3-12 馬車の旅は長く、私は護衛が疲れると知る
3-12 馬車の旅は長く、私は護衛が疲れると知る
翌日、コロニアからアム・メインに向かう馬車の護衛依頼をコロニアの冒険者ギルドで受けることにする。星二つのパーティだから受けられるのでビルに頑張ってもらってよかったと思う。
出発の日まで、私は金物屋で金槌や鏨、ツルハシやシャベルを購入し、ビルの防具の試着を散々してみるのであった。とは言え、帝国最大の商業都市であるから、武具屋の数もとても多く、三日の待ち時間はあっという間に過ぎ去っていった。
「ビル、依頼の件だけど、貴方がリーダーの方が受けがいいと思うの」
「……見た目で……というわけですか」
「そう。どう考えても、貴方の方が目上に見えるからそれが妥当でしょ?」
「では、今回の依頼の場合、私がそのように振舞うようにいたします。但し、常にお傍に居て頂けますでしょうか。判断できかねることもあるので」
「勿論よ。二百年ぶりの娑婆ですもの、分からないことも多いでしょう」
というか、人間として長い時間振舞う事、異教徒の世界からこちらの世界にアジャストする事も大変だ。頑張れビル兄貴☆
「私はアム・メイン初めてなんだけれど、ビルは行ったことあるの?」
「……ええ、実は、以前の主様に同行して訪れたことがあります。ですが、何百年も前の事ですので、街の様子は全く異なっていると思います」
ですよねー 実際二人とも初めてみたいなものだから用心しないとね。帝国議会が開かれたり、皇帝の皇太子である国王の戴冠式を行う場所なんだそうです。帝国南部の主要都市でもあるらしく、メインツやコロニア同様、栄えているんだろうね。
「でも、主要な都市間の定期馬車になんで護衛がいるんだろうね」
「……え……」
「いや、聞き逃してたのかな?」
ビルは、表情を正すと、「小領主や騎士の反乱軍が活動しており、盗賊同様、豊かな都市貴族や商人を攫い、身代金を要求する活動が激しくなっているからとのことです」と宣う。そんなの、冒険者で対抗できるわけないよね!
「普通は、定期馬車を襲えば確実に討伐対象となり、決闘で言い逃れることができないので問題ないのだというのですが、影響を受けた傭兵崩れの野盗の類が理解できずに襲う可能性があるとのことです」
まあ、狼の毛皮で偽装したなんちゃってコボルド団もいるくらいだから、それは大いにあり得る。
私たちは、馬車の護衛で、馬車の周りに付き添って歩く仕事なので、それほど重装備というわけにもいかない。待伏せする方は定期ルートであるし、装備も弓や銃の類も用意できるので襲撃側が有利なのだろう。
「襲われる場所って、大体予想できるんだよね」
ビルは頷く。今回は小型の馬車で移動する人数も多くない為、護衛も私たちだけなのだという。益々心配。寝ずの番とかどうするんだ☆
「お任せください。貴方様はゆっくり休んでいただいて大丈夫ですから」
「……魔神は眠らない?」
「何しろ、二百年休息していましたから。二百年は不眠不休でも問題ありません」
なるほどね。じゃあ、私は自作の土の家で完全休養しちゃおうかな。
∬∬∬∬∬∬∬∬
距離としてはメインツから十数キロ……一日程度の移動距離なのでとても近い。メイン川を更に遡ったところにあるのだ。メインツからコロニアまで船で一昼夜というところだったが、馬車なら三日以上かかる。
一日目にバン、二日目にゴブレットで翌朝マイザー川を渡り、三日目にヴィゲン、四日目にメインツ、そして五日目にアム・メインに到着する。
「結構大変そうね」
「馬車の乗客の護衛だけですから。野営の準備は街から街へ移動するのでトラブルが無ければ必要ないでしょうし、その場合も馬車の客の野営は馭者たちの仕事ですから、我々は関係ありません」
とは言うものの、土塁くらいは作ってやろうかと思う。面倒だしね。
バンからヴィゲンまでの二日間が距離もあり大きな都市もない地域なので襲われやすいのではないかと思われる。林間の街道も多いし、先行して賊を探しておいた方が良いかもしれない。
「ところで、貴方様は馬には乗れるのですか。今回は騎馬での護衛ですが」
「……え……」
「……お聞き逃しでしょうか。一頭が先行し安全確認をする手はずになっているのです」
「じゃ、じゃあ、私は走って先行するよ。弓も射れるし、狩人だからその辺りの痕跡も把握できるから。馬上じゃ足跡も見つけにくいしね」
「では、街を出るまでは馬車の後部のデッキにでも待機していただければいいでしょう。その後、街から離れた段階で先行していただきます」
なかなかいいぞ! 斥候がてら素材採取もしちゃおう。それに、賊は……皆殺しで良いよね☆ 面倒だから、地面の下に移動してもらおう。情けは人の為にならないからね。情け容赦なく討伐しましょう。
出発の日、早朝、私たちは定期馬車の発着所に足を運んだ。幾つかの目的地別に数台の馬車が並んでおり、アム・メイン-コロニアと札のついた馬車が見て取れる。馭者は二人のようで、既にお客を迎える準備が出来ているようだ。
因みに、都市の中で騎乗を許可されているのも、早足以上を認められるのも騎士のみなので、ビルは馬を牽いている。
「お。二人は今回の護衛か」
「ああ、俺はビル、彼はヴィだ。よろしく頼む」
「斥候職だから、街を離れたら先行していくので、道中はビルが一人で護衛することになるが、彼は腕が立つので心配ない」
「へぇ、あんた斥候職なんだね。確かに、良い弓をお持ちだ。年の割に腕もよさそうだな。今回は当りの護衛みたいだ。よろしく、俺はベン、そっちのは俺の助手のジョンだ」
「二人ともよろしくな」
ベンは如何にも元傭兵といった風貌の厳つい男で、真ん中禿げである。年は四十手前くらいだろうか。ジョンはほっそりしている浅黒い背の高い男で、厩番が似合いそうな優しい雰囲気を持っている。馬の世話の手を一切止めないのが彼のスタンスを物語っている。
「お客は何人だ」
「一組、三人だ。それと、手紙なんかの積み込みもあるから、出発はあと一時間ほど先だ。それまではゆっくりしていてくれ」
宿に泊まることになるし(自腹で指定の宿に泊まる)、食事も街でとれる(自腹で)。なので、賊が現れなければ比較的楽な仕事なのだという。一日辺り銀貨五枚の頭割りとなるので、大規模なパーティーは受けないので私たち向きの依頼だといえるかもしれない。馬は支給品だ。
そこに、女性二人と騎士らしき男性が二人現れる。馭者が歩み寄り、馬車へと女性二人を案内する。馭者は二人の男を連れてこちらにやって来る。
「二人とも、今回の護衛を務める相手だ。女性には直接話しかける事をしないでくれ」
つまり、身分のある人達って事だから、貴族なのだろう。
「ビルだ」
「ヴィです」
「私はアルノー、こちらがパルドゥルだ。よろしく」
自ら名乗った騎士は、ビルと同年代だろう、明るい茶色の髪の細身の男、パルドゥル氏は四十過ぎの金髪天然剃り込み入りの柔和な笑みの中に凄みを感じさせる古武士のような雰囲気だ。古武士の様な騎士って……何?謹厳実直そうなベテランという感じだね。
アルノーがビルと同様騎乗での随行、馬車の中にはパルドゥルが女性二人を護る形で同乗するという事のようだ。騎士とは言え、軽装に近い最近流行りの「レイター」っぽい感じだ。胸当に手綱を握る側だけ手甲をする。
「では、準備が整い次第出発しましょう」
馭者のベンがそう告げ、馬車へと向かっていく。私が先行し、アルノーが馬車と並行若しくはやや先行、ビルが馬車の後方を警戒する形で移動し、異常があった場合、大声を上げ一旦馬車を停車させるという段取りに大まかに決められる。
さて、出発です。
昼少し前に出発し、夕方早くに最初の宿泊地バンに到着する。ここは、コロニアを追い出された大司教の居城がある街なので、コロニアからさほど離れていないともいえる。
ややこじんまりとしたメインツを小型化したような街で、住みやすそうではある。城壁と壕を備えているが、メインツやコロニアルには遠く及ばない。
馬車を宿泊先の宿の前まで寄せ、護衛対象を見送る。馬車と貸与された馬は同じ馬房で休ませるようなので、そこまで同行する。
「お疲れではありませんか」
「ゆっくり過ぎてね。なんだか疲れちゃうね」
そう、いつも疾走する速度の三分の一くらいで移動するから、ちっとも進まず護衛って相手に合わせるから疲れるという事を知る。
まあ、それでも、薬草の類をそれなりに確保できたので、出来る分は今夜にでもポーションにすることにしよう。ビルと二人部屋だけど、ビルが剣に変化してしまえば、広々二人部屋でもある。多分。大部屋じゃないよね?
馭者の二人は馬房にある宿舎に泊まるらしく、そこで別れ、明日の朝の鐘の時間に再集合という事になった。幸い、宿は風呂はないものの、二人部屋であったのは幸い。お湯を貰い、一応体を拭いたりして綺麗にする。
「アルノーはどんな感じだった」
「……良く気の利く騎士だと思います。恐らくは側近のような仕事をする騎士なのでしょう。何かに狙われているという感じの警戒の仕方でもありませんでしたが……貴方様はなにか気が付かれたのですか?」
ビルの疑問に、私は無言でうなずく。距離を取って馬車を監視している人間がいる。つまり、どこかのタイミングで何か仕掛けてくる可能性があるってことだよね。




