番をしている少年に声を掛けた。
「こんにちは、私はオリヴィと申します。ブリジッタさんの友人なのですが、彼女は御在宅でしょうか?」
私の顔をじっと見つめ、笑顔で挨拶が返ってくる。
「はい。あなたがヴィさんですね。僕はブリジッタの弟のクルトです。案内させて頂きますので少々お待ちください」
確かに、ビータに似た面差しの少年だ。奥に声を掛け、店番を使用人に変わってもらうと、彼は奥に向かって私たちを案内してくれた。
「姉からお話はかねがね聞いてます。先日は食事に同席できなくて、残念だと思っていたんです。お会いできて嬉しいです」
「こちらこそ、貴方のお姉さんには良くしてもらっています。プルは元気ですか?」
「ええ、毎日姉と修道会に行って、昼からは家の手伝いや勉強をしている
ようです。とても素直で可愛らしい子ですね」
この少年は見所がある。ちょっと、人見知りで口下手な子だけれど、プルは一生懸命に自分で生きようとしている自立した子だ。四歳くらいなのに、中々できないことだよ。まあ、私の子供の頃にも似ているけどね。
「安心しました」
「ええ、今日はゆっくりできるのですか」
「いえ、明日冒険者の仕事で、アム・メインまで行きます。二三日で戻るので、その時はゆっくりできると思います」
「なるほど。ではその時にでもお話させてください」
商人見習として、彼も情報や人間関係を広げるために努力しているのだろう。姉の婚約者が失踪して、少々家庭内がごたごたするだろうから、自分がしっかりしないとと考えているのかもしれない。そういえば、あの件どうなってるんだろうね?
「姉さん、ヴィーさんを連れて来たよ」
「何言ってるのクルト、ヴィーはしばらく……本当にヴィーじゃない!!プル!!ヴィーが帰ってきたわよー」
驚くビータが奥に向けて声を掛ける。タタタタと小走りの軽い足音が聞え、すっかり白兎のように可愛らしくなったプルが私に飛び込んできた。ううっ、鎧を着ていなくてよかったけど、勢い良すぎじゃないかね。
「……元気だった?」
「ええ、勿論よ。今日は護衛の仕事で立ち寄ったので、顔を出したの。ビータ、これ、つまらないものだけど受け取って」
「あー これ、美味しいんだよねー まあ、お茶位できるんでしょ? それと……その後ろの素敵な男性も紹介してもらえる? はっ、もしかして……」
「こんにちはお嬢さん、私がヴィとパーティを組んでいる冒険者のビルです。よろしくお願いします」
「こ、こちらこそ、よろしくお願いいたしますわ」
おいおい、急に余所行きだねビータ。クルト君が滅茶苦茶笑いを堪えているじゃない。姉の余所行きの顔がそんなにおかしいのかね。
「あなたのご両親にも挨拶させてもらいたいのだけれど」
「う、うん。父さんは今商用で街を離れているから、母さんと皆でお茶にするのはどうかしら」
という事で、私たちは久しぶりの再会でお茶をする事にしたんだよ。
「あらあら、素敵なお客様のサプライズね」
「おば様、ご無沙汰しております」
「あなたの顔が見られて嬉しいわ。ビータもプルちゃんもあなたに会いたがっていたので、今日はとても良い日ね」
「母様、それは私もです」
「ふふ、そうね。ヴィーちゃんはビータの初めてのお友達だし、とても可愛らしいって皆から聞いてクルトだけが会っていないから拗ねていたのよね」
「そ、そんなことはありません。ご挨拶したいと思っていただけです!」
クルト君は十一歳で、まだまだ少年少年しているのだが、言葉遣いや所作は未来の商会長らしく、とてもしっかりしている。数年、メイヤー氏の友人の商会で下働きを務め、最近戻ってきて商会を手伝っているのだそうだ。
「それで、あちらの商会が大変なのよね」
「ええ。跡取りの息子さんが失踪してしまって……どうやら悪い仲間と一緒にメインツを離れたようなんです」
あ、それ知ってますよ。今頃、地底の底で穏やかに来世を過ごしていると思います。グラス・ヒュッファー氏のお父様が経営する『ヒュッファー商会』にクルト君は奉公に出ていたらしい。
「北門で野盗紛いの冒険者と一緒に誰かを付けていくのを見た知り合いがいてね……多分、誘拐にでも加わったんじゃないかって噂されています」
半分くらい正解。失敗して、土の下にいるんだけどね。それは内緒です。ビータ!! 目が泳いでいるわよ!!!
「ビータも大変ね」
「……ううん、ほら、ちょっとアレな方だったから、正直ホッとしているの」
「あまり大きな声では言えませんが、商会長のおじ様はともかく、使用人・従業員は商会の先行きが明るくなったと喜んでいるみたいですね。雰囲気が良くなりました」
ヒュッファー商会の知り合いに出先で会うと、表情が明るく活気のあるように変わったとクルト君が話し、おば様も苦笑い。どうやら、おじ様も不本意だが、友人を助けるためにビータを嫁がせることになりそうで心配の種だったのだという。
え、私って、二つの商会にとって良いことしたんじゃない!! その経験プライスレス☆




